第96話 祭りの後
《side虎ノ門アケミ》
生徒会室で一人。
後夜祭の片付けを終えて、書類の整理をしていた。
今頃、友人知人がいる者たちは集まって賑わいを見せ、楽しく文化祭の余韻に浸るのだろう。
だけど、私には誰かと喜びを分かち合うこともない。
クラスの出し物でメイドカフェをしたのは楽しかった。
みんな最初は不満もあったようだが、それでも文化祭が近づくうちにやらなければならないと協力するようになっていた。
私は生徒会との両立で手伝えないところも多く。
みんなの代表を務めたのは、犬飼ナズナと羊ヶ丘モモさんだった。
二人が率先してカフェの準備や衣装の用意を終えてくれていたから、成功することができた。
料理の発注の有無もほとんど羊ヶ丘モモさんが請け負って調整を行ってくれた。
衣装は犬飼ナズナが、予算と相談して高校生らしさも兼ね備えた中で、学校側もお客さん側も心配することのないバランスで用意をしてくれた。
二人の活躍が大きく、彼女たちに協力した猫野ミミさんや牛海クルミさんの四人が仲良く話しているのをよく見かけていた。
あの盾宮君はクラスの飾り付けなど男の子として手伝いは欠かすことなく、文化祭でバンド演奏をすると聞いて、大丈夫だろうかと疑問に思っていた。
だが、文化祭が終わってみれば、大成功の部類に入るだろう。
むしろ、少人数で行った中では二番目の成績と言えるのでかなり凄いことだ。
彼は良い意味で中学時代のいざこざや体育祭の出来事を忘れているように行動している。
「ふぅ、記録に残すのは明日でもいいんだけど、どうせ帰っても誰もいないのだから」
今すぐ生徒会のする必要はない。
だけど、みんなが楽しそうに後夜祭を迎える中で自分は輪の中に入っていく勇気がなかった。
「逃げてしまったわね」
私は外から聞こえてくる喧騒を眺めるためにグラウンドを見下ろす。
そこには高校生活を彼らは何も疑うことなく全てを楽しんでいる風景が見受けられる。
「あれ? 人影?」
グラウンドの光が、理科室の方を照らされて見えた。
「まだ誰か片付けをしているのかしら? 全く」
私は注意をするために、理科室へ向かっていく。
片付けを終えて、電気を落とされた教室の廊下は暗くて、懐中電灯を持って進んでいく。
「理科室に行ったら誰もいないかもしれませんね」
少し夜の校舎を歩いていることに怖さと感じてしまう。
校舎に伝わる怪談に飲み込まれて、自分が消えてしまったら悩まなくてもいいのに。そんな情けないことで考えてしまう。
「ハァー、何を言っているんでしょうね」
理科室が近づいてきて、懐中電灯の光を消して理科室へ近づいていく。
少しだけ開いている扉の隙間から誰かいるのか確かめるように覗き込む。
そこには私のよく知る人物がいた。
幼い頃から見ていた彼が上半身裸で誰かを抱きしめていた。
久しぶりに見る彼の体は、とても逞しくて身長も中学時代よりも伸びている。
相手の女性は誰なのかわからない。
クラスメイトの誰かだろうか? 部屋の中は暗くて……。
だけど、私だって何をしているのかぐらいは理解できてしまう。
「ハァ!」
女性の喘ぎ声……。
「ふぅ」
時折漏れる男性の吐息。
私はその光景を見つめながら、自然に自分の手が体を弄っていた。
いけないことをしているのはわかっているのに、婚約者として本来あの場所にいたのは自分だと思う。
だけど、彼が私以外の女性を抱きしめている光景に異常な興奮を覚えている私がいた。
彼が取られてしまう。
いや、もう私たちは婚約を解消して、婚約者でも、恋人でもない。
ただの幼馴染で、友人と呼べる関係でもなくなってしまった。
それでも想いが残り続けるからこそ、彼を目で追ってしまう。
最初は自分だけで独り占めしたいと思っていた。
だけど、独り占めができなくなって、どんどん彼が大きな存在になって様々な女性の中に飛び込んでいく度に嫌な気分よりも……。
それを見て興奮している自分がいる。
「ハァハァハァハァハァハァハァ」
彼の息遣いが、相手の女性の声が、次第に自分の息が漏れてしまう。
二人に導かれるように……。
呆然としてしまう。
私は急いで、その場を離れた。
おかしい、自分はどこかおかしい。
こんなことをするような人間じゃない。
誰かに彼が奪われたわけでもない。
正式に婚約は破棄されて、私たちの関係は終わったんだ。
そのはずなのに、彼が誰かと手を繋ぎ、話をして、抱き合っている姿を見て、怒りよりも……。
「ハァー」
生徒会室まで逃げ戻ってきた私は、扉にもたれながらズルズルと座り込んでしまう。
いけないことをしている。
ノゾキも、自分で自分を……。
「今日のことは何も見なかった。私は何も知らない!」
そう自分に言い聞かせて、私は仕事を置いて寮へと走って帰った。
今は誰にも会いたくない。
だから、ご飯もお風呂も部屋で済ませて、眠りについた。
ベッドの中で一人になると彼が様々な女性と裸で抱き合っている姿が浮かんでは消えていく。
「ハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァイア」
私は気持ちを抑え込むまで眠ることができなかった。
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