第8話 日曜日の襲撃

「現れたなっ! 魔物めっ!!」

 女の子は鎧を着た剣士の格好をしているが、中学生ぐらいだろうか?

「ちょっと待てっ!」

「頑張れ押本っ!」

「問答無用っ!」

 女の子が振り下ろした剣先がほおかすめた。

 俺は、屋敷を抜け出したところで見知らぬ一人の女の子に襲われたのだった。


 日曜日の早朝、玄関前にママゾンから荷物が届いた。大きめのフードが付いた服とサングラスに医療用のマスクだ。早速身に付けてみると、何とか魔王の姿を隠して外を歩けそうだった。羽のせいで背中に違和感はあるものの、贅沢は言っていられない。


「押本はこれから街を散策するのか? レベルを上げるんだなっ」

「いや、できればタクシーを拾って、会社に戻りたいんだが」

 とにかく俺が陥っているこの状況を社長や開発スタッフに見せれば、二週間を待たずにマジック・ユニバースのテストプレイは中止になるだろう。


 本来ならプロジェクト〝rinko〟の開発を止めるべきかもしれないが、すでに凛子が目の前にいるという事実は変えられない。それに万が一〝rinko〟の開発中止が本人に知れたら、関係者は指一本で消されるだろう。そうなれば〝rinko〟を開発する人間はいなくなり、結果として目の前から凛子も消えるかもしれない……。だがそうなると、凛子はいったいどうやって開発者を消すのか? これもタイムパラドックスであり、考えるだけ無駄だ。そして当然のことながら、百億円は絶対に欲しい。


「私はこの時代の文明を調べたから知ってるけどな、タクシーなら呼べばこの家の前まで来るだろう?」

「家の前で乗って俺の正体がバレたら〝この家には変な人が住んでますよ〟って噂になるだろ?」

「今の押本が変な人であることは間違ってないじゃないか」

「俺は静かに生活したいんだよっ。だいたい凛子が宇宙船に乗せて運んでくれたらこんな苦労はしないんだけどなっ」

「それはいくらフェーズ2でもダメだ。マジック・ユニバースに宇宙船の設定はないからな」

 正論である。

 しかし、正体がバレるとタクシーでも乗車拒否されるリスクはあるのだ。そこで、凛子を連れていく。見た目は普通の小学生と一緒なので運転手も気を許すだろう。魔王の姿を見られても『ちょっと頑張ったコスプレ』で誤魔化せるのではないか。もちろん、密室で不特定多数と拘束される新幹線になど乗る勇気はない。


「ヤーーーッ!!」

 剣士の女の子が勢いよく剣を振りかざして突っ込んで来た。

「押本っ、これを忘れてるぞっ!」

 凛子が黒い棒を投げてよこした。

「初期装備だっ」

 矢印が付いた単なる黒い鉄の棒だが、不審者のオーラに磨きがかかってしまうためわざと見ないふりをして、傘立てに置いてきたのだ。仕方なく手に取ると、それなりにズッシリと重かった。


「イヤーーーッ!!」

 鋭く切りかかって来る女の子に追われ、俺は走り逃げ続けた。

〝ガキンッ!〟

 すると、偶然にも剣が鉄の棒に当たって弾き飛んだ。

「ウリャーーーッ!!」

 しかし、それでも女の子は素手で襲いかかって来た。

 俺はこのチャンスを逃すまいと、何とか捕まえて取り押さえた。


「むむむっ!」

 俺はすかさず鎧の隙間に手を入れると、魔獣の餌を続けて三つ放った。

「ふぎゃーーーーーーっっっっ!!!」

 よほど熱かったのか、女の子はゴロゴロと地面に転がった。

「おのれ魔族めっ! バーカバーカッ! 覚えてろーっ!」

 女の子は地面に突き刺さった剣と悪態を残し、森の中に消えてしまった。


 するとその時、どこからかアナウンスが聞こえた。

〝ポポ~ン!〟

『押本栄のレベルが2になりました。管理パネルでステータスを確認して下さい』


「おっ、やったな押本っ《スキル 暗黒のにえ》を獲得したぞっ」

「唐揚げか?」

「いや、焼売シュウマイだな。私はまだ食べたことがないので、後で出してくれ」

 そういえば、朝が早かったのでまだ食事をとっていない。


「それより、今の女の子は誰だ……会社の関係者じゃないだろ?」

「N.P.C.だっ」

「いや……本物にしか見えなかったぞ……」

 どうやら、フィールドでエンカウントしたらしい。

「まさか、家の中にまで入って来るのか? おちおち寝てられんぞ」

「N.P.C.は、許可がなければ私有地には入れん」

「何で俺の正体がバレたんだ? この服と格好なら……」

「たぶん、尻尾だなっ」

「あっ」

 いつの間にか、ズボンに穴が開いて黒い尻尾が出ていた。矢印の先がキラキラと光っている。

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