勘違い野郎には恋しない

空音 隼

第1話 リア充グループの端っこ

 新学期、生徒たちはクラス替えに一喜一憂する。


 友達と同じクラスになっているか?

 好きな人が同じクラスか?

 イケメン、美少女が同じクラスにいるか?

 嫌いな人とは別のクラスになれたか?

 担任はアタリかハズレか?


 俺は、昇降口の入り口に張り出された名簿をスマホで撮影しながらそんなことを考える。

 その場で写真でみさき瑞希みずきの名前を探す。

 二年五組、出席番号二十八番か。

 同じクラスには、昨年同じクラスで友達になった学年一のイケメン、皆実みなみ魁輝かいきを含む三大イケメンに、四天王と書いてカラットと呼ばれている美少女が全員揃っている。

 担任は、二十六歳と若くて美人の人気教師である新島先生。

 名前を見て顔が思い浮ばない人が思っていた以上に多いが、今年も上手くやっていける気はする。


 昇降口が混む前にと早く来たからか、クラスにはほとんど人はいなかった。

 一応写真に撮った教室の出入り口に張られた座席表を見て、自分の席に着く。

 荷物を下ろして一息ついていると、既に教室にいた一人の女子が近づいてくる。

 肩には届かない銀色の髪を持つ美少女は、俺の前の席の椅子を引いてそのまま俺の正面に座り、背もたれの上で両手で頬杖をつく。


「おはよっ!今年は一緒のクラスだね。」


「おはよう。なんか嬉しそうだな。」


「うん。今年は去年より楽しくなりそうだから。」


「まあそうかもしれないけど、俺はすごく大変になりそうな気がするよ。」


「あ~、たしかに。なんかちょっと想像できる。」


「誰かさんに、課題写させてとか言われそうだし。」


「うわぁ~、そんなこという人がいるんだ。瑞希んの周りには。」


「とぼけるな。おまえだよ。お・ま・え!」


「へへへ。今年もよろしくお願いします。」


 頬杖をついたまま少しだけ頭を下げる美少女の名前は冴木さえき奈帆なほ

 ダイヤと呼ばれているカラットの一人だ。

 由来は、奈帆が銀髪だからだったか。


「自分でやらないと、勉強置いて行かれるぞ。」


「う~、それは困るなぁ。」


「まあ、勉強するなら少しは付き合ってやるよ。」


「ほんと?」


 少し上目遣いに弱弱しく訊いてくる。

 急に心臓の音が大きくなる。


「ぁ、おう。ちゃんと見てやるって。」


「ありがと!」


 顔と視線を左斜め下に向け、頬を少し赤く染めて小さい声でそう言った奈帆はめちゃくちゃかわいい。

 心臓の鼓動が一気に速くなる。

 友達で、普段は男同士のノリなところがあるから、急に女の子らしくなると破壊力が凄まじい。

 そのうえ美少女。

 奈帆って俺のこと好きなんじゃね?と思いそうになる。


「おはよう瑞希。」


 後ろからの爽やかな声に振り返ると、今年も俺の後ろの席の魁輝が教室内外から女子の視線を浴びながらこちらにやって来る。


「おはよう。今年もだな。」


「そうだね。また瑞希の後ろだ。」


 魁輝が席に着くタイミングで椅子に横向きに座りなおす。


「冴木さんもおはよう。」


「おはよ。」


 魁輝が来たのを皮切りに、新たなクラスメートたちで教室が賑やかになる。

 俺の周りには、奈帆、魁輝、残りのカラットのルビー、サファイヤ、エメラルドに残りの三大イケメン。

 そして、俺と同じリア充グループの端っこの女子、仙波せんば七菜なな


 カラットは、赤茶色の髪をツインテールにしているルビーことたちばな汐音しおね

 青色のミディアムヘアに髪と同じ色の瞳が特徴的な、サファイヤこと末永すえなが紗季さき

 エネラルドグリーン色の髪をポニーテールにしているエメラルドこと江藤えとう優芽ゆめ

 そして、三大イケメンの残り二人は、魁輝と友達で同じ中学出身の岸本きしもと悠臥ゆうがと悠臥と同じサッカー部に所属している吉岡よしおか拓海たくみ


 学年の顔面偏差値トップに君臨する三大イケメンとカラットが全員揃うのは初めてだからか、やはりクラスメートには注目されるし、教室のすぐ外の廊下は集まった男女で埋め尽くされ、登校してきた生徒が通れなくなっていた。


「瑞希さん、今年は一緒のクラスになれてとっても嬉しいです。一年間よろしくお願いします。」


 傍に立っている汐音が、顔を少し赤くして手を差し出してきた。

 白く小さな彼女の手を優しく握る。

 自分の骨張った手とは違い、謎の柔らかさがあり、すべすべしている。


「こちらこそ、よろしくね。」


 彼女は真面目な子だから、これが握手だということはわかっている。

 けど、イケメン三人にはしなくて俺にだけというのが、俺だけ特別思われているんじゃ?と思わせる。


「一緒のクラスだから、これでいつでも話せるね瑞くん!」


 俺の机の上に座っている紗季が俺を覗き込む。


「ああ、まあそうだな。クラス違うとなかなか話したりってできなかったもんな。」


 至近距離にある大きな水色の瞳に見つめられてつい目を逸らす。


「うんうん。」


 首を振る紗季から甘い匂いが漂ってくる。

 彼女は他の男子と比べて、俺にだけやけに距離感が近くて、そのせいでいつもドキッとさせられる。


「ねえ瑞希、明後日の放課後時間ある?」


「うん、たぶん。何もないよね?魁輝。」


「うん。僕たちは帰宅部だからね。」


「だそうだ。」


「なら、妹を紹介させてくれないかな。今年入学するから。」


「おー、おめでとう。そういうことなら了解。」


 優芽は俺の手を取り両手で包む。


「ありがとう!」


 自分だけに向けられた笑顔に、俺のこと好きなのかもとつい錯覚しそうになる。

 だけど、俺は勘違いはしない。

 こんな時はいつも、あの忌々しい記憶が俺を現実に引き戻してくれる。



♢♦♢♦♢



 中学一年の冬。

 いいなと思っていた、クラスの中で一番かわいい女子が授業中にちょくちょく俺の方を見ていることに気づいた。

 それで、俺はその子は自分のことが好きなのだと思った。

 仲が悪いわけではなかったし、俺はクラスの中心人物の一人だった。

 勉強は学年でも順位は一桁だったし、運動も得意だった。

 顔は、自分で言うのはあれだが、一般的にはイケメンの部類だとは思う。

 自分に自信はあったし、それなりにはモテている実感もあった。


 だから、俺は勘違いした。


 クラスで二人っきりになった時に確信があった俺はその子に尋ねた。


「もしかして、俺のこと好きだったりする?」


 その子は驚いた顔をした後答えた。


「どうして?」


「だって、授業中に俺のことチラチラ見てるでしょ?それに、授業以外でも俺の方見てたから。」


 俺の言葉を聞いたその子は、明らかにドン引きしていた。


「いや、別に私岬くんのことなんか見てないんだけど。」


「えっ、いやいや、見てたじゃん。」


「いや、私が見てたのは岬くんじゃなくて、小坂くんだから。」


「えっ?」


「というか、岬くん私に見られてると勝手に思い込んで、自分のこと好きだって勘違いするとか、正直気持ち悪いよ。そんなことで好かれてると思うような勘違い野郎のことなんか、好きになるわけないじゃん。」


 そのときの俺は事態を上手く呑み込めなかった。


 あとになって、よく考えた。

 俺は、全く根拠足り得ないことだけでクラスで一番かわいい女子が自分のことが好きなのだと思い込んだ、ただの阿呆な勘違い野郎だった。

 そして気づいた。

 たとえ、クラスの中心人物でリア充であったとしても、勘違い野郎に恋する女子はいないのだ。

 実際、俺が好かれていると勘違いした子が本当に好きだったのは、俺のいたリア充グループの端っこにいる男子だった。



♦♢♦♢♦



 俺は好かれているわけじゃない。

 ただ、優芽にとって恩人だからよくしてもらえているだけだ。


 奈帆、汐音、紗季、優芽の四人は、物語でいえばまさにヒロインだ。

 俺は一年で、そんな女子たちと仲良くなって、距離感が近くなった。

 けど、三大イケメンとカラットがいるこのリア充グループでは、俺は端っこだ。主人公じゃない。

 それでも、ワンチャンあるかも、なんて期待がないわけではない。

 でも、俺が知っているのは、リア充グループの端っこの人物がヒロインと恋できるということではなく、ヒロインは勘違い野郎には恋しないってことだ。


 俺は幸運なことに、俺よりイケメンな男と友達になれたことで、リア充グループでありながら中心人物にはならなかった。

 リア充グループの中心人物になってしまうと、俺はまた勘違い野郎になってしまうかもしれない。

 だから、俺はこの『リア充グループの端っこ』で、今度こそ勘違いすることなく恋をするのだ。

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勘違い野郎には恋しない 空音 隼 @hoshiduki-75

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