第254話

 ヴァンパイアロードの覚醒……ではなかった。


 なぜなら、全裸のランベール王が真っ赤な炎の色の光に包まれた直後から三秒ほどで、肩幅や顔つき、身長から全てが変化した。


 神聖教団の幹部、大神官アゼルローゼと神官長アデラは、その変化を見て鳥肌が立ち、青ざめて思わず一歩後ずさる。


 エルフェン帝国評議会の会議でこの幹部の二人は、金色こんじきの光に包まれた黒猫シン・リーが、武装した戦乙女に変化したのを見た。

 そして、光の浄化の矢で心臓を狙って射ぬかれたのであった。


 謎の美少女は、僧侶の法衣を要求してきた。

 ランベール王――教祖ヴァルハザードの転生者が、本当は女性だったのか?

 それとも、怪異なのか?


「おかわり!」


 回復ポーションで野菜を一緒に煮たスープのおかわりを、謎の美少女に要求された。

 アデラが黙ってスープをテーブルに置いた。

 回復ポーションで料理など、この二人は、今までしてみたことはなかった。

 回復ポーションを過剰摂取してしまっても、体に異常は起こらないのだろうか?

 そして煮込んだら、まず、味が甘すぎて、胸焼けを起こさないのだろうか?


 今は教団の宝物庫で貨幣をつまみ上げては、目を閉じて、また戻してという謎の行動を繰り返している。


「シン・リーの仲間かしら?」

「教団の宝物を奪いに来た呪術師にしては、私たちに対して警戒する様子がないのが、とても怖いです」


 大神官のアゼルローゼと神官長のアデラも宝物庫にいて、小声でひそひそ話し合っていた。


 目の前にいるのが邪神ナーガであるという想像は二人にはできない。まず、人の姿の神の化身がいると考える発想がない。

 だが、逆らったら何をされるかわからないような怖さがある。


 この二人は、相手がターレン国王だろうが、教祖様だろうが、自分たちよりも弱っちいくせに横柄な態度の無礼者を許しておくような温厚な性格ではない。


 本能が危険を知らせてくるような相手は、教祖ヴァルハザードと変身後のシン・リーだけだった。

 見た目が目鼻立ちが整ったまだ少しあどけなさも残る美少女なことが、さらに二人の恐怖をあおる。

 見た目の年齢でいえば、大神官アゼルローゼより少しだけ歳上といったところだろうか。


 邪神ナーガは、自分の支配領域ではないため、制限がかかっている。絶対無敵の強さではない。


 ゲームで何かアイテムを使って敵のボスキャラクターを弱体化させないとまともに戦えない。パーティーが一度あっさり全滅する。

 だから、アイテムを集めるために行動しなければならない動機づけができる定番の展開がある。


 本当の実力は底無しに感じるのに、見た目でまったくわからないのは不気味すぎる。


 これはエリザとまったく逆で、世界樹から出現して、保護者にエルフ族の女王エルネスティーヌがついていて、さらに他のエルフ族のセレスティーヌや賢者マキシミリアンなどの術師も彼女の身内のような関係性がある。

 それなのに、彼女からは二人にはただの人間にしか感じない。

 エルフェン帝国の宰相になったからといって、神聖教団よりも上のような態度は許せないと、抹殺しようとしたら、クフサールの都の大神官シン・リーが彼女を護ろうと攻撃してきた。

 権威ある神聖教団と敵対関係になろうと関係ないといわんばかりにシン・リーが攻撃してきた理由が、二人には理解できない。

 守らなければと他人につい思わせてしまう儚げな雰囲気が、エリザにはある。

 神聖教団の幹部の二人には、それがとてもあざといと感じる。


 人はエネルギーとして回収される意識の消失――本当の死への恐怖を本能的に持っている。

 邪神ナーガからは、見た目は美少女エステルの姿であっても、実力ある呪術者であるほど、その本能的な死の恐怖を呼び覚まされるのである。


 神聖教団は教祖ヴァルハザードが、豪族の墳墓を墓荒しをして祟られることに対抗するべく身を守る呪術を極めようとした呪術師の集団が元になっている。

 アゼルローゼやアデラは、邪神ナーガとは相性が悪い術者といえるだろう。


 邪神ナーガは、ダンジョンで死んだ者からは髪の毛一本、血の一滴すら残さず、蛇神の姿の魔獣のいる特殊な夢幻の領域へ渡らせてエネルギーとして回収してきた。


 ハイエルフ族がダンジョンを大陸各地に作り出したものであることは、賢者マキシミリアンの調査によって判明した。

 それまでは、いつ頃からあるのかわからない遺跡であって、そこから死者の遺体が消失するのは、ずっと忌まわしい祟りだという説が有力だった。


 邪神ナーガからすれば、地上に怪異が起きるまで時間がかかり、怪異で変化して育った魔獣が、増えていく他の生物を虐殺するのに任せるよりも、ダンジョンに勝手に侵入してきて、ほいほいと丸ごとくたばった人間を回収するほうが効率がいい。


 神聖教団がダンジョン探索を推進して、冒険者ギルドまで設立から運営まで資金援助し続けたので回収率は上がった。

 貨幣やドロップアイテムにこれほど人間が夢中になる理由が始めはわからなかった。

 狩猟や採取で暮らしていた時代に、人間は獲物や果実なとが見つかるかなと、わくわくできた者しか生き残れなかった。

 それが本能のデフォルトとして残っている。食糧となるものを見つけた時や見つけて持ち帰り安心したより、見つかるかなと想像している時のほうが、わくわくするようにできている。


 ハイエルフ族はそれにつけ込んで、蛇神ナーガに対して生贄の人間が定期的に捧げられる仕掛けを作った。

 完全に侵入者を虐殺するのでは死の恐怖が、わくわくする気分を上回ってしまうので、回収率が落ちてしまう。

 あとご褒美で貨幣やドロップアイテムを大盤振る舞いして、いらっしゃいませをすると、あとで出現率を減らした途端に人が集まらなくなる。

 人間は噂話をするのが大好きなので、悪い評判ほど早く伝わり、やっかいなことに、悪い評判のほうは、なかなか忘れてくれない。

 たくさんのダンジョンが廃れていって、豪族の墳墓として再利用されたというわけである。


 賢者マキシミリアンと、ハイエルフ族の聖遺物のミミック娘が、ダンジョンできたてのブームの頃に比べれば、かなりちまちまと回収しができていないのに、ハイエルフたちが夢幻の領域の研究から自動生成される魔獣もどきの出現を止めてしまった。


 これでは、ダンジョンにわくわくして、人間がさらに来なくなってしまう。

 ちょっと危険で、他人はダメだったけど、自分はうまくいったぞっていう優越感もなくなる。


 邪神ナーガは、もう女神ラーナの世界にばらまいた貨幣から情報収集よりも便利な方法を見つけたら、貨幣を回収してしまおうかなと考えている。


 たとえば魔石にハイエルフ族の記憶の石板の欠片の機能をつけるとか。

 いやいや、魔石より硬貨のほうがコストパフォーマンスを考えたらお得か……そんなふうに悩みながら、情報収集を終えた貨幣を、ほかのまだ覗いていない貨幣と混ざらないように壁ぎわにぽいっと投げると、石壁に当たったり床石に落ちると、とても澄んだ音がするのが、ちょっと楽しくなってきたところである。

 



 

 

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