第2話
「はいわかりました。ありがとうございます。では見積もりの内容で契約書を送信いたしますので、内容をご確認の上電子署名をお願いします。その後仕様書に基づき開発を進めてまいります。はい、それでは失礼いたします」
大手IT系の会社を三年勤めた後に独立、久しぶりに大きな契約がとれた安堵感から無意識に口許が緩む。ケータイから顔を上げると、久恵の冷ややかな視線が突き刺さった。
「ずいぶん楽しそうに電話してたわね。仕事の話でしょ?彼女とデートだというのに、私と仕事とどちらが大事なのかしら?」
「そんなの久恵の方が大事に決まっているじゃん。でもそういうことは本来天秤にかけるものじゃないよ。仕事は二人の夢を叶えるために必要な手段であって、目的ではなくて、なんて言ったらいいかな、つまりその、…」
必死に弁明する姿を見て久恵は失笑した。
「あはは、マコトったらおかしー。すぐ真に受けるところが可愛いよね」
「そんなに茶化さないでよ。気にしてるんだからさ」
「ごめんごめん、でもほら『私と仕事とどっちが大事?』って一度言ってみたかったのよね」
「久恵って、ちょっとよくわからない感覚持ってるよね」
「そっかなー、それはそうとさっきの電話だけどいいニュースみたいね」
「うん、大口の仕事が取れたんだ」
「夢に向かって一歩前進ね」
「そんな甘くないよ。bit(苦い)valleyとはよく言ったもんだね」
「bit valley?」
「あれ?知らない?ITのメッカ、シリコンバレーにかけて渋谷をビットバレーって言うんだよ」
「ふーん」
「物価も高いし、まだまだ頑張らないとね」
「大丈夫大丈夫、私も働くから二馬力ならなんとかなるよ。by all meansよ」
久恵は、by all means という言葉をよく使った。直訳すれば、あらゆる手段をもって。つまり、何としてでも、全力でと言う意味になる。他にも提案に対して、是非、勿論という意味もあると久恵は言っていた。
「それで、今度の土曜日だけど空いてる?ディナーの予約しようと思うんだけど」
「何も予定ないよ。でも何?ディナーだなんて
「うん、まだちゃんとしてなかったからさ」
「もう私の気持ちは決まってるんだからそんなことしなくていいのに」
「そんなわけにはいかないよ。大事な儀式だしやらずに後悔したくないじゃん。それと婚約指輪も選びに行きたいんだけど」
「じゃあお言葉に甘えちゃおうかな。でも婚約指輪はいらないよ。将来の為に貯めておいて」
「でも、…」
「いいからいいから、でもね、事業が軌道にのったら色々おねだりするから、じゃんじゃん稼いでよ」
「…、頑張る」
「あ、でも結婚指輪は欲しいかな。安いのでいいんだけど、ほら、繋がってる感じがするじゃない。あと私は絶対ウエディングドレスが着たいから今度試着しに行こ!」
「おおせのままに」
「ディナーってどこ?」
「ミッドランドサークルのオーベ•ルージュ」
「高級フレンチじゃないステキ。そういえばマコトってそういうところに着ていく服持ってる?」
「ドレスコードはカジュアルって書いてあったからラフな感じでいいんじゃないかな」
久恵はまたも失笑した。
「カジュアルってそういう事じゃないから。デニムとかTシャツとかNGだよ。大丈夫、私がおしゃれにコーデしてあげる。あと、上座がどこかわかる?」
「奥の席だよね」
「普通はそうね、でも店によっては分かりにくい配置の時があるの」
「そういうイレギュラーはわからないかも」
「簡単な方法があるの。給仕のスタッフが最初に椅子を引いて待っていたらそこが上座。私がそこに座るからマコトは次の椅子に座ったらいいわ。あー楽しみだ」
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