第26話 ホワイトウイング

 ペガサスのシロを繋養しているハワード調教牧場では、相変わらず見物客の波が途絶えていない。


 大人馬になり、立派な体躯と、美しい純白の毛並みを持ったシロは、改めて馬名をハワードから付けられた。


 馬名はホワイトウイングという。


「シロ、よく走ったから、今日も飼い食いがいいな」


 ただ、牧場内では、名づけたハワードをはじめ、全員が今まで通りシロと呼んでいる。


「それにしても、本当にペガサスを見れるとはのう……。長生きはしてみるもんじゃの」


 牧場に暇つぶしがてら見物に来ていたザバが、シロの食いっぷりを細目で眺めながら、心底からの言葉を言った。


「シロがこうして生まれてこれたのも、ザバさんのおかげですよ。ザバさんの魔法がなければ、母馬のヴィクトリアもここまで連れて来られませんでした」


 シロの様子を見つつ、他の馬の手入れをしているファルスが、作業の手を止めずにザバに返した。馬を扱うファルスの手も、実にスムーズに動くようになっており、その動きもザバを感心させた。


「お前さんも成長したのう。老い先短い身で、お前さんのような有望な若者の成長する姿を見ると安心するし、元気も出てくるわい」


 そう言うとザバは気持ちのいい哄笑をした。


「元気が出るなら、老い先短いと言わず、まだまだ長生きして下さい」


 ファルスは作業を終え、ニコリと嫌味のない笑いと共に、小憎い返しをザバにした。


「おお、言うようになったのう」


 二人は笑いあった。


「なかなか楽しそうにやってるじゃないか」


 二人のやりとりを見ていたのだろう、厩舎内によく通る太い声と共に入って来たのは、ジオルグだった。


「久しぶりじゃったのうジオルグ。いい面構えになったの」

「ザバさん、お久しぶりです。まだかくしゃくとしていらして何よりです」

「はははっ、まあお互い大分年を取ったの」


 ジオルグとザバはお互いを懐かしんでいたが、ジオルグはここに来た用を思い出し、ファルスに話しかけた。


「ファルス君、この天馬のことで頼みがあるんだ。ちょっとハワードがいる所へ、一緒に行ってくれないか?」

「分かりました、行きましょう」


 ファルスが返事をし、三人が移動を始めた。


 シロは少し怪訝な顔をして馬房にいる。




 ハワードは事務室で、書類の処理に忙殺されていた。シロが飛べるようになってから、シロに関するいろいろな依頼が舞い込むようになり、そのため、書類も以前より格段に増えているようだった。


「ハワードさん、ジオルグ様をお連れしました」


 ファルスは、事務室の扉をノックしたあと、そう言って、中にジオルグとザバを連れて入った。


「これはジオルグ様、よくいらっしゃいました」


 ハワードは書類の処理の手を止めて、ジオルグを迎えて挨拶した。シロ関連のことで忙殺されてはいるが、目はいきいきとしている。


「忙しそうだが、気力はみなぎっているようだな」


 ジオルグは、ハワードの目を見てそれを見抜き、気持ちのよい笑みと共に挨拶に返した。


「はははっ、何もかもシロのおかげですよ。新しい生きがいを得ることが出来ました」


 ハワードも屈託のない笑みで、そう言った。


「うむ……。私がここに来たのは、その天馬のシロのことで頼みがあって来たのだ」


 ジオルグの言葉を聞いて、ハワードの表情は緊張感を帯びた真剣なものに変わった。


「ジオルグ様ご自身の頼みですか?」

「いや……隠しても仕方がないな。言ってしまおう」


 一瞬だけ会話に間があり、ジオルグは口を開いた。


「ハルバス王からの頼みだ」


 ジオルグ以外の、その場にいる三人の驚き様は非常なものだった。


「それはどういうことなんです? なんだか理解出来ません」


 ファルスが、やや目を丸くしてジオルグに訊ねた。メイランドに住んでいて、ハルバス王とメイランド王との不仲を知る民なら、ほとんどがファルスと同じことを思っただろう。


「話せば長くなるんだが、こういうことなんだ」


 ジオルグは、トムールの森でアッティラに会い、ハルバス王の親書を受け取ったこと、メイランド王に、その親書を渡したことなどを隠さずに話した。




 ジオルグとザバが牧場から帰ったあと、ハワードはシロがいる馬房の前で深く考えていた。


(シロをハルバスに連れて行くことで、メイランドとハルバスの平和のきっかけになるとしたら、頼みを受けるしかないのかもしれん)


 馬房の前をウロウロしながら、何度も考えを巡らせていたハワードであったが、最終的にハルバス王の頼みをきくことに、心が傾いた。


「よし、シロ、遠出になるが行ってみよう」


 ハワードは、シロのたてがみを優しく撫でた。シロは鼻を擦りつけて喜んでいる。

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