第12話 不思議な赤い水晶球
ジオルグの自室にはいくらかの書物とジオルグ愛用の武具が立てかけてあるだけで、他は特に目立った物はなかったが、この部屋も家の造り同様、しっかりしていた。
「君が来るとは思わなかったよ。まあかけてくれ」
ジオルグはファルスに自然な態度で椅子を勧めた。
「ハワードから何か用事を言付かって来たのかい?」
ファルスが椅子に座って落ち着いたのを見て、ジオルグが話しかけてきた。どうやら、牧場のことで用事があるのだろうと見当をつけたようだ。
「いえ、違う用件です。ジオルグ様はザバさんという、昔、宮廷魔術師をしておられた方をご存知ですか?」
思いがけない名前が出てきたので、ジオルグはかなり驚いた。
「よく知っているよ。というより、昔、すごく世話になったんだ。まだ、士官になりたての頃、非常によくしてもらった」
ジオルグはそう言うと、少しファルスから視線を外し、遠い目をした。昔のことを思い出しているのだろう。
「お茶をお持ちしました」
少し、ジオルグが黙って、回想にふけっている時に、使用人が茶と菓子を運んで来た。ジオルグは、ふと我に戻り、
「ああ、ありがとう。持ってきてくれ」
と、言って、使用人を自室に入らせた。
使用人は茶と菓子を二人の席の前のテーブルに置くと、一礼して下がっていった。
「大したものではないが、よかったら手をつけてくれ」
勧められるまま、ファルスは茶と菓子に手を付け始めた。大したものではないと言ったが、菓子は高級なケーキで、ファルスにとってはそれは非常なおいしさだった。茶も、有名な産地の高級な紅茶のようだった。あまりのおいしさに、ファルスは夢中になって食べてしまった。
ジオルグは美味そうに食べるファルスの様子を見て微笑んでいる。
食べ終わったファルスは、ジオルグが微笑みながら見ているのに気づいて、我に戻り、顔を赤らめた。
「いい食べっぷりだ。それだけ美味そうに食べてくれると嬉しいよ」
「すみません……。あまりにおいしかったものでつい……」
ファルスが恥じるのを、ジオルグは手で「いいんだいいんだ」と制した。
「で、そのザバさんから何か言付かって来たんだね?」
ジオルグがそう尋ねるのに、ファルスは恥じるのをやめて答えた。
「はい。ザバさんが宮廷魔術師を辞められた時に、ジオルグ様に形見の品として赤い水晶球をお渡ししたという話を伺いました。その水晶球が必要になったので、代わりに返してもらいに行って欲しいと、ザバさんから言付かって、ここに来ました」
「ああ、あの赤い水晶球か……家宝にしようと大事にしていたんだが……。そうか、ザバさんが必要としているのなら仕方がない」
ジオルグは立ち上がり、部屋の隅の小さな木台に置いてある、少し大きめな宝石箱の所にゆっくりと歩いて行った。ファルスはその宝石箱に、今まで気づかなかった。
「これが、その水晶球が入っている宝石箱だよ」
宝石箱を持ってきたジオルグは、その箱を開いてファルスに見せた。中には、美しい、透き通った赤色をした水晶球が、確かな存在感を持って入っている。
ジオルグから、赤い水晶球が入った宝石箱を受け取ったファルスは、ザバの家に向かっていた。
(それにしてもジオルグ様は妙なことを言っていたな……)
ファルスは手に下げた、宝石箱が入った袋を時折見ては、ジオルグが言っていたことを思い返していた。
「この水晶球は、見ての通り非常に美しい。ただ、それだけじゃないんだ」
「と、言いますと?」
「この水晶球が家に来てから、おかしなことが起こるようになったんだよ」
「おかしなこと……。それは、良くないことですか?」
ジオルグはゆっくり首を振った。
「いや、むしろ良いことさ。この辺りは、昔、気性が荒い野良犬がよくいたんだが、その野良犬に追いかけられて怪我をする被害がよくあったんだ」
ファルスはうなずきながら、ジオルグの話を聞いている。
「ところが、水晶球をザバさんから預かって以来、この近辺の野良犬が途端におとなしくなり、被害もなくなった」
「それは……不思議ですね」
「おそらく水晶球の魔力によるものだと思う。動物がおとなしく、言うことをきくようになるようなんだ」
「なるほど」
「だから、ザバさんが、この水晶球を返して欲しいと言ったということは、その魔力が必要になったんだろうな」
ジオルグとの会話を思い出しながら歩いていると、いつの間にかザバの家に着いていた。
「ああ、気づいたら着いてたな」
ファルスは我に戻った。そして、家の周りの庭を見てみたが、今はザバは庭いじりなどはしていないようだった。畑にも姿はない。
(家の中で休んでいるのかな?)
ファルスはそう思い、ザバの家に玄関から入って行った。
玄関には鍵がかかっておらず、家の中に入れた。入る前にザバを呼んだが、返事はなかった。
「出かけているのかな?」
ファルスはそう思い、つぶやいたが、一応家の中にザバがいないか探してみることにした。
探してみるとザバは家の中の寝室にいた。ファルスが思った通り、昼寝をしているようだ。
(起こすのはよくないな……)
そう考えたファルスは、前にザバと話をした、ダイニングで待つことにした。
野鳥のさえずりと心地良い春の日差しがダイニングの窓から入り、ザバが起きるのを待っているファルスに、それらは春眠を誘った。
椅子に座ったままで眠ってしまったファルスが目覚めた時、前にはザバが座っていた。
ザバを見たファルスは慌てたが、ザバは「よいよい」という風に手でそれを制した。
「春の昼寝は心地よいの。よく寝たわい」
ザバはひとつ伸びをした。
「すみません……。起こしてはいけないと待っていたのですが、僕も眠ってしまいました」
ファルスが申し訳なさそうにそう言うのに、ザバは笑って、
「それにしてもお前さんは、真面目で気遣いができる子じゃの」
と、感心したように褒めた。
「水晶球を返してもらってくれたようじゃの」
ザバは、ファルスがダイニングテーブルに置いた、宝石箱が入った袋を見て、言葉を続けた。
「あっ、はい!」
ファルスは我に戻り、そそくさと袋の中から赤い水晶球が入った宝石箱を取り出しザバに渡した。
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