約束やぶり

 プリシラの腕の中にいたタップが、前脚でプリシラの腕をちょいちょいつつく。


『おい、いいのかよプリシラ。マージとの約束だったろ?俺たちが運ぶのは荷物だけ。人間は運んじゃいけないって。仕事初日で違反するなんて、クビになってもしらねぇぞ?』

「わかっているわ、タップ。だけど、どうしてもおばあさんにお孫さんの結婚式を見せてあげたいの」

『それって、プリシラの自己満足じゃないのか?』


 腕の中のタップがぼやくように言う。タップの言っている事は正しい。これはプリシラのわがままだ。もしプリシラがおばあさんも一緒に運んだ事が、社長のマージに露見すれば、契約違反で解雇されるかもしれない。


 親切にしてくれたマージとトビーを裏切る事は心苦しいが、プリシラはどうしてもおばあさんを一緒に連れて行きたかった。何故ならプリシラは確信していたからだ。タップは尊い風魔法の霊獣だ。プリシラだけではなく、もっとたくさんの人を運べるという事を。


 プリシラはためらう老婆をうながして、持ち運べる大切な物だけを持ってきてくれと言った。老婆は宝石箱の中から、アンティークなブローチを持って来た。きっと思い出の品なのだろう。


 プリシラは杖をついた老婆を慎重に抱き上げ、大きくなったタップに乗せ、後ろに自分も乗り込む。ポシェットから縄を取り出して、自分と老婆を結んだ。万が一老婆が振り落とされないためだ。


 プリシラは準備ができたとタップに合図すると、タップはうなずいて空を駆け上がった。プリシラを乗せている時とはうって変わって、ゆっくりとしている。タップが老婆を乗せている事に細心の注意をしている事が感じられる。


 タップの慎重さは、上空を飛んでいる時も変わらなかった。タップは老婆が空の上の強風に当たらないよう、ゆっくりと飛んでいる。


 老婆はこわばった身体で健気に耐えている。プリシラは小柄な老婆を抱きしめながら、考えた。


 依頼書に書かれていた日にちは今日だ。何故なら明日孫娘の結婚式がとり行われるからだ。


 プリシラとタップだけならば今日中に城下町にたどり着くのはたやすい。だが老婆が一緒にいる以上無理はできない。


 プリシラは腕に抱く老婆の状態を案じながら、目の前の空を見つめた。


 辺りは夕闇に包まれ、老婆の疲労にも限界が見て取れた。プリシラは地上に降りてほしいとタップにお願いした。

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