第36話

 ラボランジュ公爵夫人は、あるお願いをラボランジュ公爵にした。

 レドゼンツ伯爵の爵位を買い取るというお願いだ。

 そして、身分を隠してイヒニオにある提案を持ち掛けた。

 王弟であるラボランジュ公爵家が関わったとなれば、不平不満が周りから出る可能性を考えての事だ。


 提案の内容は『メルティの次期当主の権利はそのままに、メルティが成人するまでの間、レドゼンツ伯爵家の当主を務める』というものだった。

 当主空席が決定している場合、許可が下りれば爵位を買い取る事が可能だ。だが伯爵の地位となると、莫大な金額になる。なので普通は、買い手がいなく廃爵になるのだ。

 それにお金さえ払えば買い取れるわけでもない。国の承認が必要だ。それを全てクリアできるとすれば、ラボランジュ公爵家しかないだろうが。


 色々な条件を調整のもと、それは履行される事になる。

 これでメルティが16歳になれば、彼女がレドゼンツ伯爵家の当主になれるのだ。

 しかし、違う問題が起きた。

 それは、メルティが家族の死を受け入れられず、目の前に現れたイヒニオ達を家族だと思った事。つまり、錯乱だ。


 死を理解していたかは定かではないが、もう会えないという事はわかったのだろう。アールが、新しい当主と言う話をメルティすると、彼女はこう言ったのだ。


 「お帰りなさい。お父様、お母様」


 ――と。

 医者に診せ相談した結果、この年齢の記憶は曖昧になる。

 無理に事実を押し付けるのではなく、否定も肯定もせず『お父様、お母様』と呼ばせるのがよい。となった。

 どちらにしても、メルティが成人するまではイヒニオがレドゼンツ伯爵家の当主なのだから。


 こうして、不思議な家族の形が出来上がった。

 アールから定期的に、メルティの様子がラボランジュ公爵家に連絡が行くようになっていたが、彼がこのレドゼンツ伯爵家の事に口を出す事はできない。彼はあくまでも、執事なのだ。


 そしてあくる日、おかしな事になったとラボランジュ公爵家に連絡が届く。


 『予言をしたメルティお嬢様ではなく、クラリサお嬢様が聖女としてお披露目になると』


 その件を知っているラボランジュ公爵からラボランジュ公爵夫人が確認を取ると、予言をしたのはクラリサだと言う。

 イヒニオ達を探るべくラボランジュ公爵は彼らのいる部屋を訪ね、そして聖女のお披露目会を中断させるべく動いたのだった――。


 「ごめんなさいね。もっと早く動くべきだったのかもしれないわ。あなたの扱いはアールから報告は受けていたの。でも介入は契約上簡単にはできなかったの」


 ラボランジュ公爵夫人からの謝罪に、メルティは首を横に振る。


 「いいえ。私の為にそこまでして頂き、感謝しかありません」

 「アールが言っていたわ。予言だと気づいていれば、救えたのにと……」

 「いいえ。私も上手く伝えられなくて、アールに助けて頂いたのです。お父様……いえ叔父様が助かったのは、アールのお陰ですわ」


 今度は、ラボランジュ公爵夫人が違うと首を振った。


 「あなたの本当のお父様の事よ」

 「え!?」

 「今回、聖女にと言われる事になった予言でアールは気が付いたそうよ。あの晩餐会の日にあなたが言っていた言葉を。しきりに言ってた言葉があったと。『ハシ』と確かに何度も言っていたと。2歳だったあなたは、見た予言を上手く伝えられなかったのよ。それを汲んであげられなかったと」


 メルティは、驚き目を瞬かせる。

 そんな記憶はない。夢で見る映像にも『ハシ』という言葉を自分は発していない。ただ行ってはダメだと伝えたいと必死だった。


 「それは無理よ。予言だとわかった今だから言える事だわ」


 そうだとラボランジュ公爵夫人が頷く。


 「私もそう言ったわ。それに、レドゼンツ伯爵を引き留める事が出来たとしても夫人は出向いたでしょう。実はね。あの時私は、二人目がお腹の中にいたのよ。その為、晩餐会をお断りしていて、彼女に私の分も楽しんできて後でどんな料理だったか教えてとお願いしていたの。だ……だから……彼女は行ったに……違いないわ」

 「ラボランジュ公爵夫人のせいではありません。不幸な事故。いいえ、悪いのは晩餐会を開いた……伯爵ですわ」


 泣きながら語るラボランジュ公爵夫人に、メルティももらい泣きする。

 その者さえいなければ、こんな悲しい出来事は起きなかった。

 メルティが蔑まれる事も、そして、ラボランジュ公爵夫人が流産する事も。


 ラボランジュ公爵夫人は、ずっと後悔していたのだ。こんな事が起こるとは思っていなかったのだから、彼女のせいではない。

 だがそれでも、メルティにレドゼンツ伯爵家を継がせる事で楽になりたかったのだ。


 メルティは、16歳を待たずにレドゼンツ伯爵家を継ぐ事になるだろう。

 なので、これでやっと報いた気持ちになるのだった。

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