第6話 ジオルグの礼
メイランドとハルバスとの戦争が終わってから暫く時が経った。
戦争で勝利を収めたものの、メイランドの国力は軍備面、物資、金銭面で疲弊していた。そこで、国力を取り戻すために国内の内政面と他国との外交による友好関係の強化を、戦争後ずっと行っていた。
メイランドは国土も広く、実りも豊かな強国である。メイランド国王もハルバス国王と極端に反りが合わないだけで凡愚な王ではなく、むしろ賢王と言えた。そのため、国力の回復にはそう時間はかからなかった。
内政面の強化の一環として、国内の治安向上のために大規模な賊の討伐も行っている。
「確かにここは賊にとっては絶好の狩場だ」
ハイソニックの件でファルス達が賊に襲われた山道にジオルグは討伐隊を率いて来ていた。側らには副長として来ている部下のクーゲルとパイクの姿もあった。
「ここで倒した賊を尋問しましたが、アジトはここから東に行った山裾にあるようです。」
そう言ったのはパイクだった。楽天的な性格ではあるが、賊の討伐中でもあり、気を引き締めた顔をしている。
「林を東にか……。よし、行ってみるか。続け!」
「はっ!」
討伐隊はジオルグが林に馬を進めると、全体が一個の生き物のように後に続いた。
暫く東に行くと、確かに賊のアジトらしき建屋が山裾に何軒かあった。何人か見張りをしている賊がいるが、族の大半は建屋内に居るようだった。
ジオルグは手を上げ、討伐隊に合図すると。隊は山裾のアジトを囲むように、見張りの賊に気付かれない形で、静かに林の中を移動して広がった。討伐隊の人数は百人で、いずれも精鋭だった。
ジオルグは隊の移動が終わったのを見ると、もう一度手を上げ、
「かかれ!」
と、大声で下知した。
討伐隊の精鋭は気合い声をそれぞれ発し、賊のアジトに駆け進んで行った。
「な、何だ?」
「おいっ! みんな出ろ! 敵襲だ!」
時刻は丁度昼時で、賊達の多くは昼食を取っていた。そこを突かれた賊達は、ほとんどが狼狽していた。
「ふんっ!」
先頭を進んでいたジオルグが馬上から槍を振り、賊を一気に三人なぎ払った。なぎ払われた賊はいずれも戦闘不能になった。
「おおおおっ!」
「たあっ!」
後に続いていたクーゲルとパイクも長剣で、建屋から出て来た賊を立て続けに四人斬った。他の精鋭達もあちこちで切り結んでは賊を倒している。
賊の半分を斬った所で、
「降参だ!」
と、賊の頭目が建屋内から大声を張って出て来た。武器を捨て丸腰のようで、手を上げている。見ると、以前ファルス達を襲った、屈強な賊のようだった。
「お前が頭目だったか、暫くだったな」
クーゲルは長剣を構えたまま、表情を崩さず言った。
「お前は、あの時の……。そうか、国の士官だったのか」
「身分を明かしていたら、お前らがアジトを変えるかも知れないと思ったからな。隠しておいた」
賊の頭目は歯噛みをして悔しがった。しかし、もう遅い。
「他の賊にも武器を捨てさせろ!」
パイクがわざと大声で言った。様子を見ていた賊達はその大声に慌てて、手に持っていた武器をそれぞれ捨てた。頭目が命令するまでもなかった。
「よし! 残った賊を全員捕えよ!」
ジオルグが討伐隊に命令し、山道の賊の討伐は終了した。
討伐の終了後、ジオルグは討伐隊に賊達が民から奪っていた金品や物品を改めさせていた。建屋内にそのほとんどが蓄えられていたが、かなりの額と量だった。
「これで全部か?」
「ああ、間違いねえ……」
賊の頭目は完全に観念していて、正直にすべての略奪品の在処を言った。
「まあ、よくこんなに集めたもんだな」
パイクは半分呆れたように言った。
「……」
頭目は黙っている。
「変わった物もかなりあるな……」
クーゲルは物品の方を眺めていたが、ふと目に止まった物があった。
「おい、この本は何だ?」
それは一冊の本だった。いかにも価値がありそうな物品が多い中で、その古びた本は逆に目立っていた。
「俺にも分からねえ、書いてあることも難しくて読めねえが、襲ったやつがこれだけは勘弁してくれと言ったから、価値があるんだろうと思ってふんだくってやったんだ」
「ふむ……。そうか」
クーゲルは頭目がそう言ったのを聞いてから、古びた本を開いてみた。
「なるほど、多少、古語が使われているな。確かにお前らには難しいだろう」
学がそれなりにあるクーゲルは、その本をパラパラとめくっていたが、ある項目を見てページをめくる手がピタッと止まった。
「これは……。ジオルグ様」
ジオルグはクーゲルに呼ばれると、近づいてその本を覗いてみた。
「これは……。本当だとすると凄いぞ」
本を覗いた後、ジオルグは驚きの表情を浮かべた。そしてうなずき、何かを決めたようだった。
「よーし、いい子だ。今日もよく頑張ったな」
牧場のコースで、ファルスは仔馬の調教の手伝いをしていた。仔馬達は元気いっぱいによく走った後だった。
「かなり馬のことが分かってきたな、お前も」
側で調教をつけていたハワードがファルスをそう褒めた。ファルスがこの牧場に来てまだ一年も経ってないが、若いだけあって、飲み込みが早いようだった。
「ありがとうございます。でも、自分には、あまり実感がありません。まだまだだと思っています」
「お前は結構自分に厳しいな。それもよいとは思うが、たまには自分自身を褒めてやることも大事だぞ」
ハワードがそう諭すのに、ファルスは小首を傾げていた。
「自分をですか?」
「そうだ。自分は駄目だ、まだまだだ、ばかりでは心が持たなくなる時が来るかもしれんぞ。もう少しゆとりを持つことも重要だ」
ファルスはいまいちよく分からない顔をしていた。それを見てハワードは、
「まあ、今は分からなくとも、その内、分かるようになる。今はこんなことを言っていたな、くらいに受け止めていればいい」
と、優しい目と口調で柔らかく諭した。
仔馬達の調教をつけた後、ファルスはそれぞれの仔馬を厩舎に連れて帰り、ジンと一緒にブラッシングや、飼い葉を与えるなどの世話をした。
その仕事が終わった時は夕方近くになっていた。季節も秋で、牧場近くの田の稲穂が、西日に照らされながら黄金色に光り、涼しい風にたなびいていた。
「いい季節だな」
ジンは秋の涼しくさわやかな香りがする空気を、胸一杯に吸い込んでいた。
「はい。僕も秋は大好きです」
ファルスも秋の花の匂いが混じった空気を、楽しみながら吸っていた。
「何といっても飯が美味くなるからな」
「ジンさんは相変わらず食い気が旺盛ですね」
二人はそう雇用人の建屋の前で話しながら笑っていたが、牧場内に入ってくる二人の人影に、ファルスとジンの両方共が気付いた。
「あれはジオルグ様とメルナ様だな。また来られたのか……」
「……今度は何でしょうね」
以前あった軍馬購入の件が頭に残っている二人は、ジオルグ達を見て、良い感情を持てなかった。
「ハワードさん。ジオルグ様とメルナ様が来られました」
ファルスとジンは、牧場内に入って来たジオルグ達をハワードの自室に案内した。案内する前にジオルグに要件を訊いたが、
「ハワードに用事がある」
としか、ジオルグは言わなかった。
ハワードは自室で休養を取っていたが、ジオルグ達が来たという知らせで、表情が仕事中の締まったものに変わった。
「お通し、してくれ」
ドアが開いた。
「元気か?ハワード」
「お陰様で元気そのものです。ジオルグ様もメルナお嬢様もお変わりないようで」
ハワードに名前を呼ばれたメルナは可愛らしく会釈して、
「私も元気ですよ。ありがとうハワードさん」
と、周りを和ませるように柔らかい声で言った。メルナの挨拶で、やや緊張を緩めたハワードはジオルグに要件を訊くため、話しかけた。
「今日はどうされました? 今、うちには売れる馬は居ませんが」
ジオルグは苦笑せざるを得なかった。
「そう皮肉めいたことを言うな。今日はその件の礼をしに来たのだ」
ハワードは意外な用件にやや驚いた顔をした。
「礼ですか……。そういう約束でしたが、こんなに早く礼をして頂けるとは思っていませんでした」
「うむ。今のこの牧場へ返す礼として、丁度良いものが見つかったので、早い方が良いと思ってな」
そう言うとジオルグは、肩に下げていた袋から一冊の古びた本を取り出した。
「この項目から数ページ読んでみてくれ」
ハワードはその本を受け取り、言われるまま数ページ読み進めた。すると、表情が「信じられない」という、非常な驚きを帯びたものに変わっていった。
ハワードが読んだ内容は要約するとこうである。
(メイランドの南西に位置すチェニックの町からさらに西に進みし所に、深い森あり。その森中央に秋実る、黄金色のリンゴの木群生せり。そのリンゴの実食べたる馬の成長竹の如し。また、総じて俊敏な馬になりぬ)
「これはまことですか?」
書いてあることが、ハワードはにわかには信じがたかった。ただ、普段落ち着いているハワードも、内容を読んで興奮していた。
「分からぬ。だが、その本の作者が書いた別の本は、王室の図書として何冊か所蔵されている。それらの本には確かなことが書かれている」
ハワードはうなった。
「もし、本当にそんなリンゴがあるのなら、この身を差し出してでも欲しい」
ハワードが本気でそう言うのに、ジオルグは笑い、
「お主がその身を差し出してしまったらこの牧場はどうなる? 本末転倒ではないか」
と、興奮をなだめるように言った。
「とにかく、その情報が俺からの個人的な礼のつもりなのだが、礼として受け取ってくれるか?」
「ありがたく頂きます。このような礼をしてもらえるとは、正直思っておりませんでした」
興奮冷めやらぬハワードの様子を見て、
「気に入ってもらえて良かった」
と、ジオルグも満足げに言った。
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