第48話

 判決後、イヒニオは契約違反の方に男爵位を剥奪され、またレドゼンツ家のお金を着服した罪で刑に服する事となった。ファニタも同罪で刑に服す事になり、クラリサは修道院に入った。


 このニュースは、あっという間に貴族間に広まる。それと同時に、メルティがルイスと婚約するという噂も流れたのだった。


 「屋敷が広く感じるわね」

 「そうでございますね。三人が居ないだけで静かです」


 メルティが呟くように言うと、横を歩いていたアールが頷きながら返す。


 「ここともあと二年程でお別れね」

 「えぇ。私もお供致しますから」


 メルティは、半月後ルイスとの婚約を発表する予定だ。そして、結婚と同時に彼と新しい新居に住む事になっていた。

 本当の両親との思い出よりも、両親だと思っていた叔父のイヒニオ達との思い出の方が多いだろうと言う、王家の心遣いからだ。


 「お待ちしておりました。今日からまた宜しくお願い致します。リンアールペ侯爵夫人」


 玄関のドアを開けメルティは、満面の笑みを浮かべ出迎える。


 「えぇ。お声を掛けて頂き光栄ですわ」


 メルティの教育をリンアールペ侯爵夫人に、自身で直接お願いしまた教わる事になったのだ。

 こうして、婚約発表の日を迎える事となった。



 「この度は、皆に嬉しい知らせがある。息子のルイスが、メルティ・レドゼンツ伯爵との婚約が決まった」


 集められた貴族達に陛下が二人を紹介する。

 黒に近い茶色い髪をアップにまとめ、ルイスと同じ瞳の鈍い緑色の髪留めで留めていたメルティは、デビュタントを終えたばかりだとは思えないほど、落ち着いた印象だ。

 アクアマリンの瞳で、しっかりと前を見つめている。その瞳と同じアクアマリンの首飾りが胸元で、輝いていた。


 二人は、盛大な拍手で祝われる。


 『レドゼンツ伯爵家には、本当はもう一人娘がいた。その娘が、リンアールペ侯爵のパーティーでデビュタントをしたそうだ。彼女がそうなのか』


 『いや、メルティ嬢がレドゼンツ伯爵家の当主で、デビュタントまで面倒をみるはずの叔父が自分の娘を聖女にしたて、ルイス王子と婚約させようとしたらしい。だから、レドゼンツ伯爵家の娘は彼女だけだろう』


 『私が聞いた話によると、その叔父が自分の娘をレドゼンツ伯爵家の娘として周りに紹介していたらしい』


 と言う噂話をするも、12年前の不幸な出来事に触れる者はいなかった。

 12年前には、レドゼンツ伯爵家が亡くなって、廃爵になるという噂でにぎわせたと言うのに、風化して記憶から消し去られていたのだ。


 イヒニオもそれを狙っていた。

 メルティが、当主になる頃には12年前にあった出来事など、覚えている者も少ない。

 実質、イヒニオがレドゼンツ伯爵家の当主として生活していたのだから、その認識になっているはずだ。

 メルティを外に出さなければ、当主が入れ替わって、いや家族が入れ替わっていても誰も気にも留めなくなるだろうと。


 実際に、最初は兄が大変な目に遭ったねと言われたりもしたが、12年経った今は、兄が当主だったという事を知る者も減った。

 代替わりしたり、そもそも周りには、代理だとは言わずに当主になったと返していた。


 スムーズにメルティから当主をそのまま奪う予定だったのだ。

 聖女の件がなければ、逆に上手くいっていたのかもしれないと、裁判後密かにイヒニオは思っていた。

 その彼が男爵でもあった事は誰も注目しておらず、密かに廃爵になっている。


 「綺麗だよ。メルティ嬢。結婚式も楽しみだ」

 「……気が早いですわ」


 ボソッと言われメルティは、顔を真っ赤にした。

 結婚は、二人が16歳を迎えた後だ。もちろん結婚式も執り行う予定。

 順番で言えば、第一王子のカイザが先に婚礼を行うだろう。


 「おめでとう。メルティ嬢、ルイス殿下」

 「「ありがとうございます」」


 二人の叔母でもあるラボランジュ公爵夫人に、嬉しそうに返す二人は幸せそうだ。


 「おめでとう。二人共」

 「ありがとうございます」

 「ありがとう、マクシム。ところで君はいつだい?」

 「意地悪だなぁ。相手がいなければ、出来るわけないだろう!」

 「もうのんきにしているから」

 「母上。お言葉ですが、母上があーでもない、こーでもないと、選り好みしているからではないですか」

 「あら当然でしょう。未来の公爵夫人を選ぶのですよ」

 「やめないか二人共。すまないね、祝いの席で」


 ラボランジュ公爵がやれやれと言う感じで二人を諫める。


 (なんだかほっこりする家族よね。羨ましいわ)


 イヒニオ達が、心配する相手はクラリサで、自分は本心から心配された事などないのだから。本当の両親が生きていたらなどと、メルティはこの頃はつい考えてしまう。

 今の方が前より幸せだというのに。


 「私、少し風に当たってくるわ」

 「付き添いましょうか?」


 ラボランジュ公爵夫人の言葉にメルティは、首を横に振る。


 「いいえ。少し一人に……」

 「そう。まあいきなり周りが賑やかになったものね」


 メルティは、ほほ笑むとテラスへと向かう。本来ならここで聖女だったと発表されていた場所だと思うと不思議な気分になる。もちろんそこで、ルイスとクラリサの婚約発表も行わるところだったのだが。

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