第3話 三者三様
佐野達が高木の見舞いに行ってから数週間経った。
「君ならもうちょっとやってくれると思ったが、仕方がないな……」
「申し訳ありません課長……」
「まあ、次がある。今度頑張ってくれ」
「はい」
佐野は営業成績のことで、課長に少し言われていた。目くじら立てて、怒るほどのことでもないが、最近の営業成績はややかんばしくないようだった。
佐野は席に戻った。
「佐野、こういう時もあるからあまり気にするな」
同僚の一人が声をかけてきた。
「ありがとう」
そう答えたものの、元気が無かった。
「色々やってる内に好転するさ、気長に頑張ればいいさ」
同僚は言葉を続けた。佐野はいい同僚にも恵まれているようだ。
「そうだな、最近失敗も多かったけど、コツコツ取り返すしかないか」
少し、佐野は気持ちを切り替えることができたようだった。
佐野は自分なりにコツコツやったが、中々一朝一夕には営業成績を取り返せなかった。
そして、週末になった。
週末の土曜に三人で会う約束をしていた佐野達は韓国料理屋に来ていた。
「どうだ? 手の具合は?」
「軽く投げれないこともないが、まだ違和感があるな。握力も落ちてるみたいだ」
高木の表情は冴えなかった、焦りも見えた。
「怪我だからな、焦ってもしょうがないぞ。徐々にしか戻らないだろうからな」
「そうだな……焦りは禁物か」
高木はそう自分に言い聞かせるようにつぶやきながら、キムチチャーハンに手をつけた。
「そうは言ってもな、焦る気持ちも分かるよ」
佐野もグラスのビールを空けた後、ふーっと息をついて言った。
「何かあったのか?」
「営業成績が最近悪くてな、切り替えてやろうとはしているんだが……」
「何だ、佐野もか」
既に顔を真っ赤にしている日野が佐野を見て言った。
「佐野もかって、お前は研究職だから仕事が違うだろ?」
「似たような悩みさ。研究開発が滞っていて、最近上手いこと行かないんだ。それで、上の方からこの間、小言を言われたよ」
「三人が三人上手く行かないことがあるんだな」
三人共なんだか可笑しくなり、お互いに笑いあった。
「何か少し気が楽になったよ。そうか、皆そうか」
「皆、それぞれ悩んでるってことさ。それに壁に当たった時はどうしたらいいか、この間、日野自身が言ってたじゃないか」
「俺、何か言ったかな?」
「言ったさ。立ち止まって、違った視点から見てみろというようなことをな。俺はあれで大分楽になったぞ」
高木の言葉を聞いた二人はそうか、という顔をしていた。
「なるほど、それを俺達の場合にも当てはめてみるわけだな」
「そういうことだ、どの仕事でも通じることだろう」
「よし! 俺もその言葉を覚えておこう」
その後も、料理や酒を飲みながら、三人の談笑は続いた。
月日が幾らか経った。
職業が違う三人は三様に頑張っていた。
「……ここまでは来たんだがな」
ある日の日野。
勤めている製薬会社からプロジェクトの一端を任された日野は悩んでいた。
「効き目を優先すれば薬の副作用が大きくなりすぎるし、かと言って副作用を少なくしようとすれば、効き目が薄くなる」
どうやら、開発中の薬の配合で悩んでいるようだ。
「だから副作用止めを配合すればいいんだと思うんだが、適当なのが中々見つからない……」
日野は悩みながら研究室内をうろついた。
悩みながらふと思い浮かべたことがあった。
(そういえば、佐野や高木達と大分前に会った時に話しをしたな。立ち止まって、違う視点から見る……か)
日野は立ち止まった、そして試験器具を眺め始めた。
(……そうだ!)
何かをひらめいた日野はフラスコにある液体を入れた。そして、その中に開発中の錠剤の成分を溶かし、撹拌した。
すると、液体内で変化が起き、少し経って安定化した。
「やった! やっぱりそうだ!」
日野は小躍りせんばかりだった。
「副作用止めを固体にばかり着目していたから上手くいかなかったんだ。液体にも視点を広げたら簡単なことだったんだ」
日野は満足げに何度もうなずいた。
「佐野と高木のおかげだなこれは。違う視点で見る、か」
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