私が死んだあとのこと 幽霊聖女は復活を望まない

花果唯

第1話

 あまり動かないゴミのような足を動かしながら断頭台に上がる。

 私の頭と体が離れる瞬間を見るため、たくさんの民衆が処刑場に詰めかけている。

 案外、悪趣味な人間が多いものだ。


 視界の端に、幼馴染だった二人が見える。

 この国の王太子と、私の婚約者だった公爵家の長男だ。


 金色の髪にすみれ色の瞳、穏やかな雰囲気を纏う王太子クリスティアン様。

 青い瞳、長い黒髪を一つに束ね、凛々しい佇まいの次期騎士団長アルマス様。

 

 不愛想な私に根気よく話し掛け、友と呼んでくれた良い人達だった。

 そんな二人に冷たい視線を向けられ、「もう何も感じない」と思っていた胸が少し痛んだ。

 王太子の隣には、王太子妃となる予定の異世界からやって来た聖女がいる。

 漆黒の髪に黒い瞳の美し少女――カレン。

 私は彼女を殺そうとした罪で処刑される。

 ……無実なのに。


「どうしてこんなことになったのだろう」


 断頭台の前で足を止め、私は一年前を振り返った。


 ※


 この世界は、女神ネモフィラが創造したといわれている。

 聖女とは、女神と同じ癒しの力を持つ女性のことで、存在するだけで魔物の発生を抑え、土地を豊かにして国に安寧をもたらす。


 女神に聖女と選ばれた者は、体に女神の紋章――ネモフィラの花に似た青い痣が現れる。

 私は十歳の頃に右手に紋章が現れたので、農民だったが『神の子』として王族と同じ地位を与えられ、神殿で暮らすことになった。


 突如、別世界のような上流階級の人達の中で生きていくことになった私は戸惑うことが多かった。

 また、畑仕事で日焼けした肌など、見た目を陰で悪く言われることも多々あったので、子どもだった私は傷つくこともあった。


 そんな中、私を「友」と呼んで仲良くしてくれたのが、王太子クリスティアン様と公爵家長男アルマス様だった。


 二人の存在があったから、聖女として頑張ることができた。

 十五歳になった三年前には、アルマス様とは婚約することになった。


 婚約は王の意向で、私達の意思ではなかった。

 だが、元々自分で選ぶ権利はないと覚悟していた私にとっては、最も嬉しい結果だった。

 アルマス様の気持ちは分からないが、お互いに良好な関係を続けて行こうという共有意識はあったと思う。


『君が好きそうな焼き菓子を見つけたから』


 食事の制限があり、決められたものしか食べられない私に、こっそりお菓子を持って来てくれたこともあった。

 それをクリスティアン様に見つかって、「口止め料だ」と言って三人でクッキーを食べたこともあった。


 ……あの頃は楽しかった。

 そんな幸せな日々に暗雲がたちこめるようになったのは、今から二年前――。

 異世界の聖女――カレン・アカギシが現れてからだ。


 カレン様は、ある日突然、冒険者に連れられて王城にやってきた。

 冒険者が、森の中を軽装でさまよっていたカレン様を保護したのだが、女神の紋章があったため王城に連れてきたという。

 たしかに、カレン様の額には女神の紋章があり、癒しの力も持っていたため、すぐに聖女と認められた。


 カレン様はこの世界の者ではなく、異世界にある二ホンという国で生まれ育ったらしい。

 この世界の者にはない黒髪に黒目という神秘的な外見。

 そして、私とは違う愛らしい人柄に、たちまち彼女は人気者になった。

 クリスティアン様とは恋仲になったようで、早い段階で婚約も決まった。


 彼女とは同じ聖女という立場であるため、次第に接点が増えていったのだが……。

 その頃から、なぜか周囲の人の私に対する態度が変わっていった。

 良い関係を気づけていた人達の態度が、妙に余所余所しくなったのだ。


 カレン様も、最初はよく話し掛けてきてくれたのに、人目がなくなると急に態度が冷たくなったり、次第に避けられるようになった。


 そして、どこからか私がカレン様をいじめているという噂が出回り、周囲の者が私と距離を置き始めた。

 それは幼馴染であるクリスティアン様も、婚約者のアルマス様もそうだった。

 いくら私が潔白を訴えても、誰も私の話には耳を傾けてくれなかった。


 そんな日々が一年続き、途方に暮れていたある日――。

 私は突然、彼女の自室に呼び出された。

 何か私達の間に誤解があったのなら、それを解きたい。

 その思いで呼び出しに応じたのだが……。


「ねえ、子供の頃から聖女として頑張ってきたのに、ポッと出てきた私に負けちゃうなんてどんな気持ち?」


 部屋を訪れた私を待っていたのは、悪意に満ちた笑顔のカレン様だった。

 私を嘲笑う、お世辞にも美しいとは言えない笑顔を見て驚いた。

 これがカレン様の本性なのか……。


 私が周囲から避けられている理由は「カレン様をいじめているから」だ。

 事実ではないことが広がるのは、なぜか……。

 被害者とされているカレン様が嘘をついているから、というのがもっとも考えられる答えだ。

 聖女であり、クリスティアン様の婚約者であるカレン様がそのようなことをするなんて、信じたくはなかったが……。

 やはり私が孤立している現状は、彼女によって作られていたようだ。

 これには、鉄仮面と揶揄されたことがある私も目を見開いて驚いた。


「おったまげました」

「はあ? 何か余裕ある感じ? ま、強がるしかないよね~」

「…………」


 困惑する私を見て、聖女は楽しそうだ。


「でも……さすがにもう強がっていられなくなるんじゃない?」

「!」


 何だ? と身構えた私の目に映ったのは、彼女の中にある邪悪な気配だった。

 魔物のような……いや、もっと恐ろしい存在――。


 息をのんだ瞬間、背後の扉をノックする音が聞こえ、お茶を淹れるためにメイドが入ってきた。


「ふふっ、ちょうどいいタイミングね……」

「!」


 カレン様がメイドを狙った気配を感じ私は、瞬時にカレン様に向けて聖なる魔法を放った。

 青い炎がカレン様を覆いつくす。

 これは普通の人間には効かない、魔物や邪悪な存在がダメージを負う魔法だ。


「きゃああああっ!!」


 悲鳴をあげるカレン様を見て、やはり何か邪悪な存在だったのだと思ったのだが――。


「カレン様!? だ、誰か!! カレン様を助けて!」

「? 違います、これは聖なる魔法です……!」


 メイドは私が攻撃したと勘違いしたようだ。

 すぐに駆けつけた騎士達に、私は拘束されてしまった。


 次期騎士団長となる予定のアルマス様もすぐに駆けつけたが、拘束されている私には顔を顰めるばかりで、すぐにカレン様の心配をしていた。


 その後――。

 私が使った魔法は「人に害のない聖なる魔法」だと言っても、カレン様と目撃者であるメイドの証言によって私が悪となった。


 彼女の中に邪悪な存在がいることは間違いない。

 そんな人……いや、人であるかも分からない存在が、いずれ王妃となってしまったら大変なことになる。

 私は潔白と真実を訴え続けたが……私の言葉は、誰にも届かなかった。


 約一年、牢の中でまともな食事も貰えず、看守からは暴力をふるわれる劣悪な環境で過ごしていくうちに、国も未来とか、大切だった人達の生活などどうでもよくなってしまった。

 今はただただ、早く楽になりたい。

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