第61話待ち合わせていない待ち合わせ

「……まだかなぁ」


 ダグラッドという魔族が僕たち……というかローナとミューの元にやってきてから二週間近くが経過したある日。僕たちは今日も森に行って修行して肉を狩って、といういつも通りの行動をしていた。

 今は森から帰る途中の少し奥まったところにある路地を歩いているところなんだけど、なかなか思い通りにはなってくれないようで少し困っている。


「? どうしたんだディアス。なんか待ってんのか?」

「こんなところでか? 何を待つってんだよ」


 僕の呟きが聞こえたようで、ロイドとマリーが不思議そうにこっちを見てきた。まあ二人には話してないしね。僕がなにを待ってるのかなんて。


「んー、待ってるのはその通りなんだけどね? 今日って決めて待ち合わせをしてるわけじゃないから、いつ来るかわからないんだよね」


 まず間違いなくやって来る。とは思っているけど、具体的にそれがいつと言われるとわからない。向こうの都合もあるだろうしね。

 でも、来ないってことはあり得ないはずだ。


「なんだそれ。相手は誰だ? 俺たちの知ってるやつなのか?」

「知ってるし、知らないかな。僕も正確には知らないと思うよ?」


 ロイドも、まあ一応知ってるって言ってもいいかもしれないけど、だからって知人ってわけでもない。

 僕だっておんなじで、知ってるのは相手の立場と目的、それから名前くらいなものかな。


「意味わかんねえ。知らない奴と待ち合わせしてんのかよ」

「うん。まあ正確には待ち合わせっていうか……予告?」


 約束っていうよりは、そう言った方が正しいよね。


「予告?」

「それって、こっちに来る、って言われたってことか? でもあたしもだけど、ディアスに街の外の知り合いなんていたのか?」

「いないよ。なんだったらこの街でも知り合いなんて数えるほどだね」


 この街の、貧民街に住んでいた頃のご近所さんと、同年代の子ども達。それから、こっちに引っ越してからのご近所さんと、後は買い出しに行く時のお店の人くらい? いずれにしても街の中の人だし、わざわざ予告なんてしてまでやって来るような仲じゃない。


「じゃあ誰なんだよ。その待ち合わせの相手って」

「ロイドもマリーも、知ってると思うよ。っていうか、よく考えればわかると思うよ」

「よく考えればって、普通に教えてくれよ」

「ロイドもたまにはちゃんとものを考えるってことしようね。バカだけど頭が悪いわけじゃないんだからさ」


 頭を使おうとしないだけで、考えること自体はできるんだから考えないと。戦いって意外と頭使うよ。……まあ、ロイドの場合センスだけでなんとかなりそうな気もするけど。


「考えんのって苦手なんだよ——んあ? 今バカっつわなかったか?」

「そう? 気のせいじゃない?」

「そんなんで誤魔化されるわけねえだろ! ぜってー言ったって!」

「言った言わないはともかくさ、考えなしでいるとローナと同類になるよ」

「うげっ。あいつと同類とか、やなこと言うなよ……」

「でも、考えないで直感で動いてると、そういう扱いされても仕方ないと思わない?」

「まあ……」


 ここまでいうとロイドもまずいと感じたのか、不満そうにしながらも考え込む様子を見せた。

 ローナが聞いたら憤慨すると思うけど、聞いてないしいいでしょ。


「もしかしてだけどさ」


 なんてロイドと話をしていると、マリーが口を開いた。


「ん?」

「ディアスが言ってるのって、この間の魔族のことか?」

「はあ?」

「お、正解だよ。そうそう。そいつのことを待ってるんだ」


 よくわかったね。まあヒント自体はあったから考えればわかることだったし、マリーなら当然かな。

 マリーって、ロイドとつるんでるし、ロイドみたいに無茶やらかすこともあるけど、考えてないわけじゃないんだよね。ちゃんと考えた上で無茶してる。


「この間のって……あーっと、ディアスがミュー達のことを家族だって宣言した時のやつか?」

「そうだけど、そうじゃないからその話はもう忘れてよ」


 あの時の発言に嘘はないけど、人から言われると結構恥ずかしいんだから。


 けどまあ、気を取り直して話を進めようか。


「んん……で、あの時あいつ、諦めないから覚えてろよ、みたいな発言してたでしょ? ってことは、ミュー達を取り戻すためにまだ動いてるってわけで、そのために一番の障害が僕ってこと。暴力も辞さないつもりだって言ってたし、僕を殺しちゃうのが一番手っ取り早い方法だよね。契約主がいなければ、ミューを縛ってる契約も無くなるわけだし」


 実際そういったことを示唆する発言をしていた。魔族でのミューとローナの立ち位置はなかなかのもののようだし、簡単に諦めることはないだろうね。


「おい。まさかそれって……」

「そろそろ一回くらい襲撃があってもおかしくない頃合いかな、って」


 むしろ、二週間経っても襲ってこないことの方が驚きだ。予想では三日から一週間程度で襲って来ると思ったんだけど……兵士を気にしてるのかな? 魔族だし、下手に騒ぎを起こせば面倒なことになるのは決まりきってるもんね。


「やばいじゃねえか! 何のんびりしてんだよ!」


 ロイドは僕の肩を掴んで声を荒らげている。マリーもどこか落ち着かない雰囲気だ。

 でも、二人は少し勘違いをしている。勘違いというよりも、うーん。認識の齟齬?

 僕がそばにいるってことがどれだけ安全なことなのかを理解してないのかな。

 仮に、僕がいなかったとしても、今の二人ならそこら辺のごろつき程度ならなんの問題もなく倒すことができるっていうのに。


「逆に聞くけど、なんでそんなに慌ててるの? 今のロイドとマリーは相当に強くなってるはずだよ。少なくとも、この辺りのごろつきが相手だったら、余裕で叩き潰すことができるくらいには。だってよく考えてみなよ。前に二人が戦った魔族三人組と戦っても、今の二人なら三対一で勝てるくらいに強くしたんだよ? それなのに、戦闘を生業としてるわけでもないただの人間に負けると思ってるの? だとしたら、次からの修行は本当に死ぬギリギリまで追い込んでやるしかないんだけど?」


 僕がそう言うと、二人とも目を見開いて焦ったように答えた。


「い、いやっ! いける! 俺たちなら勝てるって! なあ?」

「そ、そうだな! あたしらに勝てない相手なんてこの街にはいねえって!」

「二人が元気になってくれてよかったよ」


 でも、こんなに自信がないのは僕やローナという格上ばかりを相手にしてるからかな?

 一応魔物を倒させてはいるけど、それだってドラゴンのような強敵じゃなくて、ほとんど動物に近いような弱いものばかりだし、自分の力っていうのを正確に把握できていないのかもしれない。


「……でも、ごろつきだけが来るって決まったわけじゃねえだろ? 魔族本人が出てきたらどうすんだ?」

「その時は僕が相手してもいいけど、多分ないかな。あの手の輩って、賢しらに策を練って裏で動くのが好きだし、最初はまず自分じゃなくって手下、あるいはそこらへんで雇った傭兵かなんかを使って僕たちを処理しようとするはずだよ」


 それなら、最悪騒ぎになったとしても魔族がやったとして問題になることはないからね。どこまでいっても人間同士の問題だ。魔族に指示されて、なんて言い訳しても、それだけで魔族全員を罰することなんてできないし。


「手下か傭兵、か……」

「でも、傭兵を雇うにはそれなりにお金がかかるから、選ばないと思うんだよね。そんなにお金がないって言ってたし、境界が閉じてる以上は自分たちの本拠地から持ってくることはできないんだから、まるっきり嘘じゃないと思う。そうなると、少しでも費用を減らすために、ごろつきを雇って襲わせてくると思うんだよね。たかが子供三人くらいなら。ごろつき十人も雇えば十分だろうし」

「普通の子供ならだろ、それって」

「そうだね。でも、向こうは僕たちが普通じゃないってことを知らない。だから最初の一回くらいは——」


 普通のごろつき達が来るんじゃないかな?

 そう言おうとしたところで、僕の言葉を遮りながら割り込んできた存在が現れた。


「てめえがディアスってーガキか?」

「ほら、訓練相手がやってきたよ?」


 予想通りごろつきしかいないみたいだし、せっかくだから二人に自信をつけてもらおうかな。

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