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「でもなんでみんなで聞くんですか?」
古館さんが私の疑問を代弁するかのように藤本さんに訊ねた。
「いやぁなんというか、音声確認して、呪いのくまちゃんが犯人じゃないって材料みんなで見つけて安心したいっていうかさ……」
藤本さんの言うことは何となく理解できる気がした。髪型がちゃんと整っているかどうか安心したくて鏡を何度も見て確認する。その心理に近い気がした。
でも逆にやっぱり呪いのくまちゃんが犯人だという思いが強まる可能性もある。そうなった時はどうするつもりなのか。藤本さんは私が見る限り、そこまで考えてない様子だった。
古館さんが「パソコンに保存してあるんでそれ聞きますか?」と言うと、再びパソコンに向かい始めた。
私の番組はポッドキャスト配信などはしていないし、ラジオアプリによる一週間の配信期間も終了していた。録音されたデータを聞くしかなかった。
「さすが仕事熱心な古館さんですね。じゃあお願いします」
藤本さんのその言葉が合図かのように、古館さんがマウスをクリックして音声が流れ始めた。
この放送が物議を醸す物になるなんて思ってもみないような陽気なテンションの喋り方が間抜けに聞こえて恥ずかしくなる。
前置きを話し終わった先週の私が呪いのくまちゃんとの会話を始めた。
私の陽気なテンションと、呪いのくまちゃんの淡々としたテンションの落差が凄い。元気がない感じですか?と私は呪いのくまちゃんに聞いていた。今聞いても元気がないと感じる。何かを思い詰めてるように聞こえてしまう。そう聞こえてしまうのは、彼女がやっぱり犯人なんじゃないかと今私が思っていることによるバイアスが掛かっているせいかもしれない。今、客観的に冷静な分析をするなんて難しすぎる。
「呪いのくまちゃんやっぱり陰気な感じですね」
古館さんが忌々しそうにそう言った。彼は呪いのくまちゃんが犯人だと思っているのだろうか。
「いやぁこれくらいの人なら今までも全然いたって。ちょっと緊張してるだけじゃない?」
藤本さんの声がいつもより大きい。無理に明るく振るまって、自分に大丈夫だと言い聞かせてるみたいだ。
音声は先に進む。私の質問に対する呪いのくまちゃんの答えが要領を得ない。会話はぎりぎり成立しているが、違和感が凄い。聞いていてとても不安になる。
「やっぱり変ですってぇ……」
古館さんがつぶやく。
「大丈夫じゃない?やっぱほら緊張してるんだよう」
藤本さんの声がまた一段と大きくなる。でも藤本さんのそんな空元気も、私が悩みは何かと呪いのくまちゃんに聞いた後の、彼女の言動で一気に萎んでしまった。
呪いのくまちゃんは「私の友達が頭の中で話しかけてくる。その声を聞くと自分が自分じゃなくなる」そう言った。明らかにおかしい言動だ。精神に何らかの異常をきたしてるとしか思えない。
「完全に統合失調症だよなぁ」
古館さんから飛び出したワードに説得力を与えるように、音声から呪いのくまちゃんの叫び声が聞こえた。藤本さんは黙って頭を抱えた。
音声は、あの時これは放送に乗せてはいけない人なんじゃないかと思った私が、藤本さんにCMに行くべきではないかと確認した場面に差し掛かった。
音声の中の私が「CM行った方が良くないですか?」と言った次の瞬間、
(しょうもない男は殺せ───)
という不気味な老成した女の声が音声から聞こえた。
私の全身に鳥肌が立った。そして胸が不安でいっぱいになった。
「ちょっと音声止めてください!何だったんですか今の声!」
私はヒステリックに叫んでいた。
古館さんが慌てて音声を止める。藤本さん、古館さん、吉川さんが驚いたように私を見ていた。
「どうしたのメルちゃん?確かに不快なノイズだったけど。声って何?」
藤本さんが怪訝そうに私にそう言った。ノイズ?そんな物じゃない。
「聞こえなかったんですか今の声!不気味な女の声でしょうもない男は殺せって聞こえたじゃないですか!」
隣に座っていた吉川さんが私の肩に手を置いて、顔を覗き込んできた。
「大丈夫かメル。疲れてるんじゃないのか?そんな声聞こえなかったぞ。ちょっと甲高いノイズが流れただけだぞ」
聞こえたのは私だけ?嘘だ。はっきり聞こえたじゃないか。
「巻き戻してもう一回聞いてみてくださいよ!」
私がそう言ったのを聞いて、古館さんが音声を本当に巻き戻そうとした。それを見たら強い恐怖と不安が襲ってきた。
「やっぱりやめて!聞きたくない!」
自分の心が自分でコントロールできていないのがわかった。
私はどうすればいいのか分からず、放心状態で宙を眺めることしか出来なくなってしまった。
「もう今日はここでお開きにしましょう。ごめんね変な提案しちゃって」
藤本さんが申し訳なさそうに小声でそう言った。
「急遽決まったライブ明日あるんだもんな。ゆっくり休まないとな。さぁ帰ろう」
吉川さんが私にそう言って立ち上がった。
私もつられるように立ち上がった。確かに私は休んだほうがいい。自分でも分かる。
「お疲れさまでした」
なんとか声を振り絞って私は挨拶を済ませると、吉川さんに連れられるようにして会議室を出た。
藤本さんと古館さんが心配と不安の目で私たちを見送った。
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