第328話

「しばらく今後も一緒に旅を続けることにしました。よろしくお願いします」


という返答を、リーフェンシュタールは、エリザからもらったと、リヒター伯爵領の領事館で暮らす学者モンテサンドに報告した。


 ランベール王廃位の推進派である革命家として、リヒター伯爵の御曹司であるリーフェンシュタールは、神聖騎士団の十一人と、エルフェン帝国の宰相エリザ、テスティーノ伯爵婦人アルテリス、大神官シン・リーと各地の統治者たちの連判状の密書を抱え、旅を続けることになった。


「神聖騎士団は、パルタの都に滞在し続けていることにしていただきたい」


 リーフェンシュタールの旅に、エルフェン帝国の宰相エリザが同行してもらえると弟子のリーフェンシュタールから報告を受けた翌日、聖騎士ミレイユと参謀官マルティナの元へ訪れ、学者モンテサンドは二人を説得した。


 ランベール王の側近であるゴーディエ男爵は、モンテサンドの弟子の策略家であることを明かし、その上でおそらくもう一人の側近である法務官レギーネの策略が、神聖騎士団の視察には隠されていると学者モンテサンドは、参謀官マルティナに説明した。


「我が弟子のゴーディエ男爵であれば、ゼルキス王国の大使であるミレイユ様や神聖騎士団の隊長たちを王都トルネリカに止めておき宮廷議会の官邸議員たちを黙らせるために利用したでしょう」


 王が不在である王都トルネリカ宮廷議会の議員の誰かが、ゼルキス王国へ密かにターレン王国を合併する提案を、王の承認なしに進めることは、通常ではあり得ない手順のため、王の権威をないがしろにしたと疑われて罰せられる行為なのである。

 しかし、宮廷議会の議員が処罰されたという情報がパルタの都へ伝わっていない状況から、王の側近たちも、宮廷議会の議員の誰が陰でこそこそと動いていたのかをつかめていないとわかる。

 王が行方不明という情報を王都トルネリカから来た旅人から、仲間の女主人イザベラが聞き出したことを、学者モンテサンドは明かした。

 その旅人は踊り子アルバータなのだが、学者モンテサンドは旅人の名前までは明かさなかった。


「王が行方不明という情報を、私は偽情報だと考えていました。しかし、ゼルキス王国を訪問したエルフェン帝国宰相エリザ様が、ゼルキス王国の国主レアンドロ王から、ターレン王国から合併の提案がある情報を聞いておられ、また貴女たちが大使と視察団として、このパルタの都に来られておられる事実からわかるのは、王が本当に不在であるために、現在の宮廷議会の統制は乱れているということです」


 ランベール王が不在という偽情報をあえて広めることで、どんな動きを配下の者たちがするのかを試していると、モンテサンドは、ゴーディエ男爵の仕掛けた虚報の計と考えていたのである。


「モンテサンド殿、その酒場で噂を語った旅人が、密偵である可能性は?」

「そうだとすると、エリザ様や貴女たちまで、王都トルネリカからの密偵であると疑わなければなりません」


 あえて宮廷議会の議員や官僚の売国奴ばいこくど牽制けんせいせずに、ゼルキス王国の大使と視察団を王都トルネリカから離れさせる。


 モンテサンドは、ランベール王廃位の計画を意識しすぎていた。

 しかし、自分を犠牲にする考えを改めた時、法務官レギーネの策略に気づいたのである。


「貴女たちのうち誰か一人でも、王都トルネリカ以外で命を落とすことがあれば、ゼルキス王国との関係を維持するという名目めいもくで、統治している伯爵から領土を剥奪して、容疑者として捕らえる口実ができる。その騒ぎで今回の合併案の延期をゼルキス王国に申し出ることもできる」


 法務官レギーネが仕掛けた計略に対する学者モンテサンドの予想は、見事に的中していた。


「そこで、パルタの都に神聖騎士団が動かずに滞在していたら、その計略は破綻はたんします。実際に貴女たちが、パルタの都に滞在している必要はありません。もしも、滞在していれば、刺客を送り込み危害を加えたあと、わざと捕らえて、にせの自供をさせることができる。

しかし、リーフェンシュタールやエリザ様と同行してパルタの都から姿を消していれば、まず手を出すことはできません」


 貴公子リーフェンシュタールには馬術や剣技の心得があり、さらに獣人娘アルテリスがバイコーンに騎乗して同行している。

 もし迂闊うかつに襲撃しようと考える者がいても、かなり躊躇ちゅうちょするでしょうと学者モンテサンドは笑った。


 学者モンテサンドはパルタの都へ神聖騎士団が到着していることを、王都トルネリカに使者を送り報告していない。

 それは、ブラウエル伯爵とヨハンネスがバルタの都に滞在していること、また後日に到着した密入国者のエリザも滞在していることを隠しておくためであった。


「さらにマジャール殿が貴女たちが訪れたのを利用して、政務を私に任せ、市街地で休暇を取り、婚約者探しをなさっておられる。そのために、王都トルネリカへ貴女たちが到着した報告の使者を、まだ送っておりません。

 先日、婚約者の候補の令嬢選びを行いましてな。無事に御成婚となれば、先にその報告の使者を王都トルネリカへ送るつもりです」


 聖騎士ミレイユは、サンドワーム討伐の時に、大神官シン・リーが法術【酸性雨アシッドレイン】で、サンドワームの巨体の動きを鈍らせたのを見ている。

 襲撃者たちは、跡形もなく溶かされてしまうだろう。


「そうなると、王都トルネリカからの密偵が来たり、私たちを探索する者がパルタの都へ来るのではありませんか?」

「来ていないと言い切れば、勝手に帰国したのかと誤解するかもしれません」


 モンテサンドは、パルタの都に神聖騎士団がいないという虚報の計を仕掛けることにした。

 必ず弟子のリーフェンシュタールは、テスティーノ伯爵とストラウク伯爵を説得して、バルタの都へ戻ると信じている。


「リーフェンシュタールと一緒にエリザ様を連れて、パルタの都にお戻り下さい。もしも、王都トルネリカから軍勢を派遣されて、パルタの都が陥落していたら、その時は、ミレイユ様、私やパルタの都の民たちの仇討あだうちのおつもりで、このパルタの都を占拠なさって下さいませ」

「わかった。必ずこのパルタの都へ神聖騎士団は戻ってくることを誓う。

 モンテサンド殿、もしパルタの都へ、敵の軍勢が攻め込むことがあれば、民を連れてブラウエル伯爵領やロンダール伯爵領へ落ち延びるのだぞ、よいな?」


 聖騎士ミレイユは、モンテサンドの手を握り、この知略の人の涙ぐむ目を真っ直ぐに見つめながら言った。


 籠城戦に持ち込み、神聖騎士団が戻って来るまで持ちこたえればよい。パルタの都ならば、三年でも余裕で戦える。

 このパルタの都は、ターレン王国の食糧庫と呼ばれているところである。



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