第22話 協力者?

「HI花? 違うけど?」


 一秒もかからず即答した。


 実はこの手の問いかけには慣れている。

 背格好が似ているとの理由で声を掛けられることもあるけど、すっとボケて否定する。一瞬でも口ごもると勘繰られるので即答するのが大事だ。


「えっ!? でも……」


「よく間違われるけど赤の他人です」


 ダメ押し。

 ここまで言えば多くの人間はそれ以上追究してこない。ふつうは。


「あ、もしかしてコミュニティセンターで隠し撮りしたの支倉さん?」


「へ? 違うよ、あたしじゃない、知らない人。近くだったからびっくりしてコミュニティセンターへ駆けつけたらもう誰もいなかったの、ほんとうだよ。もしその場にいたらとっくに声かけてる」


 理屈は通ってる。

 本当に心当たりがないようだ。


「そっか……疑ってごめん」


「ううん。でもなんで仁科くんコミュニティセンターのこと知ってるの? 隠し撮りって言ったけどM音のHi花様のアカウント見に行かないと分からないはずだよね」


 どきっ。

 地雷に手を触れてしまった。いやまだだ、落ち着け。


「じ、じつは俺もHi花様のファンで、最新曲があがってないか頻繁にチェックしてるんだ」


「へぇ~」


「コミュニティセンターで弾いたの俺なんだ。こんな下手くそがHi花様だと誤解されたら失礼だろ、だから許せなくてさ。よければ支倉さんのアカウントで赤の他人だってコメント入れてくれないか」


「なんで? 自分で書き込めばいいんじゃない?」


「わざわざ身バレしたくない。ニシナハルトって本名アカウントしか持ってないから」


「なるほどね。りょーかい」


 すばやくスマホを操作する支倉さん。

 Hi花のコメント欄に「いま裏とれたよ。まったくの別人だって。なんなら自分の知り合いだったわw」と書き込まれた。


 盛り上がっていたコメント欄はお通夜モード。

 ひとまず騒ぎは沈静化しそうだ。


「いま確認した。ありがとう支倉さん」


「どういたしまして。困っている人がいたらお互い様だもん、遠慮なく言ってね」



 プルルル、と電話が鳴った。

 支倉さんが素早くスマホを操作する。


「あ、もしもしアンナ? ごめんね突然消えて、ちょーお腹痛くてさ~」


 一緒にいた仲間たちからだ。


 俺がHi花だという誤解も解いたことだし、このまま素直に立ち去る――かと思いきや、


「今日はこのまま帰るね。うん、ほんとごめん。またトイレ駆け込むことになったら大変だから。うん、心配してくれてありがと、じゃねー」


 ここに留まることを選んだ。なぜ!?


「これでよしっと」


 スマホをしまいこんでなにが「ヨシ」なんだ。


「い、いいのか、戻らなくて」


「うん。もっと重要なことがあるから」


「それって……?」


 にこにこしながら近づいてくる。パーソナルスペースをたやすく侵して肩に触れてくる。


 なんだ、なにが起きてる?


「あたしいますごく嬉しいの。Hi花様推しがこんな近くにいたなんて。早く言ってくれればいいのに仁科くんのイジワル」


「悪い、言いそびれてて」


「うんうん、そーゆーこともあるよね。あたしもピアノのレッスン受けてることはアンナにしか話してないの、クソ真面目にピアノ弾いてる自分が妙に気恥ずかしいっていうか。だから余計に嬉しい」


 依然として近い。ちょっと腰を浮かせれば簡単にキスできてしまう距離だ。


「支倉さん、俺そろそろ行……」


 立ち上がろうとすると俺の手を無理やり包み込んだ。


「仁科くんの手、おっきいね。さすがにピアノ得意なだけある。男の人の手って感じでカッコイイ」


「……どうも」


 一体何が狙いなのか。

 支倉さんは俺の手を見つめながら笑みを浮かべた。


「あれぇ、よく見ると爪の形やホクロの位置、関節の皺や肌の色までHi花様そっくり。すごぉい。ここまで同じ赤の他人がいるんだ」


「あっ……」


 凍りつく俺。

 支倉さんは笑顔を貼りつけたまま続ける。


「Hi花様の演奏は手元しか映してないけど、何万回も見たからすっかり特徴覚えちゃった。それに一度だけ生演奏に立ち会ったこともあるんだ。ニットキャップとマスクで顔を隠していたけど、演奏後に立ち去るときに偶然肩がぶつかって転んじゃったあたしに『ごめん』って手を伸ばしてくれたの。優しそうな目元だったなぁ」


(そんなことがあったかもしれない。たしか相手はメガネをかけた地味な中学生で……え、あの子が支倉さん!?)


「間近で目を見たし、手に触れたし、声も聞いた。そのどれもが仁科くんとぴったり一致するね。不思議だね」


「…………えと、じつは生き別れの双子が」


「でも兄弟でもここまで手の形が似るとは思えないよねぇ、こういうのって練習量で変わる後天的なものだから」


 こわい。

 なんか知らんけどこわい。


 沈黙していると支倉さんが耳元で囁きかけてきた。


「さっき情報回ってきたけどコミュニティセンターで歌ってた黒髪の女の子、さぷれって名前で活動してるんだってね。特徴からして湖宮さんのことでしょう?」


「うっ……!」


 まるで首元にナイフを押しつけて脅されているようだ。


「頼む、さぷれのこと高阪には……」


「安心して。こう見えて口は堅い方なの。だから今後困ったときはいつでも言ってね? あたしの神様?」


 ダメ押し返しされた。

 もう完全に確信している顔だ。


「………ヨロシクオネガイシマス」


「はい喜んで!」


 えがおがこわい。




「ちょっぷっ!」




 突然湖宮さんが割り込んできた。


「湖宮さん!? いつからいたんだよ!?」


「ついさっき! 仁科くんと支倉さん……、なんで、なんで手つないでるの? 私がいない間にこっそり逢引きしてたの?」


「違う、これは偶然で」


「浮気者! NTR反対!」


 なにから突っ込めばいいのやら。

 しかし湖宮さんは涙で顔を真っ赤にしている。


 まずいぞ。これは盛大に誤解している。

 しかしなんて弁明すればいいのか……。


「こんにちはー湖宮さん! こんなところで会うなんて奇遇だね! いま外歩いてたらめっちゃ寒くて仁科くんに温めてもらってたの」


 助け船を出したのは支倉さんだ。

 食い気味に割り込んでくると湖宮さんと向き合った。


「温め……なんで仁科くんに? 足湯浸かればいいのに」


 湖宮さんは相変わらず顔を強ばらせたまま。


「あたし冷え症で足湯入ってもすぐ温まらないの。たまたま近くにいたのが知り合いの仁科くんだったから肌の温もりを共有? というか、お手を拝借! みたいな」


 苦しい言い訳をしながらも湖宮さんに駆け寄ってぎゅっと手を握った。


「誤解させたならごめんね。でも仁科くんはタイプじゃないから安心して。あたしは中学生なのに金髪にして世界中の全部が敵だと言わんばかりにガン飛ばしているギラギラした男が好きなの。いまの仁科くんとは全然違うでしょ?」


 金髪でガン飛ばしてて悪かったな。

 親と色々あって反抗期だったんだよ。


「湖宮さん今日は仁科くんとデートなんでしょ? 服もメイクもすっごく可愛いよ! 湖宮さん元々美人だからどんなに盛ってもキレイで羨ましい。歌も上手だし。あ、そうだ、今度一緒に買い物行かない? アイシャドウとかリップとか、似合いそうな色たくさん知ってるよ」


「お化粧品?」


「うん。ここだけの話、工夫次第では仁科くんもイチコロだよ♪(コソコソ」


「いく!」


 おーい聞こえてまーす。


「じゃあ今度、楽しみにしてるね。あたしアンナたちと待ち合わせしているからお先に。また学校で会おうね。仁科くんも」


「お、おう。またな」


 すごく強引に、嵐のように走り去っていく――かと思いきや途中でくるりと振り向いた。


「言い忘れてた! 音符のアクセすっごく似合ってるよー! じゃあねー!」


 周りにも聞こえる大音量に湖宮さんがびくっと肩を揺らした。

 その胸元には先ほどプレゼントしたネックレスが輝いている。


「早速つけてくれたんだ」


「ん、うん」


「確認してなかったけど金属アレルギーとか平気?」


「へいき」


 緊張した面持ちで、口数も少ない。


「に、似合う?」


「もちろん。よく似合ってるよ」


「……ありがと。すごくうれしい」


 表情がゆるむ。

 一瞬どきっとしたけど、ポーカーフェイスでやり過ごした。


「足湯で温まったし、そろそろ帰ろか」


「うん」


 差し伸べた手をきゅっと掴んでくる。


「帰る、けど……でも、少しだけ遠回りして帰らない?」


「俺も同じこと思ってた」


 駅とは反対方向に歩き出す。

 まだまだデートは続きそうだ。

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