4 有名人

「すみません……。遠くて、ちょっと時間がかかっちゃいました」

「気にしなくてもいいよ。むしろ、いきなり呼び出した俺の方が悪い! でも、ここイ〇スタでめっちゃ流行ってるレストランだからさ、一緒に行ってみたかったよ。やばくね?」

「わ、私とですか……?」

「うん! 行こう!」


 なぜ、私に優しくしてくれるのか分からなかった。

 そして、月島が連れてきたこのレストランはどう見ても高そうな気がして、少し負担を感じる。こんなところ来たことないし、いくらイ〇スタで流行っていても、私みたいな普通の女の子が来るにはやっぱり高すぎる。


 この人に行こうって言われても、私はその場で躊躇していた。


「あっ! そうだ。俺の奢りだからお金のことは気にしなくてもいいよ! 今、高そうって思ってたよね?」

「あっ。は、はい……」

「気にしないで、行こう!」

「はい……」


 笑みを浮かべる月島が、さりげなく私の肩に手を乗せた。


 ……


「へえ……、綾ちゃんもイ〇スタやってたんだ。そうだ、イ〇スタ教えて」

「は、はい!」

「おお! 可愛い写真がたくさん! やっぱり、現役女子高生かぁ〜」

「あの……月島さんも高校生ですけど……」

「あははっ、そうだね」


 私は名前の知らない高級料理を食べながら、月島とイ〇スタを見ていた。

 以前、どっかで聞いたことあると思ったら……この人はあの月島グループの人だった。それより、フォロワーが十二万人……? 高校生なのに……、十二万人はすごいと思っていた。


 そして、すごいお金持ち。

 そんな人が朝比奈奏美の彼氏……?


「ねえ、写真撮ろう! 友達と一緒に高級レストランで! パシャッ!」

「は、はい!」


 月島と一緒に食事をした時、私は……彼の優しさに少し驚いていた。

 この人は彼女でもない私をこんな高いレストランに連れてきて、さりげなくリードしている。これは……、ドラマでしか見たことないそんな状況だった。コンビニの前で偶然出会ったこの人が実はすごいお金持ちで、イケメン……! それは退屈な日常を過ごしていた私にすごい刺激になる。


 ドキドキする。


「あ、あの……! 彼女いるのに、私とこんなことをしてもいいんですか?」

「うん? ああ……。そういう綾ちゃんも彼氏いるんだよね?」

「ど、どうして……それを?」

「この前、彼氏と一緒にいるのを見たからね。そして、俺はそんなこと気にしないから、もしダメだったら帰ってもいいよ。お会計は俺に任せて」

「…………い、いいえ」


 さっきまで明るい顔で話していたのに、いきなり悲しそうな顔をしている。

 もしかして、あの女と上手くいかなかったり……? だから、私を呼び出して。

 まだ、分からない。


「どうしましたか?」

「ああ、こないだ奏美ちゃんと口喧嘩をしたからね。それがずっと気になって、一人じゃ不安になるっていうか。ごめんね、せっかく連れてきたのに変なことを言って」

「い、いいえ! でも、私なんかよりもっとすごい友達がたくさんいると思いますけど…………」

「友達……。俺、フォロワーが十二万になっても本当の友達はいないからさ。矛盾だよね? 俺の口で言うのは恥ずかしいけど、めっちゃモテるのに友達はいない。ずっとずっと一人だったよ」

「へえ……」


 あの女はどうしてこんなイケメンと口喧嘩をして……、連夜くんみたいな男が好きになったんだろう。私には理解できなかった。どう見ても……、平凡な連夜くんとはレベルが全然違うけど……。本当にバカみたいな女だ。


「あ、そうだ。出会ったばかりの人に、これをあげるのは変だと思うけど…………」

「はい?」

「いらないなら、捨ててもいいよ」

「は、はい……」


 月島はそばに置いたおいたカバンから小さい箱を取り出した。

 そして、それを私の前に置く。


「なんですか?」

「開けてみ」

「は、はい……」


 中に入ってるのは高級ブランドのネックレス、イ〇スタのインフルエンサーたちがよくつける……そんなネックレスだった。それにこんな高い物を買っておいて、捨ててもいいよって言うの……?


 まさか、あの女に……あげるつもりだったり。

 どう考えてもそれしかない。


 でも、キラキラするそのネックレスに私は目を奪われてしまった。

 これを、私に……。


「これ……私がもらってもいいんですか? すごく高いブランドのネックレスですけど?」

「まあ、九万円くらいだった気がするけど、いいよ。どうせ、捨てるつもりだったから」

「あ、ありがとうございます」

「つけてあげようか?」

「お、お願いします……」


 私も、やってみたかった。

 あのインフルエンサーたちみたいに、高いブランド品を買って、それをイ〇スタに載せること。きっと、今よりコメントやハートがたくさん増えると確信していた。月島にもらったこのネックレスは値段が高いのもあるけど、数量限定だったから……。そして、すごく綺麗だった。


「似合うね……。綾ちゃん」

「そ、そうですか?」

「うん。可愛いよ」

「あ、ありがとうございます」

「ふふっ。ありがとうって言いたいのは俺の方だから」

「はい?」

「綾ちゃんのおかげで楽になった。俺さ、ずっと彼女のことで悩んでたから……」

「へえ…………。じゃあ! また……何かあったらラ〇ンしてください! 話、聞いてあげます! 私でよければ…………」

「うん! ありがと〜」


 そう言った後、私たちの食事が終わる。


「…………」


 そして、今……私の首に……九万円のネックレスが……。

 すごく嬉しくて、どうすればいいのか分からなかった。

 月島がお会計をしている間、私はスマホのカメラアプリで自分の姿を撮っていた。


「あはははっ、気に入ったの? 可愛いね、綾ちゃんは」

「は、はい! 本当にありがとうございます!」

「じゃあ、そろそろ帰ろうか。綾ちゃん」

「はい!」


 そして、二人がレストランを出た時、真っ暗な空から水玉が落ちた。

 ぼとぼと……。


「あっ」


 まさかの、雨———。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る