第36話 悪役アビロス、ゲーム主人公ブレイルとの学食

 学食で俺に声をかけてきた人物。

 ブレイル・ゴードン。このゲームの主人公である。


 試験に落ちたはずのブレイルがなぜ学食にいる?


 もしかして―――補欠合格でした「てへ」とかってオチか!

 形なんてどうでもいい、入ってしまえばこっちのもんだからな!


 おまえにはしっかりと学園に入って、主人公ムーブしてもらわないと困るんだよ。


「ブレイル? なぜ学食にいるんだ?」

「え? ああ、そうだよね。本来僕は学食に入れないんだけど、頑張って交渉したんだ!」


 交渉……?


 まさか裏金か!? いや……ブレイルは平民だし、そんなパイプはないはずだ。

 てういうか、主人公が裏金とかやめてくれ。


「ほら、学園の学食はメニューが色々充実しているでしょ。それになんといっても安いじゃない!」

「お、おう……」

「僕はお金があまり無いから……だから生活していくうえでもなんとしなきゃって、頑張って交渉したら、特別に許可してもらえたんだ」

「そうか。それは良かったな……」


 ぐっ……頑張りどころが違うぞ。学食じゃなくて、学園に入ってくれよ。


 とにかく、ブレイルが門番である事実に変更はないことがわかった。


 そうそううまくはいかないか……

 当の本人は、そんなことは関係ないかのように食事を楽しんでいる。


「うわぁ~~大勢で食べると美味しいね! アビロス君!」


 ブレイルはその持ち前の明るさと素直な性格により、速攻でアビロスチームのメンツに受け入れられていた。


 やはり、こいつは主人公としてのポテンシャルを持っている。

 クソ……なんで落ちたんだ……。


 このままじゃ気さくな門番さんで終わってしまうじゃないか。


 俺が一人で頭を抱えていると、袖をクイクイと引っ張るブレイル。


「なんだ?」

「ね、ねぇ、アビロス君。君の友達はみんなすっごく綺麗な人たちだね」

「ああ、たしかに美人ぞろいだが」

「僕はすっごい田舎の出だから。こんな華やかな人たちと話すのが初めてなんだ」


 ブレイルは平民だ。そこまで裕福な家の子ではないはず。

 だけど学園でたくさんの仲間を作り、メインイベントをクリアして貴族たちからも認めれるようになる。

 ここにいる聖女ステラや第三王女のマリーナは、ブレイルのメインパーティーメンバーだ。


 ん? ブレイルの手が止まっている。彼の視線の先には―――


「どうした? ブレイル?」

「あ、いや、その。聖女様ってはじめて見たから……」

「見たから?」

「すっごい綺麗だし、かわいいなぁ~~って……」


 こいつ、なに赤面してやがる。

 当たり前だ。ステラだぞ、学園でもナンバーワン美少女なんだよ。


 ブレイルの言葉に気付いたステラが俺たちの方を向いた。


「まあ、ありがとうございます。ブレイルさんも素敵ですよ」

「うわぁ~~アビロス君~~僕、聖女様に素敵って言われたよ」


 にこやかに笑顔を交わす2人。

 原作通りであれば本来のパートナーだからな、根本的に相性はいいのだろう。


 が――――――



 なんかイライラするぞ。



 ブレイル、調子にのるなよ―――それ、ただの社交辞令だからな!


 と心の中で叫んだ俺。


 当のブレイル本人は俺が黙ってしまったので、首を傾げている。


 そして今度はジッと俺を見つめ始めた。


「でも、僕はアビロス君が一番いいと思う……やっぱり君が一番かも」



 ――――――はい?



 何を言っている? 俺は悪役アビロスだぞ!


「これだけ綺麗な人たちの中でも、やっぱり君はひときわ輝いているよ」


 おいおいおいおいおい!

 変なフラグを立てるんじゃねぇ!


「これからもよろしくね。アビロス君」


 ステラの時より顔が真っ赤じゃねぇか! そんなボケはいらん!!


 これ新手の破滅フラグか?

 これから始まるかもしれないなにかに、寒気を感じるぞ。


 しかし、ブレイル自身もやはり好青年というか美少年だ。

 整った顔立ちに、黒髪が爽やかに揺れる。


 が、なんかな~~~



 ブレイル、おまえ――――――ちょっと小さくないか?



「なあ、ブレイル。ちゃんと食べているか?」


 俺は唐突に聞いてしまった。しかし気になる。顔はゲーム原作のキャラデザそのものだが、なんか全体的にちっこい気がするんだよな。


「うん! いっぱい食べているよ! みて」


 ブレイルが手元のでっかいボールを俺に見せてきた。


 緑やら黄色やら赤やら……色とりどりの葉っぱが―――


 って、野菜ばっかじゃねぇええか!


「僕、野菜大好きなんだ。故郷でも畑から育ててたからね。学食はいい野菜がいっぱいだから、毎日野菜食べてるよ」


 野菜が好きという事は否定しない。俺も嫌いではない。


 だが、あえて言おう―――



 肉をくえぇええええ! このやろう! 筋肉の元だぞ!



「ブレイル! 俺の焼肉定食をくえ!」

「え? でも僕、お肉はちょっと……あ! これってアビロス君が食べてたやつだから……」


 はじめ拒否っていたブレイルが、満面の笑みで肉を頬張り出した。


「うわぁ~~これがアビロス君の味なんだね!」


 なにか不穏なセリフを発しているが、まあよしとしよう。

 こいつには定期的に肉を食べさせないと。主人公として相応しい肉体になってもらうぞ。



 そろそろ昼飯タイムも終了かという時に、マリーナの元へ侍女らしき女性が駆けつけてきた。

 なんだ? 侍女の表情がかなり青ざめている。


 侍女の耳打ちにマリーナの顔が一瞬で険しくなる。



 なにかあったな、これは。



 俺は原作知識を総動員して脳みそをフル回転させた。

 学園初期でのイベント、マリーナ絡みのイベント……あ!


 あった! 


 第4王女エリスの誘拐事件だ。


 マリーナの妹が誘拐されるのを救出するイベント。これによって、マリーナとブレイルやステラの結束力が高まる。

 またしてもメインイベントか……


 もちろん王家も捜索に動いているが、当日は騎士団が大規模演習中で即時に大人数を動員できない、それに公にはできないので、対応が後手にまわっている。てな状況設定だったか。


 なによりも、マリーナ自身が第4王女を溺愛しているはずだから、じっと等していられない。


 さて―――


 このイベントには成功ルートもあれば、失敗ルートもある。

 ちなみに失敗ルートは第4王女は死んでしまう。その悲しみを乗り越えてマリーナが成長するという伏線になるルートだ。

 悪役アビロスの俺は、聞かないふりをしていればいいんだが。


 しかしな……


「マリーナ、俺の協力が必要か?」


 俺はわざと全員に聞こえるように言った。


 まわりは、「え?なんのこと?」みたいな顔だ。


「アビ、よく聞こえていたな?」

「ああ、俺は耳と勘がいいんだ」


 俺は適当に嘘をつく。そして、話の概要の確認を取ると、静かに頷いた。


「なら決まりだな、早速……」

「まて! ありがたいが、みんなを巻き込む訳にはいかない……これはわたし自身の問題なんだ」

「だが、1人でやれることは限られるぞ」

「しかし……」


 いつもはバンバン己の意見を主張しまくる戦闘狂のマリーナだが、その声にいつもの勢いがない。

 よほど、妹の第4王女が心配なのだろう。本当は力を貸して欲しいはずだ。


 さてと、どうするか……



『ああ? 俺様が力を貸してやるって言ってんだ! 素直に頷きやがれ! 王女も聖女も誘拐された王女も、全部俺様のものなんだよぉお!ゲヘヘヘ~~』



 でたよ、久々の悪役アビロスクソ発言。


「わかった……力を貸してくれ。すまない、アビ」


 おお! マジか! 結果オーライなことになった。

 悪役発言もたまには役に立つじゃないか。若干ステラからの無言の圧とジト目を感じるけどな。


「私も手伝いますよ。マリーナ様」

「マリーナさま、わたしも……なにか助けになれると思います」

「王女さま~~ウルも頑張るよ~~」


「み、みんな……ありがたい! 恩に着る!!」


 ハハッ、マリーナにいつもの声が戻って来たようだ。

 チーム全員の意思も固まった。


 なら目指すは成功ルートだ。

 妹の死を乗り越えて成長する? ゲームならばいいだろう。


 だがここは現実世界だ。

 死んだら二度と会えない。文字通りジ・エンドだ。



 ―――いかせるかよ。



 そんなクソルートにはいかせねぇよ。絶対に。





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