unanimous

野宮麻永

第1話 ボーカル不在

「だーかーらー、さっきから違うって言ってるだろ!」


音の鳴り止んだスタジオで、声だけが響く。


「言われた通りやってっけど?」


「それが違うから違うって言ってるんだよ!」


「わけわかんねぇ」


「もう一回頭から」


曲の最初から演奏が繰り返される。

けれどもギターがメロディに入っても、ボーカルはただ突っ立っているだけで歌おうとしない。


「オレ、無理だわ」


それだけ言うと、一度も曲の最後まで歌えないまま、ボーカルだったはずの男は出て行ってしまった。


「ゴメン。またやっちまった」

「しょうがないよ、比呂は偉大だったから」

「オレら、お前が納得するまで活動休止状態で全然いいからさ」


そうは言っても、このままでいいわけがない。


「ちょっと頭冷やしてくる…」



ロックバンドunanimousは、ボーカルの春日野比呂、ドラムの菅野禅、ギターの佐倉悠二、そしてベースの槙野湊の4人で始めたバンドだった。

小さなライブハウスでの活動から始まり、自主制作のCDを手売りする傍ら、ツテを使ってCDをいろんな店に置いてもらったり、皆バイトを掛け持ちして、スタジオ代を稼いでやってきた。


きっかけは、とあるラジオ番組で、有名アーティストが「最近耳にしていいと思った曲」としてunanimousの曲を紹介してくれたことだった。


瞬く間に動画再生回数が飛躍的に伸び、ワンマンライブができるようになった。

そんな状態が1年以上続いたある日、現在所属する芸能事務所から声がかかった。


ボーカルの比呂のルックスも手伝って、unanimousの名はあっという間に広まり、殺人的スケジュールに追われる日々が始まった。


比呂に咽頭癌が見つかったのはそんな絶頂期とも言える時だった。


最初は声が掠れる程度で、風邪が長引いているんじゃないかとタカをくくっていた。しかし、良くなるどころか、症状は悪化していき、精密検査をすると、咽頭癌であることが発覚した。

年齢的にもかなりめずらしいケースだった。

手術と抗がん剤を使用した長い闘病生活を終えた後、日常生活に支障はないところまで回復したものの、比呂は、ボーカルとしての音を失ってしまった。


unanimousは、メジャーデビュー後、3年目にして活動休止に追い込まれた。


比呂に変わるボーカルを探すも、納得できる声に出会えないまま、月日だけが空しく過ぎていく。

それだけ比呂の存在は大きなものだった。


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