セカンドキル

セカンドキル

 リョウマを殺して部屋に帰ってきたら、すぐに疲れて眠ってしまった。タイガーズマンションのワンルーム。ネカフェに住んでる子を支援してるらしい団体が入れてくれた。

 最初は綺麗なマンションに住めて嬉しかった。家出するまではずっと、古くて汚くて狭い平屋の家に住んでいたから。

 学校の子たちに自分の家を知られるのが嫌だった。でも小学校のときはみんなで一緒に登下校しなくちゃいけないからバレた。家のことでからかわれたことが何度もあった。

 家の中はずっと散らかってた。ママは頑張って片付けてたけど、パパが暴れるからまたすぐ散らかる。そのうちママは諦めて片付けをしなくなった。私もしなかった。


 高一の時に家出して、トー横に行った。すぐに友達が出来た。女の子の友達だ。その女の子の友達の家に居候していた。その家は私がずっと住んでいた家に比べたらとても綺麗だった。最初は嬉しかった。でもそこはやっぱり私の家じゃなかった。しばらくすると友達の親に煙たがられて出ていかなくちゃいけなくなった。

 トー横で知り合った年上の男の人に、近くのビジネスホテルに部屋を取ってるから、泊まるところがないなら来なよと言われてついて行った事がある。

 その人はトー横では有名な人だった。インスタとティックトックのフォロワーがすごく多い人だった。

 有名人に誘われたのがとっても嬉しかった。

 ホテルに着くと無理やり後ろからその男が抱きついてきた。とっても嫌だった。逃げ出したかった。でも駄目だった。レイプされた。それが私の初体験だった。今思い出しても吐き気がする。あいつの事もいつか殺したい。それからはずっとネカフェで寝泊まりしていた。


 ある日マイナちゃんと路上で話してたら、支援団体の人が声を掛けてきた。最初は断ったけど、やっぱり私はちゃんとした部屋に一度住んでみたかった。だから貰った名刺に書いてあった電話番号にかけた。そしてこの部屋に住むことになった。

 ネカフェよりも快適だった。最初は嬉しかった。凄く凄く。でも嬉かったのは、ほんの一瞬だけだった。ここも地獄だった。


 ある日立ちんぼやって帰ってくると、部屋の前に支援団体の人が立っていた。

 今日は家賃の支払日です。そう言った。

 部屋に住むには家賃が必要。それは私でも分かる。最初に説明も受けていた。その日の売り上げは四万五千円だった。そのうち四万円を取られた。

 家賃は八万円だから明日稼いで持ってこいと言われた。その後光熱費で三万円必要だと言われた。光熱費が取られることは説明されてなかった。だから私は抗議した。そしたらお腹を思い切り殴られた。一回だけじゃない何度も。そんな事が何日かあった。

 ある日、部屋で寝ていたら鍵を開けて誰かが入ってきた。なんで?って凄く怖かった。入ってきたのは支援団体の男の人だった。合鍵を作っていたらしい。

 怖くて怖くて部屋の隅っこで震えてたら、男の人がズボンを脱ぎ出した。何をしようとしているのか分かった。私は荷物と着替えを急いで持って部屋から逃げ出した。

 もう部屋には帰ってきたくなかったけど今日は仕方ない。逃げ場所はここしかなかった。服を洗って、ツイッターで私を匿ってくれる人を探して早く歌舞伎町から逃げなくちゃ。


 もう少し寝ようと思って寝転んでたら、誰かが鍵をあけてドアが開いた。私をレイプしようとした支援団体の男の姿が見えた。

「あれぇ?ミズキちゃん帰ってきたの?どこ行ってたの心配してたんだよお」

 見つかった。最悪だ。

 ずんずんと私の方に近づいてくる。気持ち悪い。吐き気がする。近寄るな。

「いっぱい稼いだんだろ?光熱費払ってもらわないと俺も困るからさ。さぁ財布出して」

 嫌だ。出すもんか。

「出さないと、どうなるか分かってるよな?」

 髪を捕まれた。そして頭を揺さぶられた。絶対に目線を合わせたくない。どうなるか分かってるかって?もう私に脅しは通用しないんだよ?だって私には友達が出来たから。かわいいかわいいくまちゃんがいるから。


「よく見たらお前すげえブスだなぁ。まぁいいや。出さないなら無理やり取るしかないな」

 そう言って男は財布を探すために私のトートバッグを自分の手元に持っていった。

 トートバッグの中を男が覗いた。血まみれになった私の服を手に取って、マヌケな顔をして眺めてる。

「お前これ……あぁ、今日はいいや。明日また来る」

 そう言って、男は私に背中を向けてドアの方に歩いていった。

 私はトートバッグの中からナイフとくまちゃんを取り出した。ナイフを右手に持って、くまちゃんを左手に抱えて、立ち上がって男を追いかけた。

 ナイフを突き出して思い切り男に向かって走っていく。男が私に気づいてこっちを見た。男が右に避けた。刺せなかった。でも大丈夫。私は素早くドアの前に立って、通せんぼした。

「てめぇ何やったんだよ!」

 殴りかかって来る男の顔に、爪先立ちして思い切り手を伸ばして、くまちゃんの顔を押し付けた。


(しょうもない男───)


 声がして黒い煙が出てきて男の首に巻き付いた。

 男は固まった。

 しばらくすると男は泡を吹いて仰向けにばたんと倒れた。

 私の手が届くくらいの身長だったことを恨んでね。おチビちゃん。


(しょうもない男は殺せそれか自分を殺せ殺せ───)


 分かってる。分かってるってば。本当によく喋るぬいぐるみだなぁ。

 さぁどうしようか。まずは私を殴ったお手手にお仕置きしなくちゃ。

 右の手のひらを開いて、そこにナイフを突き刺した。何度私を殴った?殴った回数だけ刺してあげるね。何度も何度も手のひらにナイフを刺した。ナイフが皮膚を貫通して、大きな穴が開きそうだった。

 もう手のひらはこれくらいにして、意識が戻る前にちゃんとやり遂げなくちゃ。

 リョウマにとどめをさしたみたいに首を刺そう。

 喉仏の少し横にナイフの先端を押し付ける。そして思い切り体重をかけてくいこませる。面白いように刃先が入っていく。念のため何回か今度は思い切り突き刺した。

 ぐぼぼぼごおおおおお。血が溢れ出して、変な音がどこからか漏れてる。なんか凄く面白い音。思わず笑っちゃった。


「お兄さん!お兄さーん!」

 私は男の肩を揺さぶって呼び掛けてみた。ぐったりして返事がない。息をしてない。胸に手を当ててみる。心臓は動いてない。たぶん死んだ。

 また出来た!またやり遂げられたんだ!

 吐き気がおさまって、気分はよくなっていた。


 よし。あとはツイッターで匿ってくれる人を探さないと。

〈親とけんかして家出したい。今晩泊めてくれるお兄さんを探してます。今すぐ新宿に迎えに来てくれる人募集します。#家出女子#家出少女〉

 警察にバレないように新しく作ったアカウントに、顔を半分だけ写した自撮り写真を添えて書き込んだら、五分もしないうちに返信がきた。そしてとんとん拍子で二時間後に迎えに来てくれることになった。

 

 今着てる服も汚れた。洗濯したいけど時間がない。しょうがない。本当に家出してきたときに来てたヨレヨレのトレーナーとスカートを着るしかない。厚底ブーツはタオルでふけば血は落ちるよね。

 汚れた服はここに置いていこう。


 二時間後連絡が来た。

 必要な荷物と一緒にしっかりくまさんもトートバッグに入れた。

 マンションの下に行くと、書いてあった通りの白い軽自動車が本当に道端に停まってた。運転席には送ってもらった顔写真と同じ人がちゃんと乗っていた。

 ノックすると、ドアを開けてくれた。車に乗り込んだ。

 いったんさようなら歌舞伎町。ばいばいマイナちゃん。

 

 お兄さんはじめまして。助けてくれてありがとう。音楽かけていいですか?鬱鬱少女ってアイドルの曲だよ。私この曲大好きなんだ。


『ばっきゅんばっきゅん少女の犯行。ばっきゅんばっきゅん狙いを定め。ばっきゅんばっきゅん少女の抵抗。泣いたままじゃ終わらせない』


 最高!こんなに幸せな気持ちいつぶりだろう?



 

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