第26話 レオ、預言の勇者だったっぽい
「なぜだ!? なぜ誰も私の研究の意味を理解しない……っ」
俺に監獄行きを言い渡され、深淵の魔術師ダグラスは懊悩している。しかし同情する気にはならない。
「当たり前だろう。人間を贄にしてまで魔術を研究する意味なんてない」
「それが凡人の発想だというのだ!」
もはや王族に対する敬語も吹き飛んでいた。
ダグラスはローブを振り乱して叫ぶ。
「私は魔族の文献に触れ、恐るべき事実に行き当たった! この脅威が貴様らにはわからんのか!」
「脅威だって?」
「そうだ! 魔族共の知見によれば、この先――太古の魔王が復活する!」
太古の魔王。
それは伝説上の存在だ。
かつてフェリックスの女神によって、不毛の大地が肥沃なものに変わった後のこと。
世には『魔王』と呼ばれる絶対悪が現れた。魔王はモンスターたちの頂点に座し、配下たる魔族を従え、フェリックスの土地の人々を苦しめた。
木々は枯れ、街は壊され、人間はモンスターの餌にされた。
フェリックスの土地は滅亡の危機に晒されたという。
その時、女神に選ばれた勇者が立ち上がった。
山を砕き、海を割るほどの壮絶な戦いが繰り広げられ、やがて勇者は魔王に打ち勝った。――というような話が伝わっているが、正直、王国ではフェリックスの女神と同じくおとぎ話の類だと考えられている。
ただ、俺はその女神に会って、スキルまでもらっている。
太古の魔王や勇者が実在しても確かに不思議じゃない。
「いいか、凡人共!? 太古の魔王は必ず復活する! その対抗策を私はずっと研究し続けていたのだ。驚け、あの魔法陣は贄を与えることで『異界の神』を召喚することができる!」
「異界の神?」
「そう、神だ! こことは違う場所、違う世界、違う次元。異なる世から『神』を呼び出す。それによって魔王を打ち倒すのだ」
魔王や勇者ならともかく『異界の神』と来たもんだ。
さすがに突拍子もなさすぎる。
そんな俺の感情を表情から読み取ったのだろう。
ダグラスは血管が切れそうなほど激昂した。
「その顔! 私の高等な考えを教えてやると、誰もがその顔をする! なぜだ!? なぜ理解できない!? 私はこんなにも正しく優秀なのに……っ」
「言いたいことはそれだけか?」
正直、これ以上付き合ってやる義理もない。
北の街道に残してきた冒険者たちも心配だしな。
「立て、ダグラス。お前を王都の監獄へ連れていく」
「クソっ、クソッ、クソッ! かくなる上は……っ」
俺の命じた通り、ダグラスは立ち上がった。しかしすぐにバックダッシュして距離を開け、こっちへ手のひらを向けてくる。
「第一王子レオンハイド! 貴様をここで葬る!」
ダグラスの右手に魔力の光が灯っていく。
「風の噂によれば、レオンハイドは全治1年の大怪我を負ったという! なぜ五体満足でこの場にいるのかは知らんが、今ここで葬りさえすれば誰に気づかれることもない。私の未来は安泰というわけだ!」
「……はぁ、またこのパータンか」
「な、なんだ? なぜ、ため息をつく!?」
「なぜも何も……」
「『くくくっ、元・主よ』」
妙に楽しげな様子でヒュードランが割り込んできた。
「『貴様は我ら六体のS級モンスターを罠に嵌めて契約を施した。それはすなわち正面からでは敵わぬ証。貴様は我ら六体よりもずっとか弱い生き物なのだ』」
「そ、それがなんだ!? S級モンスターほどの馬鹿げた力など必要ない。私は様々な攻撃魔術も修めている。いくら剣王と呼ばれていようが、たかがひとりの小僧……なんぞ……に……」
言葉の途中でダグラスの勢いがなくなっていく。自分で優秀だと言うだけあって、途中で気づいたようだ。一方、ヒュードランの方は気持ち良さそうに呵々大笑する。
「『理解したようだな、なぜ我がこの男と娘に従っているのかということを! 負けたのだよ! 我はこのレオンハイドとかいう魔王の如き男に敗北したのだーっ!』」
「ば、馬鹿な!?」
「いやよく胸張って威張れるな、クソトカゲ」
「ヒューちゃん、楽しそう」
大笑いするヒュードランとは対照的にダグラスは驚愕していた。
「で、では外で工房を守護していたはずの残り五体のモンスターは……っ」
「ああ、俺が撃ち落とした」
「か、怪鳥のドリアスもか!?」
「目から石化魔術を撃つ鳥か? 当たらなければ意味ないしな。稲妻で先に黒焦げにしたぞ」
「サイクロプスのガネーシャもか!?」
「一つ目の巨人のことか? 山ぐらいデカくて驚いたけど、逆にいい的だったぞ。嵐で切り刻んだ」
「……っ」
ダグラスは口をパクパクさせて硬直している。
それを見て、ヒュードランはさらにテンション上げてきた。
「『言ったろう!? この男は魔王よりも強いと! 我らドラゴン族は貴様らより遥かに長命。我は太古の魔王もこの目で見たことがある!』」
「な、なんだと!? 貴様、そんなこと私には一言も……っ」
「『力づくで従わせる主になど誰が言うものか! 直に見た我が言うのだ。魔王よりも強いと。元・主よ、貴様は絶対にこの男には敵わん! それどころか太古の魔王が蘇ってもこのレオンハイドが打ち倒してしまうだろうなぁ!』」
いや待て待て。
なんか勝手に断言するんじゃない。
と口を挟もうと思ったが、ダグラスの方が先に叫んだ。
「そんなことがあってたまるものか! 魔族の文献の預言によれば、蘇った魔王を脅かすのは『フェリックスの女神からスキルを得た、新たな勇者』だけだ!」
「ん?」
「およ?」
俺とアスティは同時に首をかしげた。
「しかし魔術同盟時代にいくら捜してもそんな勇者は現れなかった! やはり私なのだ! 私の研究が世界を救うのだ! だから――」
「はいはーい、注目ー」
「あーなんだ、すまん」
アスティが元気よく手を上げ、俺も気まずく頬をかく。
「これ、女神にもらったスキルなんだ」
「……は?」
ダグラスの目が点になった。
「いやだから……全治1年のケガを負った時、色々あってさ、女神にスキルをもらったんだ。それがこれ。聖剣作るスキル」
「だからヒューちゃんの言う通り、魔王が蘇ってもレオが倒しちゃうんだろうね」
「はあああああ!?」
あごが外れんばかりに大口を開ける、深淵の魔術師。
うん、なんだその……正直すまない。
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