第49話 目映い世界

「さっきはよくも散々揺らしてくれたなぁ……」


 見栄は張れ。

 ハッタリでいい。

 眼前には単騎で都市をも蹂躙する魔物の頂点、破壊の権化たる竜種が鮮血の瞳を輝かせている。

 気を抜けば逃避を選択したくなる状況下。逃げの一手が常に鎌首をもたげるのならば、見栄を張れ。


「俺は乗り物酔いしやすい性質なんだよ……!」


 加古川誠は戦意を滾らせると虚之腕を硬く、固く握り締める。

 揺れ動く白髪の奥では漆黒の瞳が鋭く研ぎ澄まされ、歯の隙間から薄く呼気を漏らす。

 半身の姿勢で落とした腰に力を込め、口元の緑を拭った左手はスターターへ指を引っかける。幸いにも最下層での戦いに於いて、魔鉱ドライブの消耗は薄く、肉体の消耗も回復薬によって完治している。

 なれば、なればこそ。

 最早逃走する理由など何一つ存在せず、後は眼前の竜種を粉砕して地上に帰還するのみ。


「さっさと終わらせてもらうぞッ!!!」


 自身を鼓舞する言葉を吐き、スターターを素早く二度引き抜く。

 途端に魔鉱ドライブが過剰な熱を帯び、フレーム全体にまで伝播。白熱化した放熱フィンが悲鳴を上げ、露出したチューブは想定外の供給に怒張を示す。

 過負荷向上限界超越。

 使用者の肉体にすら害を成す過剰な出力を確認すると、加古川は身を低く構えて突貫。

 彼我の距離は然して遠くなく、拳の間合いに飛び込むまで数秒とかからない。竜種からの抵抗が見受けられないのは、ある種の傲慢か。


「上等だァッ!」


 狙うは右前足、純白の竜麟目掛けて腰を入れた横殴りの一撃を叩き込む。

 直撃の瞬間、大気が震撼した。

 元より大型の魔物やダンジョンコアといった強固な存在を穿つために開発された試作品は、取り回しを筆頭とした商品化に於ける問題点を解消することが叶わなかった。故に後継ともいうべき市販品に虚之腕程の出力は存在せず、だからこそ眼前で繰り広げられた光景は見る者の驚愕を引き出す。ともすれば悲鳴染みた声すらも止む無きことであろうか。


「メ、メルリヌス後退……今の一撃でか……!」


 果たして誰が零した言葉か。

 事実として八メートル近い巨躯を誇る竜種が、地響きを上げてダンジョン内を後退していた。変化に乏しい顔も、苦悶に歪んで見えたのも単なる錯覚ではあるまい。

 僅か数センチに過ぎず、冷静な視点で語れる者が存在すれば予断の許されない状況であることは容易に判別できる。

 だが、今まで傷の一つも加えることが叶わなかった自衛隊員や冒険者達からすれば、都市部で流れる夥しい血を遠ざける救世の光ですら大袈裟ではない。


「入りが浅い……!」


 一方で加古川は鳴り響く地響きの中、手応えの薄さを覚えていた。

 竜麟には僅かな凹みが伺える程度。有効打とは言い難く、むしろ今までの対抗手段すら持たぬ格下という認識を改めたメルリヌスが相手となれば、悪化すらも脳裏を掠める。

 事実、鮮血の双眸はしかと少年を捉え、見下ろしていた。

 徐に広げられた大翼が二度、三度と羽ばたかれるのも、彼の接近を嫌った結果か。


「クッ……!」


 加古川は素早く地面を殴り抜き、捲れ上がった岩盤を即席の壁とする。

 到着以前からの戦闘で舞い散った砂塵や燃焼した空気の直撃を回避するために。


「撃て撃てェ、遠距離持ってる奴はあいつを支援しろェ!」


 誰が発した言葉か。

 竜種と拳を交える加古川を手助けすべく、後方から多数の弾丸や魔法が空を割って殺到する。尤も、音の壁を突き破る慮外の力から繰り出される突風を穿つ攻撃は、ただの一つも見受けられなかったが。

 壁の側面から顔を覗かせ、少年はメルリヌスが次に繰り出す一手を観察する。

 そして続け様に放たれたのは、収束していない焔。

 辺り一面を灰塵と成すが如き一撃に素早く顔を引き戻すと、咄嗟に壁から距離を置く。

 計測するのも馬鹿馬鹿しい高温に晒され、壁も数秒間は持ち応えた。が、徐々に赤熱を帯びると硬質的な材質を蕩けさせ、加古川が潜伏していた部分にまで焔を伝達する。

 後退の判断が遅れていれば今頃自身の肉体と混ざり合っていただろうマグマを凝視し、少年は背筋に冷たいものを走らせた。


「クッソ、熱ぃなオイ……!」


 吐き捨てるものの、単なる熱だけならば加古川にも多少の慣れがあった。

 何せ飛田貫伊織と出会って以来だけでも二度、自傷する程の高温に晒されているのだ。皮膚が焼き爛れないだけでもマシというもの。

 炎熱による余波にばかり気を取られていた彼は、左右に振られる顔を一目して自身の失策を理解した。せざるを得なかった。

 口内から零れる、蜃気楼を誘発する程の炎熱。

 生物はおろか、無機物にさえ致死の高温。恒星すらも連想させる火球の照準がしかと少年を捉えていた。


「これを狙って……!」


 竜種が戦闘を行うには狭い幅も、今では動き回る敵の動きを大幅に制約する檻へと変換された。直撃すれば、防衛線に空いた大穴や月背の余波を喰らった大地のようになるのは明白。

 無論、最悪を避けるべく左右へのステップを加えて攪乱を図るものの、メルリヌスの首は細かな軌道修正を怠らない。

 炎熱が最高潮を迎え、後は細かな軌道を修正するのみとなり──


「口を閉じろッ!」

「■■■?!!」


 不意の命令に顎を閉じた。

 自覚的に行った訳でもないのか。困惑に目を見開いた竜種の顔は、数刻と待たず黒煙に包まれた。

 口内で暴発した火球の余波が、穴という穴から漏れ出たのだ。

 ゲームのプレイングミスならばともかく、現実にはあり得ない事態に顎を外す加古川。だが、最下層での出来事を想起させ、口角を吊り上げた。

 たった一人だけ知っている。

 魔物を使役し、あまつさえ生み出すことさえも可能な少女を。


「ハッ、来るのがおせェぞ。伊織!」

「そっちが早いんですよ、加古川」


 果たして少年が連想した通り、竜種の後方にはスクールカーディガンを羽織った少女が槍使いの少年に付き添う形で到着していた。


「零羽もその……ここまでありがとうです」

「その口調は止めろっス、ウザイんスよ」

「……」


 ぶっきらぼうに述べる言葉は、本当の伊織が相手であらば伝えないだろう代物。彼から注がれる視線も、あくまで仕方なく行っただけという意思が無言の圧力として伝わってきた。

 だからであろうか。伊織は視線を暫し落とすと、改めて零羽の顔を見た。


「ここまでありがと……君がいなきゃ、僕はここまで来れなかった」

「ケッ……好きに言ってろっス」

「アレ、レイヴンじゃないか?!」


 二人のやり取りに冷や水をかけたのは、防衛線を加わっていたセージ。

 彼らのパーティーも今回の作戦に組み込まれていた。が、三級冒険者であったレイヴンは不参加のため、下手に知られて駄々を捏ねられても面倒という理由で詳細は伝えずに待機を命じていたのだ。

 にも関わらず、彼はダンジョン奥地から外側冒険者と共に姿を見せた。

 意味するものに顔色を蒼白に染め上げると、己が得物たる剣を片手に駆け出す。


「何やってんだお前!」

「ゲッ、セージさんッ……こ、これには海より深い深ーい訳があってっスね……!」

「■■■■■■!!!」


 二人のやり取りを遮ったのは、暴発を強要された竜種の咆哮。

 大気を震撼させ、ダンジョン中を幾度となく反響する破滅の叫びに冒険者は思わず耳を塞ぎ、仲間に駆け寄ろうとしたセージの足をも地面へ縫いつけた。

 羽ばたき一つ。二つ。三つ。

 古来よりドラゴンが司るとされる権能は水に火、雷に風。大自然の脅威に名を与える行為は、暫し克服した人間を讃えるために行われる。

 司る権能が一つ、暴風を思うがままに撒き散らす様は正に古来より司った要素の一角。正対する加古川や離れたセージはおろか、後方寄りに立つはずの伊織や零羽にすら夥しいまでの風を叩きつける。


「クッ……の……!」


 右手で地面を抉って左腕で顔を覆い、目を細めてメルリヌスを凝視する加古川は、口内に再度恒星が誕生していることを把握した。


「伊織ッ、さっきのヤツをもう一回だ!」

「わ、分かったです……!」


 指示を受け、肺へ空気を送り込むと大口を広げ、少女は命令を下す。

 殊更大きな声で、間違いなく竜種の鼓膜にまで届くように。


「口を閉じろ!!!」

「■■■!!!」


 魔軍掌握。

 魔物を意のままに使役する禁忌の力。しかして竜種も学習したのか、顎に力を込めて閉じそうになるのを妨げると、強引に首を捻って付近の岩壁へと火球を放った。

 方角は無論、検討違い。

 加古川はもちろんのこと、防衛線とも全く関わりのない方角。爆発による輝きと空気を炙る高熱は過酷なダンジョンや訓練を経た面々には効果が薄い。

 ただ一人の例外を除けば。


「あ、つ……!」

「おいおい、どうしたんスか急にッ?」

「いや、ここ……凄い、暑くて……!」


 暴風に煽られ、直接ではないものの高温下に晒されたことで伊織は急激に体力を消耗していた。汗の一滴すらも蒸発させるために湿気と無縁なのは彼女にとって幸いでこそあるが、片膝をつく領域であらば誤差の範囲。

 懐に収納していた回復薬を手に取る様も緩慢で、飲むというよりは喉へ落とすといった方が正確な所作で新陳代謝の活性化を図る。

 とはいえ、火山地帯をすら凌駕する高温の元凶が間近にいては、すぐに水分も枯渇する。


「あっつい……いや、これ、暑すぎるじゃないですか……!」


 息を吸う度に肺が火傷するのではないかと不安を覚える異常な高熱の中、桜の瞳は元凶と向き合って拳を振るう少年を見つめた。


「そぉらそらァッ!!!」

「■■■!!!」


 過剰なエネルギー供給に悲鳴を上げる拳が、無造作に空を切る竜尾と激突。炸裂した空気の衝撃が辺りの木っ端な存在を吹き飛ばし、反射でフレームにまで僅かな亀裂を走らせる。

 とはいえ、ダンジョンコアにより密度を増した魔素が有する力はたかだか少年の一人の肉体など軽々しく吹き飛ばす。

 宙を舞う加古川は漆黒の双眸でメルリヌスを睨み、天井へナイフを突き立てた。


「チッ、無敵かよ。あの化物は……!」


 吐き捨てる言葉の裏で、視線を地銀を晒す義腕へと注ぐ。

 虚之腕に細かな亀裂が幾筋にも刻まれ、魔鉱ドライブ付近では微細な漏電すらも発生している。心無しか重量が増加したように思えるのも、実際は本来の出力が維持できていないことに由来しているのだろう。

 大目に見積もって二度、全力で振るえるのは一度が限界といったところか。

 マニュピレーターを動かしながら冷静に状態を確かめる。


「オイッ、後ろの連中ッ。なんか弱点とか探れる奴はいねぇか?!」

「何のつもりだ、外側が!」

「んなこと言ってる場合じゃねぇだろうがッ」


 少年の言葉を真っ先に否定したのは、剣を横薙ぎに振るって行動でも示すセージ。

 竜種の地上進出こそが現状最も忌避すべき最悪。

 それと比較すれば、内側と外側が手を組むことなど大した話ではない。

 加古川の思いを汲んだのか、第一階層中に人の可聴域を超えた高音が響き渡る。


「……胴体、辺り……変な響き方の場所が一か所あるね」

「ムーンイーター!」

「今いがみ合うのは流石に違うと思うな、私は」

「クッ……!」


 叱責染みた調子で声を荒げたセージであったが、ムーンイーターに反論することができず、代わりに忌々しげに唇を噛み締めた。

 一方で現在謹慎中のアイドルからの報告を受け、加古川は肉食獣めいた好戦的な笑みを浮かべる。


「胴体、か。ここからなら好都合!」


 身体を揺らして反動をつけ、地面と平行姿勢を取ると天井を蹴り抜き、重力だけではない加速を得て竜種へ迫った。

 しかしてメルリヌスも漫然と待ち受けることはなく、竜尾を鞭の如く振るって迎撃。

 空中で軌道を修正するのは翼あるものの特権。


「グッ、ガッ……くッ」


 加古川は白熱化する義腕を盾にして弾かれるも、先程にも増して急速に迫る地面を数度跳ねた。

 着地に苦戦している所を狙わんと、メルリヌスは物々しい顎を開くと必殺の火球を構える。口端から零れる炎熱の照準を合わせるものの、次に妨害してきたのは少女の命令ではなく、無数のパラベラム弾であった。


「撃て撃てェッ!」


 指揮官の激に従い中空を裂く弾雨は、殆んどが竜麟に阻まれて碌に効力を発揮することさえない。

 が、度重なる交戦で少なからず疲弊していたメルリヌスからは、無駄な抵抗を繰り返す羽虫を無視する余裕が喪失していた。

 鮮血の瞳が忌々しげに細められ、蠢く首は火球の狙いを僅かに逸らす。

 彼我の距離を焼く恒星の煌めきは、彼らを骨の髄まで蒸発させんと防衛線へと注がれた。寸分違わぬ軌道は反撃の銃弾を瞬く間に蒸発、魔法すらも意に介さず射線を堅持する。


「──バラせ バラせ 粉までバラせ

魔物を 呪いを 竜種をバラせ──!!!」


 故に黙示録の焔は防衛線の寸前、自衛隊員の空中で弾けた時には誰もが目を見開き驚愕を顔に投影した。


「商売、道具はデリケートに……扱うものなんだけど、ね……!」


 両刃剣を杖代わりにし、空いた手で抑えた口から血を流す偶像を除いて。


「■■■■■■!!!」


 思い通りにならない現実に憤慨したのか。メルリヌスは本日数度目ともなる咆哮を上げ、大翼を羽ばたかせた。

 常人には身動ぎ一つできない出鱈目な暴風に加え、破滅的な声音が近づく万物を拒絶する。

 疲弊に関しては防衛線を構築する面々にしても同様。

 幾度となく放たれる暴威に屈して何人かの自衛隊員や冒険者が空中へと舞い上がり、無造作に落下していく。腰を落として踏ん張る面々も徐々に数を落とし、消耗戦の様相を呈していく。

 なればいずれかだけでも遮る者の存在が必須。


「魔軍掌握・業……これが僕の、華のJKの力だって言うんなら……!」


 指揮者の如く手を振るい、拳を握り締めた伊織の意思に呼応したのは、三体ものゴブリン。

 岩肌染みた角ばった緑の肌は、微塵も躊躇することなく暴風へと突っ込み元凶との距離を詰める。手に持つ錆ついた殺意を乗せて。


「あの化物を倒してみせろッ!」


 伊織──もしくは一人の叫びを受け、ゴブリン達は一斉に純白の竜麟を殴りつける。刀身を錆つかせた得物では鈍器としての有用性しか発揮できないものの、鈍い衝撃は確かに竜種の警戒を足元へと移行させた。

 無造作に振り払われると、空中で呆気なく肉体を霧散させる。

 が、その数秒間があれば、加古川が距離を詰めるには充分。


「ハッ、いいアシストだ!」


 身を低く屈め、素早く距離を詰める少年に目敏く気づくと、竜種は先程より大きく大翼を羽ばたかせて、中空に体躯を浮かべる。

 想定外の事態に右翼を一目すれば、開戦直前に月背が放った一撃で切り裂かれた翼膜の修復が完了。未だに滴る数滴の血を除けば切断された残滓すら無くなっていた。

 そして口内には恒星の輝き。

 加古川諸共に地面を吹き飛ばし、反動をつけて飛翔速度を稼ぐことで防衛線を突破。勢いのままに地上への進出を果たす。

 メルリヌスの画策を想定するも、加古川には突撃して距離を詰める以外の選択肢は皆無。


「ッ……!」


 精々、奥歯が割れんばかりに噛み締めるのみ。

 唸りと共に首を上げ、暴威の助走をつける竜種。

 しかして、その体躯の上から突如として突風が直撃する。


「■■■?!!」

風魔乱獄ふうまらんごく……キャハハ、私がただ自由に風を操ってるだけとでも思っちゃった?」


 防衛線の奥から軽薄な、酷薄な声音で薄い笑みを浮かべた少女──ブラッドルーズが腕を交差させる。

 彼女が丸められた手を握り締めると、メルリヌスの体躯は地震かと見紛う衝撃と共に叩きつけられ、驚愕の声を上げた。大翼もまた縫い付けられたかのように身動きを封じられ、生まれたての小鹿よろしく揺れるばかり。

 しかし少女の額には早くも玉の汗が浮かんでおり、依然として切迫した状況なのは明白。

 なればと竜種は火球の照準を再度接近する脅威、加古川へと揃える。


「幻風貪狼一刀流・三段」


 地を焼き迫る恒星の煌めきは、しかして肝心の場面で痛恨の両断。横薙ぎに切り裂かれた背後に立つ和服の男によって大地の蒸発以上の功績を伴わない。


「行くがいい、疾風。竜種の首を以って」


 少年への激励を言い終えると、波打つ髪が頽れてる。紫刃を突き立てて杖にしなければ立つのも困難な程の疲労が、アメジストの瞳からも見受けられた。

 様々な支援を受け、遂に竜種との距離を詰めた加古川。

 なおも抵抗するメルリヌスは、無形の拘束を振り切って右前足を薙ぐ。

 地面を掘り上げる衝撃に加えて緩慢な動きは見切ること自体は容易い。が、それが回避に反映できるかといえば答えは否。


「クソ、がァ……!」


 既に鉛の如く重くなった身体を強引に動かしているのが実情。更には白熱化した義腕による自傷も無視できない域に達しており、皮膚の大半が焼け爛れている加古川に俊敏な動きは期待できない。

 迫る脅威を置き去りにできるかどうかの速度勝負の様相を呈した中、甲高い音色が純白の竜麟から鳴り響く。

 それは軽装に身を包み、防御性ではなく機動性を重視した服装の剣士。

 それは規律を重んじ、自身を含む四人パーティーを率いるリーダー。

 それは神宿ダンジョンに相応しい二級冒険者にして、冒険者ギルドに登録した内側冒険者。


「早くしろ、そう長くは……!」

「セージ……ハッ、漸く分かったかよ!」

「全く分からんがなッ。犯罪者は牢屋にぶち込むのであって、魔物に殺されるのは違うってこと以外はなァッ!!!」


 両足で踏ん張りを利かせるセージであるが、膂力の差は歴然。

 速やかに轍が刻み込まれ、数秒もすれば彼の肉体は宙を舞う。

 しかし、剣士にとっての最悪も前足の主が生存していればの話。


「これでェ……!」


 力強く背中を駆け、胴体の真ん中へ到達した加古川は義腕を大きく振り上げる。

 遮る障害は何もなく、竜麟による防護は虚之腕ならば突破可能。

 軋み、歪み、魔鉱ドライブも悲鳴を以って力を供給する。

 全身全霊。文字通りに全てを乗せて、人類の脅威を滅するために。一撃を以って、ダンジョンの中枢諸共に竜種を粉砕するために。


「終わりだァッッッ!!!」


 ダンジョンを超え、地上にまで声を届かせんばかりの叫びと共に振るわれた鉄拳。

 穢れを知らぬ竜麟が砕けて内部の薄桃色の肉体を穿てば、やがて竜種の鱗よりも硬質な物体へと衝突する。

 チューブが過度の供給に耐え切れずに弾け、限界を迎えたシリンダーもまた小規模の誘爆を伴って機能を停止。魔鉱ドライブも焼け溶けた放熱フィンによって熱が逃げし切れなくなり、出鱈目な高温で自壊する。

 急激に出力が低下するものの、勢いまでは収まらない。

 球状の物体に一筋の亀裂が走り、一瞬の内に全体にまで伝播。子供の落書き染みた線が動きを止め。

 微塵に弾けた。


「■■■■■■■■■!!!」


 自身の中核を失ったことで断末魔の叫びを上げ、竜種の全身が紫に包まれる。

 穢れなき純白が見る影もなく一色に染め上げられると、大気を破裂させて霧散。視界を埋め尽くす程の魔素を撒き散らして、人類の脅威は姿を消した。


「……」


 理解が及ばないのか。もしくは事実を呑み込むのに時間がかかっているのか。

 誰も、何も言わない。

 一秒か、一分か、はたまた十分。一時間は経過していないはず。

 誰かが確かめるように小さく、或いは無意識に呟く。


「勝った、のか……?」


 確かめるような小声は水面に投げられた小石よろしく周囲に伝播し、永遠にも思えた静寂へ終わりを告げる。

 ともすれば気づくこともない小さな波は、幾度もの反響を受けて徐々に勢いを増し、やがて大海を呑み込む津波として顕現した。


「やった、勝ったッ。あの竜種を倒したぞ!!!」


 人類の勝鬨、天然の輝きとして。

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