第8話 パン作り

彼女には、この後、パン生地をこねる作業があるそうで、それで今日の仕事は

終わりだそうだ。

彼女の能力を使えば、フレッドより早くこねられるから、彼女の担当らしい。

じゃあ俺が側にいたら、もっと楽になるのかな?



「そうですけど、そんなことお願い出来るわけないじゃないですか」



彼女は、何てとんでもないことを、という顔をして俺を見ている。


だって、何もやることないんだもん。

道を歩けば、人にも馬にも馬車にもよけられ、迷惑かけるし。

宿に帰って、また窓から遠くを眺める?

やだよ、なんで夢の中で、そんな退屈なおもいしなきゃ、いけないんだよ。


しかも今のとこ、俺と普通に話しするのって、ジョナサン夫妻とキミだけだし。

もうこの夢、キミの存在以外で見ている意味、な~んもない気がする。


とりあえず、道を歩くと迷惑をかけることを話すと、彼女はビックリしたような

顔をして、そしていきなり大笑いを始めた。


笑いたきゃ笑えばいいさ、そうさ、俺は、一人で道も歩けやしないんだよ。

へッ、なんだあ、こんな夢。


彼女はひとしきり笑って、その大きな目の目じりを指で拭った。

涙ですか、そうですか、それほど、おかしいですか、それはよございましたね。


「ごめんなさい、現世様と、よける人たちを思い浮かべたら、我慢できません

でした。みんな、わからないんですよ、どうしたらいいか。

私も、そうですよ、今だって一緒のテーブルでお茶とか飲んで、こんなことして

いいのかしら、とか」



彼女は、さっきまでの笑顔から、少し不安げな顔になって答えた。


いいんです、

ワ・タ・シ・ハ・・・

フ・ツ・ウ・ノ・・・

ニ・ン・ゲ・ン・デ・ス。



「でも、急にはムリだとおもいます。だっていろんな言い伝えとか、聞いてるし」



俺は、お伽話の主人公じゃないっつうの。

そりゃ、昔々から誰か来てはいたんだろうけど、その人たちが何やったって、

俺とは無関係だからね。



「じゃあ、これから現世様がお出かけになられるときは、私をご一緒させて

ください。

だって、さっき駅から戻る時だって、誰も反対側に、よけたりしていませんで

したよ」



彼女のおっぱ、失礼、会話に夢中で気が付きませんでした。

へえ、そうだったんだ。



「荷車が、道の左端を通っていたから、よけてはくれていましたけど、

普通に、すれ違っていましたから」



彼女は、荷車の横棒の内側に入ってそれを両手で押して、

俺は横棒の外から左端を持って、引っ張るような振りをしていたから、道の左側に、寄ってはいたんだろうけど、一人の時は、反対側に渋滞が起きるぐらい、よけられていたからなあ。

彼女が普通だったと言うなら、そうなんだろう。



「現世様は、ここでお待ちいただいていてもいいですか、

私、急いでお仕事終わらせますから、それから、町をお散歩しませんか」



おお、やっとブラ現世できますか、アシスタントは金髪美女。


だから手伝うってば、側で立っているだけだけど。

そしたら早く終わるんでしょ、俺もここでじっと待っているよりいいし。

チョッと考え、ようやく納得した彼女は、俺を連れ、店へと向かった。




裏口を入ると、そこは物置になっていて、壁沿いにぐるっと数段の棚があり、

様々な材料が収められていた。

裏庭の荷車も、空になっていたんで、フレッドが、移したんだろう。

入って正面数メートル先にドアがあって、それを開けると、そこは厨房だった。


パンの甘くて香ばしい、いい香りがする。

そこではフレッドが、忙しそうに動いていた。

が、厨房に入ってきた俺を見ると、ハッ、というが、ギョッ、というか、

まあそんなような、顔をした。


レティが、この後俺と用事が出来たので、早く仕事を終わらせるため、

俺に手伝ってもらう、と告げると、今度はアワアワ始めた。


俺は、お伽話の主人公だからね、せいぜい、慌ててちょうだい。

彼はあたふたしながら、俺に何度も頭を下げつつ、店へと飛び込んでいった。


冷や汗なのか、彼が広がりつつある額を手で拭いなら戻ると、その後ろに女性が

ついてきた。

ありゃ、アンナのチョッと若い版だ。

彼の肩口にも足りない程度の背丈と、倍は広そうな横幅の女性が、彼を横に

押しのけるようにして、前に出た。


「お初にお目にかかります、ナタリー・ミラーでございます。

このような店にお越しいただきまして、誠に光栄に存じます。

そのうえレティが、荷運びにお力をお貸頂きましたそうで、

なんて大それたことをするのか、ホントにこの子は・・・・・」


俺は、横にいるレティに視線を送った。

彼女は、仕方がないでしょ、って顔をしている。



「おばさん」



いつまでも、謝罪が続きそうなところで、レティが割って入った。



「この後、現世様と御用があるから、早くお仕事終わらせたいの」


「何を言ってるんだいこの子は、現世様と御用だなんて、ホントにまあ」



いえいえ奥さん、それは俺からお願いしたことなんですよ。

俺、一人じゃ街歩きも出来ないんです。


ア・ナ・タ・ガ・タ・ガ・・・

ミ・ン・ナ・シ・テ・・・

ソ・ウ・イ・ウ・・・

ア・ツ・カ・イ・ヲ・・・

ス・ル・カ・ラ・ネ。


だからお願いします。

レティに能力を、使わせてください。


フレッドとナタリーは、互いに顔を見合わせ、どうしたものかと困惑しきり。

そこで、レティは答えを待っても仕方がないと



「じゃあ、お仕事始めるね」



と、サッサと準備に取りかかった。


レティの作業場所は、横幅が3メートル、縦幅が1メートル程度の木の台だ。

その台は、厨房の左側の壁から1.5メートルの幅を開けて、平行に置いてあり、

その幅が、店への通路になっている。


俺は左側の壁にもたれ、レティが準備するところを見ていた。

壁には床から2メートルほどの高さに、壁の幅いっぱいの、ガラス窓が取り付けて

あり、そこから外の明かりを取り入れている。


反対側の壁には、鉄の扉が付いた赤レンガで出来た大きなオーブンがあり、

オーブンの左横にも、向かいと同じぐらいの高さにガラス窓が入れてある。

外からの明かりで店内は十分明るく、昼間なら照明は必要ない。

店内の様子や、レティとフレッドの姿もよくわかる。


準備が整い、レティが作業台へ小麦粉と水が入った桶を持ってやってきた。

作業台を挟んで俺の前に立ったレティが、ニッコリしながら教えてくれた。


前日から練って発酵させてある、両手の手の平程度の小麦粉の塊に、

小麦粉と水を練り足しながら、どんどん大きくしていくそうだ。

発酵した生地には、増殖した酵母がたくさん含まれているので、

次のパン生地作りに使うということらしい。


レティが大きく練り上げ、フレッドが丸く小分けにし、それを一晩寝かせ

発酵させ、形成して焼き上げると、いろんなパンになる、ということだ。

そしていくつかを種パンにして、レティが練る、

フレッドが小分け、発酵、パンを焼く、その繰り返しだ。


その練り上げに彼女の能力が、発揮されるという。

主に上半身、特に両腕に力をかけるそうだ。

俺がそばにいるんで、さっきから小麦粉や水を運んだりするのが楽らしい。

だから作業も、早く終わると思う、と彼女は、嬉しそうに言った。

いよいよ、彼女が作業を始めた。


小さな塊りに、粉と水を加えて、手の平で延ばすように押し出す。

手を引く、また押し出す、手を引く、また押し出す、手を引く、また押し出す、

リズムよく繰り返す。

そして、揺れる、揺れる、揺れる。


いか~ん、

こ、この場所、ここにいちゃあ、いかん。

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