第6話 買い物

 寝ぼけた頭で時計をみると10時を過ぎていた。

 部屋にかかってあるピンクのカーテンからは陽の光が差し込んでいた。

 ベッドの横のテーブルには、寝る前に飲んだビールの空き缶がそのまま置かれてある。空き缶だけではなく、弁当のガラやカップラーメンの空き容器なども置かれたままだ。


 いつも会社から帰ると心身ともに疲れ果てていて、食事も掃除もする余裕がない。いい加減片づけるないといけない。そのためには、そろそろ起きようとベッドから立ち上がった時だった、急に玄関のドアが開く音がした。


「奨吾、おはよ」


 何事が起きたのかわからず呆然と立ちすくんでいる間に、恵梨香が部屋に入ってきた。


「恵梨香、どうして?カギは?」

「ここ会社のマンションだから合鍵ぐらい持ってるよ。それより、何?このゴミだらけの汚い部屋は?」

「ごめん、疲れてて片づけられなくて」

「そんなことだろうと思った。私が片づけておくから、出かける準備して」


 すでにゴミ袋にテーブルのごみを入れ始めた恵梨香を横目にトイレへと向かった。

 トイレを済ませた後歯を磨きながら、大学時代恵梨香と付き合っていたころも、同じように散らかっていた僕の部屋を掃除してもらっていたことを思い出した。


「ごめん、片づけ手伝うよ、って……、それ僕の服」


 部屋に戻るとテーブルの上を片づけ終わった恵梨香は、クローゼットにあった僕の服をゴミ袋に詰めようとしていた。


「奨吾にはもう必要のないものでしょ。こっちの片付け代わって、他にもすることあるから」


 恵梨香は僕にゴミ袋と大きな裁ちばさみを、押し付けるように渡してきた。


「ハサミ?」

「服捨てるとき、切ってから捨ててね。もう二度と着れないようにするためにね」


 恵梨香が掃除機をかけ始めた横で、正座しながら服を切断していく。ハサミで一枚ずつ切って捨てていくたびに、僕の男としてのプライドも捨ててしまっているように感じた。


「うん、何してるの?」


 掃除機をかけ終わった恵梨香はベッドの上に立って、天井に何かを付け始めている。


「監視カメラつけてるの」

「監視カメラ!?なんのために?」

「奨吾が家でも、ちゃんと女の子しているか見るためによ。毎日見るから、今日みたいにゴミを出しっぱなしにしたり、胡坐かいたりしたらダメだからね」


 取り付け終わった恵梨香は、スマホに移っている監視カメラの映像を僕に見せた。


「暗視モードもついてるから、夜中にエッチなことしたら一発アウトだからね」

「アウトって?どうなるの?」

「さあ、どうなるんだろうね。女性専用マンションに女装した男が住んでるって管理人に通報したら」


 頭の中には、「逮捕」「違約金」など様々なワードが浮かんでくる。不敵な笑みを浮かべている彼女に従う以外、僕が生きていく術はなさそうだ。


◇ ◇ ◇


 デパートの化粧品売り場は、様々な美容ブランドのショーケースが立ちならび、明るい照明がその製品を美しく照らされていた。

 黒の制服に身を包んだ各ブランドの美容部員は、容姿端麗の美人ばかりだ。


 化粧品の独特の香りが漂う中、僕はカウンターに座りプロのメイクを始めて受けていた。

 営業スマイルの美容部員は商品の説明とメイクの仕方を教えながら、メイクをすすめていく。


「アイカラーはこんな風に塗った方が、より女性っぽく見えますよ」


 プロの技術と高級化粧品はさすがで、彫りの深い男の顔をファンデーションが上手く隠して、チークがほんのりついている頬は女性らしさを与えてくれる。


「奨吾、よかったね、きれいにしてもらって」


 わざと僕の名前を大きな声で言う恵梨香の手にもつ紙袋には、先ほど買い物をすませたスカートやワンピースが入っている。


「気に入ったところで、今の化粧品全部ください」


 恵梨香が言うと、美容部員は電卓をたたき始めた。


「恵梨香、もうお金ないよ。さっきのワンピースもカードで買ったから、これ以上買うと来月の引き落としができないよ」


 泣きつく僕に、平然な表情の恵梨香は肩をポンと叩いた。


「大丈夫、リボ払いすれば毎月3万円だから」

「えっ、リボ払い、なにそれ?」

「いいから、ほら、カード出して」


 計算が終わり合計金額を伝えに来た美容部員に、恵梨香は僕の代わりに「リボ払いで」と一言添えてカードを渡した。


 その日の夜、買い物袋に囲まれカップラーメンをすすりながらリボ払いが何なのかを調べた僕は、いわゆる「リボ地獄」に陥っていることを知り絶望した。

 天井にある監視カメラに視線を向けた。そのカメラの向こうで、恵梨香が笑っているのが想像できた。


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