第9話 平穏な日常?

 東条大附属高等学園では、全校生徒が寮生活を送るので、昼は食堂でとる事ができる。


 ただ、俺は食堂に行ってランチをとるつもりはない。

 竜王院タケトが食堂に行った時のことを考えれば、蜘蛛の子を散らすようにみんなが立ち去っていくような不吉な光景が想像できてしまう。


 逃げていくのは大袈裟に考えているとは自分でも思う。

 

 だけど、ピリピリとした雰囲気になることは間違いない。

 八割近くの生徒が中等部から上がってきた者たちなので、盾宮との出来事を知っている。


 それにナズナのことを思えば、俺と関係なく自由に学園を楽しんでほしい。

 年相応の友人を作って、学校生活を送るためにも俺の存在は邪魔でしかない。


「タケト様。ランチはどうされますか?」

「少し行きたいところがあるから、ナズナは食事をしておいで」

「ご一緒にいきたかったので、残念です」


 落ち込んだ姿を見せるナズナには申し訳なくもある。

 俺も話ができるのはナズナだけなので、寂しいが自分よりもナズナを優先してあげたい。


「タケト様、今度は一緒にランチをとってくださいね」

「ああ、またな」

「それでは失礼します」


 犬飼ナズナは人懐っこいタイプなので、他の女子から声をかけられていた。

 入学してから、教室が別になるうちに友人ができたようだ。

 どうやらボクが心配しなくても、ナズナは社交的だな。


 教室を出て、誰もいない場所を探して歩き回る。


 日当たりが良い中庭を見つけた。

 校舎からは少し離れて、旧校舎付近まで歩いてきてしまった。

 

 今は部活で使う部室棟になっていて、放課後にならなければ誰もいない。


「ふにゃ?」


 草むらで座ってサンドイッチを食べながらweb小説を読んでいると、声が聞こえてきた。


「うん? ああ、猫野か。どうした?」

「むむむ、自由を求めてここに辿りついたら剣城君がいたにゃ」

「そうか、ここは陽が当たって最高だぞ」

「ニャニャ!」


 猫野とは入学式以来だ。


 挨拶をする程度で、あまり話をしていなかった。


「むむむ、ボクも日向ぼっこしたいにゃ!」

「すればいいだろ」

「いいのかにゃ?」

「ここは俺の家じゃない。この場所も学校の生徒なら自由に使っていい場所だろ」

「なら遠慮なく、使わせてもらうにゃ」


 猫野広い場所ではなく、わざわざ俺の横でゴロンと横になる。

 フードがちょうど良い枕になる様子で、青い髪が風に揺れて心地良さそうだ。


「……なぁ、友達がいないのか?」

「ニャニャ! いきなりひどい事を言われたにゃ」

「そうやって茶化して話すのは、恥ずかしいからか?」


 俺の言葉に猫野が黙って、こちらに視線を向ける。


「剣城君には言われたくない」


 咎めるように唇を尖らせている顔は可愛い。

 美少女はどんな顔をしていても可愛いものだ。


「まぁそれはそうだな。自慢じゃないが、俺は友達がいないぞ」

「本当に自慢になってないよ。ふふ」


 苦笑いを浮かべたと思えば、猫野は不意に真面目な顔をする。


「ボクは人が少し苦手なんだよ。人の気持ちがわかっちゃうっていうか、たくさんの人から向けられる悪意が苦手」


 ああ、知っているよ。


「だから、自分で側にいたいって思う人じゃないと側にいられなくて、悪意や欲望をぶつけてくる人はダメなんだ」


 彼女は常に緊張して、人の顔を伺いながら生きている。

 それは彼女が人と違うところを持っていたから、自由を愛して、楽天家。

 聞こえはいいが、共感を大切にする人たちからすれば、好き勝手に生きている猫野は浮いた存在でしかない。


 だから異物として、イジメを受けた経験を持ってしまう。


「俺の側にいたら、悪意を向けられるんじゃないか?」

「ううん。君をずっと見ていたよ」


 体を起こして猫野が俺と視線を合わせる。


「初めて会った日。あなたは陽だまりのように暖かい雰囲気を持っていた。だけど、教室に入って盾宮君と話している時のあなたは苛烈で、業火のように燃えていた。近づいたら火傷しそうだった」


 猫野は俺を見つめたまま真剣な瞳をしていた。


「君は間違ったことは言っていないとボクは思う。人の顔色を窺って、周りが見えていないよりも、自分の信念を貫いて人の顔色を見ない人の方がボクはいい」


 彼女はいじめを受けたからこそ自立した。


 その場から離れて、自分を誰も知らない東条学園にやってきて、だけどここでも一人で学校を過ごしていた。


「そうか。だけど、俺もお前に欲望を持つとは思わないのか?」


 彼女がどう思ったとしても、すでに断罪されている俺は学園では腫れ物でしかない。彼女がまたイジメられる姿など見たくはないから、俺といない方がいいと思う。


 だから、脅しておくのも一つかもしれない。


 俺は彼女に一歩近づいて、キスをする寸前で額をコツンとぶつける。


「痛いにゃ!」


 ウルウルとした瞳で俺を見上げる、その猫目は可愛くてキラキラとしていた。

 

「今のでキスされていたら誰も助けてくれないぞ」

「……君はしないって知ってたから」

「どうやって?」

「君の雰囲気に一瞬だけ混ぜている感情が見えるから、相手を怒らせようとする匂いがしたよ」

「そんなことまでわかるのか?」


 不思議な存在である猫野。


 だけど、それだけで油断している猫野に俺は額にキスをする。


「なっ!!!!」

「油断したな。男は欲望をダダ漏れにするだけじゃなくて、上手く隠せるやつもいるんだぞ」


 顔を真っ赤にして自分の額に両手を当てる猫野。


 俺は立ち上がる。


「お前が好きな男ができるまでは守ってやる。どうしても困った時は俺を探せ。それとな不思議な力に頼るんじゃなくて、ちゃんと相手と話して見極めろよ」


 俺は立ち去ろうとする。


「ミミ」

「えっ?」

「ミミって呼んでほしい。友達になってくれるんでしょ?」

「あっ、ああ。なら、俺はタケトだ。じゃあな。ミミ」


 ミミが困っていたら助けるぐらいはしてもいいか。

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