第16話

「女神様、ここにお二人が来てしまっていますが……!」

「わたくしが招待しちゃった。ごめんね?」

「え? ……あ、いえ……そうだったのですね……」


 狼狽えてしまったが、意図的にされたことだったのか……。

 謝って頂くなんてとんでもない。

 女神様がなさることだから、何か意味があるのかもしれない。

 それでも、この場所にあのお二人がいると思うと胸がざわつく……。


「エステル!!」


 棺をみつけた瞬間に、二人は駆けだしていた。

 そして棺のそばまでくると膝をつき、安らかに眠る私の遺体を間近で見つめた。


 棺には蓋がされていないため、私の全身が露だ。

 死んでいるとはいえ、二人に見られるのは恥ずかしいかも……。


「エステル……」


 クリスティアン様が眠る私の頬に触れようとしたが、アルマス様がその手を止めた。


「……クリス。エステルは俺の婚約者だ」


 そう言ってクリスティアン様に鋭い視線を向けている。

 私と女神様の姿は見えていないから、ここにいるのはクリスティアン様だけだと思っているのだろう。

 だから、クリスティアン様に『友人』としての態度を取ることにしたようだ。

 身分を気にせず親しくされているところを久しぶりに見たので驚いたが、行動と『婚約者』という言葉にはもっと驚いた。


「こういうクールぶってる人が、ここぞというときに見せる熱い嫉妬——わたくし、とってもすこです」

「すこ?」

「好きってこと!」

「?」


 女神語を理解することができず思考がそれてしまったが、アルマス様とクリスティアン様の睨み合いは続いている。


「アルマス。婚約者だ。エステルの処刑が決まった時に、君は婚約破棄を了承しただろう」

「…………」


 クリスティアン様は、無言で睨み続けるアルマス様に不敵な笑みを見せた。

 そして、アルマス様の手を解くと、眠る私には優しいまなざしを向けて頬に触れた。


「……冷たい」


 触った瞬間に、クリスティアン様の顔が曇った。


「エステル……本当に死んでしまったのだな」


 そう呟くクリスティアンは、とても悲しそうだった。

 気のせいかもしれないが、目に涙が溜まっているように見える。

 アルマス様も苦しげな表情で、眠る私の顔をみつめている――。


「……エステル、何か気持ちに変化はあった?」


 女神様が控えめに訊ねてきたが、私は何も答えられず俯いた。

「もう何も考えずに永遠に眠りたい」という気持ちは変わらないのに、眠る私をみつめる二人を見ると、胸に溢れてくるものがある……。


「…………っ!? アルマス! 見ろ、エステルの首が繋がっている!」

「!」


 驚くアルマス様と共に、私も棺の中を覗いた。

 すると、神殿に行く前には残っていた首の切断痕がほとんど消えていた。


「傷跡はまだ少し残っているけれど、もうちゃんと繋がっているわよ」


「わたくし、有能でしょ?」と、女神様が得意げにそう教えてくれた。

 私の体が回復したのなら、本当にもう皆と「さようなら」をしてもいいの……?


 そんなことを考えていると、アルマス様がクリスティアン様を押しのけて眠る私に近づいた。

 そして、そっと首に触れて傷を確かめた。


「本当だ……奇跡だ……」


 改めて驚愕するアルマス様を見て、女神様は誇らしげだ。

 私はクリスティアン様だけではなく、アルマス様にまで触れられて居たたまれない……。


「こんなことが起きたのだ。エステルを生き返らせることだってできるかもしれない」

「!?」


 押しのけられて不服そうにしていたクリスティアン様がそう呟くと、アルマス様は勢いよく立ち上がった。


「! 何か心当たりがあるのか?」

「きっとここに……」


 アルマス様の質問には答えず、クリスティアン様は何かを探すように周囲を見渡した。


「女神ネモフィラ様! いらっしゃるのでしょう! 赤い花の女神について教えて頂きたい!」


 突然話し掛けてきたクリスティアン様に、私も女神様も驚いた。

 私は思わず女神様を見たが……どうやら返事はしないようだ。


 しばらく沈黙が続いたが、クリスティアン様が再び訊ねてきた。


「赤い花の女神様は、人を生き返らせることができるのでは!? 王家に伝わる古い本に、赤い花の女神様が死者を蘇らせているような絵がありました!」


「……そんなものがまだあったのね」


 女神様はクリスティアン様の質問に驚きを見せたあと、懐かしむように微笑んだ。

 でも、その微笑みは寂しそうで……。


「もしかして、赤い花の女神様は……カレンに赤い花の紋章を与えた方——邪神なのでしょうか」


 訊ねてもよい話か分からなかったが、訊かずにはいられなかった。

 私の問いに、女神様はぎこちない笑顔を見せた。


「……ええ。邪神になってしまったのは、赤い花の女神——『アネモネ』。とても強い力を持った、美しい女神だったわ。わたくしが自らの名を花の名前にしたのは、彼女に憧れたからでもあるの」

「そうだったのですか……」


 アネモネ様とネモフィラ様は親しかったのだろう。

 でも、アネモネ様は邪神になってしまった……。

 その理由が気になるけれど、寂しそうな女神様を見ていると訊けない……。

 訊ねても差し支えなさそうなことだけ伺ってみよう。


「クリスティアン様がおっしゃっているように、アネモネ様にも人を生き返らせることができるのですか?」

「……今はできないと思うわ」

「同じ女神様でも、使うお力が違うのでしょうか」


 そう聞くと、女神様が苦笑いを浮かべた。

 何か失礼なことを訊いてしまっただろうか。


「……そうね。昔の彼女なら、誰でも生き返らせることができたでしょう。でも、わたくしが生き返らせることができるのはあなただけ」


 女神様の意外なお言葉に驚く。……私だけ?


「それは、私が聖女だからですか?」

「聖女だからというより、あなたは――。…………っ!?」


 突然目を見開いた女神が、膝から崩れた。

 慌ててお身体を支える。


「女神様! どうされたのですか!? 大丈夫ですか!?」

「ごめん、ちょっと甘く見てたかも……」


 女神様の顔色が一気に悪くなっている。 一体何が……?


「エステル、ごめんなさい……あなたのそばにいてあげられなくなっちゃったわ……」

「え?」

「大丈夫……なるはやで戻ってくるから……」


 私を安心させるためなのか、女神語を使って笑顔を見せてくださった。

 でも、その笑顔も弱々しくて……とても心配だ。


「あなたはの体はほとんど治ったわ。あとはあなたが『生きたい!』と強く望めば、それだけで生き返ることができるはずよ」

「女神様、私は……!」

「あの二人についていきなさい。……あの子達も、もう間違えないわ。だから、難しいことは考えないで、いつメンで楽しんじゃいなさい」

「いつメン?」

「いつものメンバー! 仲がいい幼馴染だったあなた達なら、まだ仲直りできるわ。……わたくしのように後悔しないで」

「……女神様?」


 私にそう伝えると、女神様は力を入れて立ち上がった。


「……聞きなさい」

「「…………っ!?」」


 女神様の声が届いたようで、アルマス様とクリスティアン様がこちらを見た。

 姿も見えたようで、慌てて跪いている。


「あなた達にエステルを託します。必ず守りなさい」


 二人が驚き、顔を上げた瞬間、また景色が変わって――。


 幽霊の私、アルマス様とクリスティアン様、そして棺で眠る私の遺体が、アルマス様の別邸へと移動していた。

 そして、女神ネモフィラ様の姿は消えていた。

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