第16話唐突な休み

「なあ、明日はどうすんだ?」

「肉を獲りに行くんだったら、あたしらにやらせてくれないか? そろそろあたしとロイドも一人だけでできると思うんだよな」


 いつものように森に山菜と薪を取りにいって、ついでに身体強化の訓練をしてきた帰り道、ロイドとマリーがそう尋ねてきた。

 前回肉を狩った日から考えると、そろそろまた肉を持って帰っても良い頃合いだからおかしなことを言っているわけでもないのだけど、僕から言い出すのを待たずに自分達から言うなんてそれほど待ちきれなかったのかな。


 まあでも、そうか。覚えたばっかりの力とか技って、実際に実戦で試したくなるものだよね。


「んー、まあ確かに、いつものマリゴルンが相手だったら二人だけでもできるかな?」

「だろ!?」

「なあ、俺たちだけで戦ってもいいのか!?」


 でもなぁ。二人がそれぞれ一体ずつってなると持って帰る肉の量がね……ちょっと多すぎる気がするんだよ。っていうか、絶対に多い。流石に殺しておいて持って帰らないで捨てるってのはやりたくないし、持って帰るしかないんだけど、多いとそれはそれで捨てる羽目になる。他所に分けるにしても、前から考えてるように問題になりかねない。


 そもそも、二人で倒せるかな? いや、これまでの訓練通りの能力を発揮した上でちゃんと作戦通りにやることができれば、最初の頃のように仕留め損なって二人で協力して倒す、なんてことにはならないと思うけど……もし途中で何か予想外のことが起これば、二人だけじゃまずいことになるだろう。何せ、身体能力を強化できるようになったって言っても、元が子供なんだから強化したとしても限界がある。


「……今、二人って肉体強化の状況はどんな感じだっけ?」

「あーっと、二秒で三倍くらいだな」

「あたしもそれくらいだ。四倍にするのは……十秒くらいかかるかな?」

「それにあれだ! 一分くらい時間をかければ五倍だっていけるんだぞ!」

「でもそれ、一瞬しか持たないじゃんか」


 実際に〝戦い〟となれば二秒もかかってたら問題だけど、明日のは所詮〝狩り〟だ。

 身体能力を三倍にまで上げたとしても、所詮は子供の三倍だ。普通の子供達と比べれば圧倒的に強いけど、それでも大人と同程度……あるいはそれよりも強い力を出すしかできない。


「まあ、マリゴルン相手だったら二倍もあれば十分だけど……いいよ。明日の狩りは2人に任せよっか」


 でも、大人と同程度だとしても、それだけの能力があればマリゴルンくらいなら十分だ。普通の大人だって、僕達と同じように戦えば余裕で狩ることができる相手だし。

 これまで訓練してきた二人なら、大人と同程度の力を出すことができれば十分に余裕を持って狩ることができるだろう。


「よっしゃああ!」

「いやったああ!」

「ただし、無茶はしないでね。いつも俺がやってるようにやるだけでいいから。引き寄せて、狩る。それだけだよ。それから、危ないと思ったらすぐに止めるし、もし止められるようなことがあれば、次から訓練を厳しくするから」


 それに、二人が万が一失敗したとしても、僕が一緒に行くんだからその時は助けてあげればいい。


「はあ!? これ以上厳しいのとかあるのかよ!」

「大丈夫だって! 俺らがそんなヘマするわけないだろ!」


 どうかな? 二人は初めて単独で獲物を倒すわけだし、思いだけが先行しすぎて失敗、なんてこともあり得るかもしれない。

 なのでまあ、その時はそんな失敗をしないように、常に平静な心で行動できるように修行をつけてあげなくちゃね。


 そう考え、明日のことやこれまでの修行について話しながら帰ったんだけど……


「母さん?」

「うん……あ。ごめ……ゴホゴホッ……ごめんなさい、ディアス。今日は少し、ご飯の用意が遅くなっちゃうわ」


 翌朝、いつもと同じくらいの時間に起きたんだけど、隣では母さんが体調悪そうに咳き込んでいた。

 昨日帰ってきた時点ではそれほど悪そうには見えなかったんだけど……一晩でこんなに悪くなったのか? いや、もしかして僕に心配かけまいと隠していた?


「ご飯って……そんなことより大丈夫なの? 辛いなら寝ててよ。ご飯くらい俺が用意するからさ」

「でも……」

「大丈夫だよ。パンはまだ残ってるし、野草なんかもまだ使える。なんだったら、一食くらい抜いても大丈夫だよ」

「でも、悪いわ。私は、ただでさえディアスにお母さんらしいことしてあげられてないのに……」

「そんなことないって。俺がここまで育つことができたのは、母さんのおかげだよ」


 そう言いながら、僕は今の状態の母さんでも食べられるような柔らかそうな朝食を作り出す。


 どんな事情があるのかは知らないけど、元お嬢様がこんな環境で、女手一つで子供を育ててくるのは大変だっただろう。それでも母さんはこれまで、こんな大変な環境の中でも僕を捨てることなく育ててくれた。


 こんなことを本人に直接言うのは恥ずかしいから今まで言ってこなかったし、できることならこれからも言いたくはない言葉だけど、この言葉に嘘はない。

 生まれ変わった〝私〟としても、元々の〝僕〟としても、本当に感謝してるんだ。


「ありがとう、ディアス。でも、私が家を出てこなければ、こんなに苦労をかけさせることもなかったはずだから、せめて母親としての役割くらいは……」


 母さんは僕がこんな環境で暮らしていることに罪悪感があるようで、自分が悪いんだ、もっと頑張らなくちゃ、なんて思ってるのかもしれないけど、僕としてはこの環境は嫌いではない。

 もちろん不満はないわけじゃないし、実際に母さんが実家にいればもっと良い暮らしができていたんだろう。

 でも、それはこの街じゃない。


 僕はこの街で生まれ変わることができて、良かったと思ってる。だって、こんな現状を見てしまったから、一度は捨てたはずの剣をもう一度振るおうと思えたんだから。


 それに、そもそも母さんが家を飛び出していなければ、きっと僕の父親とは違う男と結婚していただろう。その結果生まれてくる子供は、母さんの子供であったとしても、僕ではない。


「あー、じゃあちょっとだけ火を見ててもらえる? すぐに帰ってくるけど、ロイド達と森に行く約束をしてたから今日は行けないって伝えてこなくちゃ」

「ええ、わかったわ」

「それから、母さんが父さんと出会わなければ俺は生まれてこなかったんだ。だから、母さんがここに来たのは間違いなんかじゃないよ」


 やっぱり、こうやって自分の思いを言葉にするのって、すっごい恥ずかしい。

 多分だけど、今の僕の顔は赤くなってるんじゃないかな。鏡がないから自分で見ることはできないし、あったとしても絶対に見ないけどさ。


「火を見ておいてって言ったけど、あんまり無茶はしないでね」


 料理をさせるのはきついかもしれないけど、火の番くらいなら大丈夫でしょ。ロイド達のところにって言っても、走れば往復で十分くらいだし。弱めにしておけばそれくらい大丈夫なはず。


 それだけ言い残して逃げ出すように家を出ていき、ロイド達と待ち合わせをしている場所へと駆け抜けていく。


「ってわけで、悪いんだけど今日は休みってことにしてもらえる?」

「マジかよ! かあ〜〜! もう狩りの気分だったのによー!」

「バカっ! 仕方ないだろ。ディアスの母ちゃんのことなんだから」

「あ、いや、まあ別におばさんが悪いって言ってるわけじゃねえし……」


 マリーに叩かれながら注意されたことでロイドは自分が失言をしたって気づいたみたいだけど、悪意があっての言葉じゃないってのはわかってるしその程度で怒ったりはしないよ。


「わかってるよ。まあ母さんはあんまり体が強い方じゃないからね。むしろ、今まで順調に行ってたのが奇跡みたいなもんだったんだよ」

「まあ、今日はダメでも一週間もすれば平気になるだろ?」

「流石にね。それだけあれば単なる風邪くらい治るはずだよ」


 むしろそれで治らなかったら問題だ。その時は、後のことなんて考えずに獲物を狩まくって金を稼いで医者に連れてくつもりだ。


「それじゃあ、今日は薪拾いでもしながら強化の練習しておいてよ。目標は一秒で三倍だから」


 無理だと思うけど、まあ目標があるのは良いことだよね。


「はあ!? 一秒って!」

「そんなん無理だろ!」

「大丈夫。僕はできるから!」


 なんだったら瞬きの間に十倍くらいは余裕でできる。それくらいできるようになったら、ロイド達も心配なく狩りに送り出すことができるんだけどね。


「お前と比べんじゃねえよ!」


 そんなロイドの叫びを最後に、二人に背を向けて再び家へと戻っていった。


「……まあ、家のことが終わったら、あとで少し様子を見に行ってみるかな」


 母さんにご飯を作って寝かせればあとはやることもないし、ちょっとだけでも二人の修行に付き合うくらいはできるかな。

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