第3話 種牡馬ハイソニック

 納馬が済み、いくらか月日が経った。


 ファルスはスマートウインドの件以来考えることも多かったが、それでも純白の馬のことが忘れられないのもあり、牧場で仕事に励んだ。


 そのファルスの仕事ぶりはだんだん認められ、厩舎内で数頭の馬を任されるようになっていた。


 そんなある日の早朝。


 ハワードは自室で数種類の書類とにらめっこして、ある大きな決断をしようとしていた。


 優秀な種馬の購入である。


 その種馬は同じメイランド王国内のカーター牧場に繋養されているが、王国は広くハワード牧場とはかなり離れているため種付け時にその馬を使うことは難しい。そこで、その種馬を大金を払って購入し、ハワード調教牧場まで輸送して繋養しようという計画を立てていた。


「快い返事が来たが、購入となるとしばらく牧場を空けることになるな。誰を連れて行こうか」


 ハワードは考えていたが、一人の少年の顔が頭をよぎった。


「ファルスを連れていくか。それと、ジオルグ様経由で国に護衛を頼んでみよう」


 ハワードはそう決めてファルスを呼んだ。




「俺は連れて行ってもらえないんですか?」


 出発の当日、ジンはハワードとファルスを見送りに出ていたが、やや不服そうだった。


「お前には牧場の留守を守ってもらう。他の皆もちゃんとまとめておくんだぞ」

「俺がまとめ役ですか?」


 こんな大役を任せられると思わなかったジンは言われたことが信じられず、ハワードに訊き返した。


「そうだ。お前の偏りのない人の見方で皆をまとめてくれ。頼んだぞ」


 ハワードが頭を軽く叩きそう言ったので、今度は発奮した。


「分かりました! 任せて下さい!」


 その言葉を聞いてにこりと笑ったハワードはファルスを連れて牧場の出口へ向かった。




 出口へ行くとメイランド王国から派遣されて来た護衛が二人程待っていた。どちらも若く、精悍な顔つきをしていた。


「やあお二方。長旅ですが宜しく頼みます」


 ハワードは握手の手を差し出した。二人の護衛はそれぞれハワードと握手をした。


「ジオルグの部下クーゲルです。宜しく」

「同じくパイクです。宜しく」


 ジオルグ経由で護衛を頼んだこともあり、ジオルグ自身がどうやら部下を護衛として派遣してくれたらしい。


「お二方どちらもジオルグ様の部下でいらっしゃいますか。頼もしい限りです。何かあった時はお願いします」

「任せておいて下さい」


 クーゲルとパイクの二人は落ち着いた自信と共にそう言った。


(ジオルグ様の部下か……)


 ファルスはスマートウインドのことを思い出し、若干良い気はしなかった。




 カーター牧場があるサロマの町までは徒歩で四日半程かかるが、種馬を引く必要がない行きは馬を使うことができる。だが、牧場の馬を使うわけにはいかないので、馬を借りてサロマの馬の駅まで乗って行くことにした。これなら一日半で着く。


 行きの道中は何事もなくカーター牧場に着くことができた。


「遠い所をよくいらっしゃった。牧場主のカーターです」


 牧場に着くと、人を介す必要もなくカーター自身が出迎えてくれた。


「ハワードです。種馬の購入を受け入れてくれてありがとう。封書を読んで早速来ました」


 ハワードとカーターは握手を交わした。


「ハイソニックを譲るのはかなり考えましたが、あなたの熱意と誠意に打たれました。大事にしてやって下さい。」


 種馬の名前はハイソニックと言うらしい。


「ではハイソニックの所へ案内しましょう」


 カーターはハワード達を連れ放牧場に移動した。




 放牧場には頭数は少ないが、手入れが行きとどいた良馬が放牧されていた。その中にハイソニックがいた。


「これがハイソニックです。じっくりご覧になって下さい」


 カーターがそう言うと、ハワード達四人はハイソニックの体を隅から隅まで見た。


「うーむ、素晴らしい」


 ハワードはうなった。体自体はそう大きくないが、引退して種馬になって久しいのに無駄な肉がついておらず、しなやかな筋肉を保ったままだった。


「今でも現役で走れそうですね」


 護衛のクーゲルもハイソニックの体に見とれていたが、一言そう感想を漏らした。


「気に入って頂けたようですな。買われる考えは変わりませんか?」


 カーターがにこやかな笑みを浮かべてそう言うのにハワードは、


「もちろんです。是非購入したい」


 と、返した。


 ファルスもハイソニックを魅入られたように見ていた。




 商談は成立し、ハイソニックを購入したハワード達一行は、カーターに見送られ帰路についた。帰りはハイソニックを引きながらの徒歩になる。


「かなりの額を払いましたね」


 ファルスはハイソニックを引きながらハワードに話しかけた。


「大金だがどうしてもこいつが欲しかったんだ。ハイソニックの種から生まれた馬は、ほとんどが健康で良い駿馬になっているからな」


 ハワードは歩を進めながら、ファルスとハイソニックを見て満足そうに答えた。支払った額はハワード調教牧場の二年半分程の収入とほぼ同額だった。


「ハワードさん金持ちですね。あれだけの額をポンと出すとは驚きました」


 口笛を吹きつつ護衛の一人のパイクが言った。割合、楽天的で明るい性格のようだ。


「なあに、あの金も牧場の運転資金でわし自身は貧乏暇なしだよ。帰ったらまたせっせと働いて、良い馬を育てて売らんとやっていけんよ」


 ハワードは飄々としていた。


「まあとにかく、この道中でハイソニックに何かあったら大変ですからしっかり護衛させて頂きます」


 護衛のクーゲルが生真面目にそう言うと、


「頼りにしています」


 と、ハイソニックを引いているファルスが少し笑いながら返した。

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