第227話
赤錆びの銀貨の噂は、素人娼婦たちの間で広まっていた。
噂は素人娼婦たちから、恋愛ごっこをしているお客の男性へ伝えられていく。
赤錆びの銀貨を使用していて、寝ている間は
裏通りには素人娼婦たちや、一夜限りのお相手を求める愚かな男性客はすっかり見かけなくなっている。
赤錆びの銀貨を使用すると、自分の快適さや満足感を優先して考えるようになる。
報酬をもらうために相手と恋愛ごっこをすることが、そんな安い報酬では割に合わないと感じるようになっていく。
赤錆びの銀貨を二枚手に入れた女性は、高値で売りつけるために客の男性に使わせてみた。
「これはすごい。いいだろう、君の希望の金額で買わせてもらう」
翌日、赤い銀貨を金貨300枚で買い取った男性は、レルンブラエの街の住人ではない。
王都トルネリカからバーデルの都へ奴隷を買いに来た奴隷商人なのだった。
その女性は先日、エリザの占い屋にはまったく興味を持たず通り過ぎている。
奴隷商人は羽振りが良い。
バーデルの都の奴隷市場が震災後に再開している。
これはフェルベーク伯爵領からの資金の融資があり、さらに執政官ギレスの憲兵隊が言いがかりをつけて捕らえた人を罪人として酷使したことで、急ぎで奴隷市場だけを使えるように建て直したからである。
赤錆びの銀貨がバーデルの都に持ち込まれ、また、フェルベーク伯爵領を通過して、奴隷商人は王都トルネリカを目指して進んでいくので、パルタの都に立ち寄ることになるだろう。
奴隷にされる人の出荷元は、現在はフェルベーク伯爵領のみとなっている。利益の独占のために、バーデルの都の補修工事費を融資したのである。
ロイドとリーフェンシュタールは裏通りの調査を行った。
その報告は、ロイドとリーフェンシュタールでは感じたものが異なっていた。
ロイドや衛兵たちは、素人娼婦たちをまったく見つけることができなかった。
裏通りに行けば一夜のお相手をしてくれる女性がいるという噂を聞いて、張り込みをしているのを知らずにやって来た男性が10人ほど私服の衛兵隊員に捕らえられたぐらいである。
実際に密会の現場である宿屋の一室に踏み込んで捕まえるつもりだったのだが、ロイドの予想は外れた。
「ジャクリーヌ、今まで、素人娼婦が一人もいなくなったことなんてあったのか?」
「私もかなり取り締まりをして来ましたが、今までなかったことですわ」
「まさか、わざわざバーデルの都に行って、奴隷として身売りでもしちまったのかな?」
「どうなんでしょうね、しかし、地震でバーデルの都は大きな被害が出ていて、奴隷市場や賭博場は全壊、遊郭は焼け落ちたという噂は聞いておりますわ」
裏通りでリーフェンシュタールは感じていた違和感があった。
「
ロイドとジャクリーヌが、貴公子リーフェンシュタールの口にした聞き慣れない言葉に顔を見合せた。
リーフェンシュタールは、もう一つの幻のレルンブラエの街を一瞬だけ幻視した。人の声のような幻聴、そして気配まで感じた。
昼間よりも深夜のほうがひどい状況だと感じたらしい。
ロイドがアルテリスを急いでブラウエル伯爵邸へ連れて来て、リーフェンシュタールはもう一度、自分が感知したことをアルテリスに語った。
「なるほどね、そういうことになってるんだな」
アルテリスだけがリーフェンシュタールの感知したことを聞いて納得したような声で言った。
「アルテリス、それはどういうことですの?」
アルテリスは、逆さ刻印の赤錆び銀貨を使っている人たちが、リーフェンシュタールの感じた幻のレルンブラエの街があって、生き霊になってさまよっているんじゃないかとジャクリーヌに話した。
ストラウク伯爵の書庫には、不思議な昔話がたくさん書き残されていて、病気で寝込んだりしている人や熱烈に恋をして寝込んだ人が、心だけで会いたい人のところに訪ねてきた話をアルテリスは酒を酌み交わしながら、ストラウク伯爵から聞いたことがあった。
「そりゃあ、便利だね、スト様」
「とんでもない。心だけが体から抜け出しているから、体の調子が悪くなって寝込んだのだろうさ。それに、心と体がちゃんと一緒になっていないと、
シン・リーは、エリザの占い屋の家だけを幻のレルンブラエの街から切り離し、破壊していた。
AR(Augmented Reality)
仮想空間の情報やコンテンツを現実世界に重ね合わせて表示することなどにより、現実を拡張する技術や仕組みを指す。 日本語では拡張現実と呼ばれている。
聖戦シャングリ・ラでも、この仕組みを組み込んで制作が企画されていた。
アルテリスには、そうした知識はない。
またエリザも聖戦シャングリ・ラの配信終了後についての情報、あとゲーム開発の流行について、まったく知識不足である。
逆さ刻印の赤錆び銀貨を所持しているのを隠している人たちが、素人娼婦として商売のために集まった時期がある。
その人たちが夢として想像できた世界は、レルンブラエの街や伯爵領の故郷の村だった。
だから、夢の中に現れる場所は自分たちが身近な場所だ。
夢の中だけ願望を実現できる呪物のおまじないを試した人たちの願いは、本当の世界でも自分だけが快適に、自由に、他人を幸せにしたいとは願う気持ちの余裕がない人たちだった。
リーフェンシュタールは、体から抜け出した心が、本人たちは眠って夢をみているのだが、実際のレルンブラエの街に重ね合わせられている幻のレルンブラエの街で幽霊たちが何をしているのかを感知して、とても気分が悪くなってしまった。
逆さ刻印の銀貨を使っている人たちは、幻のレルンブラエの街のほうが本当のようにも思えて、起きている時の街を歩いていても、手でふれたり、匂いをかいだり、そういう実感をともなう感覚が鈍くなっていく。
シン・リーがエリザのいる家だけ、幻のレルンブラエの街から爪とぎで削除してしまったので、赤い錆び銀貨を持ち歩く人は、興味を持つこともできなかった。
まだ、エリザの占い屋の家を見つけられる人は感覚が鈍っていないといえる。
「こっちは庭にクロがいるから、幽霊たちはびびって近づけないからね、勝手に覗かれたりはしないけど」
「気持ち悪いですわね。アルテリス、もう今すぐにでも、そんな知らない人たちがうろうろできないようにして下さい!」
「んー、それが、ちょっと難しいんだよねぇ」
アルテリスはストラウク伯爵が生き霊の話をした時に言っていたことを、それらしくストラウク伯爵の口調を真似てジャクリーヌに言ってみた。
「想像しているから、人は心配したり不安にもなるし、期待して胸をおどらせることもある。
果物の採取も、どの木に実ができて育っているか探すから楽しい。釣りも魚がどうやって餌と針に食いついて、いつ竿を上げるかは想像して、思った通りかかった時にやったと思うだろう。
想像したことが世界と一致しているのを確認するのが、人は大好きなのだよ」
想像された幻のレルンブラエの街と本当のレルンブラエの街。
それはもともとは一つになっているもの。
それをただ壊して消してしまうと、赤い錆び銀貨を使った人にとって、レルンブラエの街は想像できない知らない怖いところになってしまう。
「言いたいことはわかりましたが夢でも、夜中にこの邸宅を覗かれるのは嫌です。しかし、お仕事があってここを離れるわけにも。何か方法はないのですか?」
「とりあえず、リーフェンシュタールに、ホーと見張りをしてもらえばいいんじゃないかなぁ」
リーフェンシュタールと白い梟のホーは、ジャクリーヌのために伯爵邸の周囲の警備を夜中にすることになった。
「あー、リーフェンシュタール、新月の真っ暗な夜までだから、まあ、がんばってくれたまえ!」
アルテリスはそう言ってニッと野性的な笑みを浮かべた。
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