第2話
それは、一か月程前の事だった。
水面に映る映像の事を話しても、誰も現実に起こる事だとは思っていなかった。
それが見えるメルティ自身だけが、本当に起こる事だと信じていた。
ちょっとした事だが、自分に関わりのある人物が見えそれが現実に起こっていたからだ。だがそれを上手く伝える事が出来ない。
しかも、相手にとってどうでもいい事だったりもすれば、構ってほしくて言っていると捉えられていた。
大切にしていたぬいぐるみを水たまりに落とした映像を見た時は、ぬいぐるみを部屋から持ち出さない様にしたのに、天日干しにされていて、いつの間にか雨が降り出して慌てて取り込んだメイドが水たまりに落としてしまった。
その日は、一日大泣きしたのをメルティは覚えている。
違う意味での悲しい映像として、姉であるクラリサが新しいドレスを買ってもらって喜んでいる映像だ。
メルティは、ほとんどがクラリサからのお下がりで、新しいドレスを買ってもらった記憶がない。なので、この映像を見て羨ましく思った。
そしてこの映像が現実になって、悲しくなったのだった。
誰も信じてくれないし、見たくもない。
そう思う様になっていたある日、衝撃の映像が見えた。
いつものように、洗面器に映し出されたそれは、イヒニオ達を映し出していた。
子供にしては、ショッキングな映像。地面に倒れた父親のイヒニオは血だらけで、周りには馬車の残骸。
周りに倒れている人は、見た事がない人だった。
何が起きたかわからないが、馬車が転倒したのだろうと言うのは、メルティでもわかった。
着替えもせずに慌てて部屋を出て、ダイニングルームへと向かう。この時はまだ、家族団らんで朝食を食べてはいなかった。
イヒニオは、一人先に食べ仕事に行っていたのでまだいるだろうかと、ノックもせずにドアを開けるもいない。
「お父様は?」
「食べ終わり、お出かけになる所です」
片づけをしていた使用人に聞き、全部を聞き終わる前に玄関へと走り出した。
「メルティお嬢様、どうなさいました」
執事長のアールが走るメルティを見つけ声を掛けるも、必死な顔つきで走っていく。驚いたアールは走るメルティを追いかけた。
メルティは、今まさに馬車に乗り込もうとするイヒニオを見つけ叫んだ。
「待ってお父様!!」
なんだと、イヒニオがメルティに振り向く。
「どうしたのだ。そんなに慌てて走って来て」
「ば、ば、馬車に……」
「馬車がどうした」
息切れを起こし整えて、ふと馬車を見たメルティは、この馬車ではないと気が付いた。
映像で見た馬車は、もっと頑丈そうで黒っぽい馬車だ。室内のカーテンも黒。馬車の大きさも車輪から見てもっと大きなモノだったと思われた。
「あの、黒い頑丈な馬車に乗らないで下さい」
「うん? 黒い馬車? あぁ視察に出かける時に乗っているあの馬車か?」
たぶんそうだと、うんうんとメルティは力強く頷く。
「それに乗らないと出かけられないんだ」
「今日、乗るの?」
映像は、大抵その日の出来事だ。
「予定はあるな」
「ダメ! それ転倒して壊れる! お父様は死んでしまうの! 他の人も皆!」
「何を言い出すと思ったら」
「本当なの! 本当だからお願い……」
信じてもらえず、泣き出すメルティ。
「旦那様。メルティお嬢様は、たまに些細な事ですが言い当てます。馬車もこの馬車以外知らないはずです。公務の馬車を知っているはずがございません」
アールが言えば、確かにとイヒニオが頷く。
「わかった。ありがとう、メルティ。万が一の事もある。伝えて点検してもらったり、警備をつけてもらう事にしよう」
イヒニオは、わんわん泣くメルティの頭を撫でそう言った。信じて貰えたとメルティは、頷く。
「では行って来る」
「ありがとう。アール」
「いえいえ。無事にご帰宅されると思われますよ。さあ、その恰好では風邪をひきます。中へ入りましょう」
「うん」
アールが言う通り、メルティは体を冷やし午後から熱を出して寝込む。彼女は、だいぶ健康的になったが体が弱かった。まあ寝間着で外へ出れば、彼女でなくとも風邪をひくかもしれないが。
その日の夜、イヒニオは元気に帰宅した。
元気どころか上機嫌だ。
点検は、毎朝行っていて済んでいたが、出かける前にもう一度点検してもらうったところ、細工をしてあるのが見つかった。
直ちに調査が行われ、今日向かう先の者が調査に来られたら困るので、こっそり細工をしていたのだ。
一日ほど時間がほしかった為の細工だったらしいが、大惨事になっていたかもしれなかった。
どうして怪しいと思ったかと問われたイヒニオは、娘が夢で見たと言うのでと答えれば、礼をしたいから明日一緒に連れて来てほしいと、直接陛下から言われたのだ。
「そういう訳で明日、クラリサを代わりに連れ行くからお前は心配せずに、寝ていなさい」
「え? お姉様を? どうして」
私が教えたのにと、驚く。
「仕方がないだろう。お前は体が弱いのだから」
「大丈夫。ちゃんと賜って来た言葉は、伝えてあげるから」
「そうよ。明日来なさいと言われたのだから仕方がないのよ」
そう言いくるめられ、メルティは頷くしかなかった。
陛下の目の前で、ごほんごほんとするわけにもいかない。
部屋を出て行く三人を恨めしい瞳で見つめ、メルティは眠りに就くのだった。
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