キャッチボール

チャラン

第1話 プロになった親友

 三人の少年が一つのボールでキャッチボールをしている。一人は体格のいい子で常にコントロールが良い、いい球を投げていた。もう一人はたまにミスをするものの、まずまずの球を投げ、さらにもう一人の子は既に肩で息をしていた。球にも力がない。


「お~い、そろそろやめにしないか?」


 へばっている少年が二人に頼むような抑揚で言った。


「投げ始めてからまだ一時間も経ってないぞ?」

「日野は相変わらずへばるのが早いなあ」


 まだ余裕のある二人の少年は笑っている。


「家でゲームでもしようぜ」

「さっきまでゲームしてたじゃないか」

「疲れちゃったよ」


 体格のいい子はやれやれという表情を見せた。


「仕方ないなあ、じゃあ家に戻るか。それでいいか、佐野?」

「へばったんなら仕方ないよな」


 佐野と呼ばれた少年がそう言うと三人はキャッチボールを止め、日野の自宅に戻って行った。


 途中、体格のよい少年が日野の頭を軽く叩いた。三人とも仲がよさそうだった。




 時が経ち……


 三人の少年は二十代の青年になった。


「暑いなあ……。今日は」


 夏用スーツのジャケットを脱いで脇に置いている佐野が、公園のベンチに腰掛けていた。彼は中堅企業のサラリーマンになったようだ。


「まあでも、今日は午後から営業会議だ。暑い盛りに外に出ることはないな」


 そう独り言を言って、佐野は手に持っていたコーラを飲んだ。


(今週末は連休だし、日野を誘って球場に行ってみるかな。高木が登板するし……)


 コーラを飲みながら佐野はそう考えていた。高木とは前述の体格のよい男の子のことで、今はプロ野球選手になっている。


「よし! 午後からの会議頑張るかー!」


 佐野はそう気合いを入れて、会社に戻って行った。ポジティブな性格だ。




 週末になった。


 その日の、シャラクドームは地元球団エレファンツの好成績も手伝って、人でごった返していた。


 球場名についているシャラクとはエレファンツの親会社の名前でプリンターなどの印刷機器を主に扱っている。


「今日はすごい人だな」

「交流戦が終わって一位だからな、皆期待してるんだろう」


 佐野と日野もシャラクドームに来ていた。二人とも人の波に押し流されそうになりながら、球場に入っていった。


 二人はじっくり観戦しようと思い、内野指定席を購入していた。外野で観戦するのも盛り上がるが、高木のピッチングを見たいのもあったのだろう。


「ここだな」


 二人は指定席の番号を見つけ、席に座った。前列に位置し、ピッチングがよく見れそうだ。


「後は……」

「高木が出てくるのを待つか」


 二人は試合開始まで打撃練習などを見ながら待った。




 試合が始まった。


 先発は予告通り高木だった。


「出てきたな」

「現在ハーラーダービートップだからな、期待しようぜ」


 高木は少年時代から体格がよかったが、大人になった今では190センチを超える巨躯になっている。その大きな体から投げ出される角度のあるストレートを中心とした投球で、初回を二つの三振を含む三者凡退に抑えた。


「今日は調子がいいみたいだな」

「立ち上がりが悪い時もあるからな、今日は絶好調だろう」


 佐野達は、そう言いながら、どことない安心感を持って高木のピッチングを見ていた。




 スコア3‐0


 試合は九回表まで進み、高木の完封ペースだった。打たれたヒットはわずか二本で、いずれも単打だ。


「凄いな、やっぱり高木だ」

「でもまだこの回があるぜ、ここを抑えないとな」


 高木の投球は九回になっても衰えなかった、一人目のバッターを落差のあるフォークボールで三振に取ると、二人目はインローの速球で内野ゴロに打ち取った。


「さあ次だが……」

「一本打たれてる相手だな、四番の今林か」


 今日の対戦相手サンズの四番今林。


 長打も、もちろん持ち合わせているがどちらかと言えば巧打の四番で球界を代表する打者でもある。エレファンツのエース高木が苦手としている数少ない打者だ。


 高木はキャッチャーのサインに二度首を振り、三度目のサインで頷き、一球目を投じた。


 インハイをえぐる150キロを超える剛速球だ、外れてボールになったが、その威力に今林はのけ反った。


 高木は続いて二投目を投じた。今度はアウトローの速球だった。今林は手が出ず見送ったが、判定はストライクだった。


「次も速球かな?」

「フォークを使うかもな」


 クライマックスのピッチングを見ながら佐野と日野はそう話した。高木が次に投じた球はフォークだった。今林はそのフォークを引っかけセカンドゴロに打ち取られた。


 高木の完封勝利で試合は終わった。

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