第7話 驚き
和久を眠らせた私は彼をベッドに横たわらせた。
地下室の扉が開き男が入ってくる。
「明石、そろそろここを離れよう、このセーフハウスもどうやらバレたみたいだ。そこの男はどうする」
唐突に店長にそう言われ、私は驚く。まさかこんなに早くこの場所がバレるだなんて思いもしなかった。
「彼は安全な場所まで運んで、それで置いていく」
そう言うと私はまた目を紅くし、和久の背中に手を添える。すると眠ったままの和久は立ち上がり、意識のないままに歩き始めた。
男は明石に聞く。
「記憶は消したんだろうな?」
「もちろん記憶は消して、私が吸血鬼だってことは忘れてるよ。それと、恋人同士だったけど別れることになったって言う記憶を植え付けてる」
「そうか、なら問題ない、移動しよう」
明石と男は地下室から和久を連れ出し、別のセーフハウスへと移動を開始する。
「尾行がつくかもしれない、尾行がいるかの確認は見逃さないようにやるぞ? いいな?」
「ええ」
短く答え。私と店長は速やかに移動する。地下室を出てしばらく歩くとカフェがあった。
明石達はカフェの中に入り、商品を注文し席に着く。明石は和久を席に座らせ、明石と男は小声で話をする。
「今の所、こっちは尾行らしい人間は見当たらなかった。そっちは?」
私は店長に問いかける。二人もいるのだから、見逃す確率は低いはずだ。
「一人後をつけて来てた。女性が一人だ。それと、そこの男の子はどうする?」
そう言い、男は和久に目を向けた。
「彼はこのままここに置いていくつもりよ、もうじき目を覚ますから、それまでには店を出ましょう」
「いいのか? 恋人なんだろ?」
「もう記憶は改竄したの」
明石は少し悲しげな目で言った。
「そうか」
男は短く答えた。短くてぶっきら棒に。
「この後どうする」
「ここから先は別行動で協力者のところに向かう、尾行に注意して」
「尾行を撒いた上で協力者のところで合流する。それじゃあ店を出ましょう。あと新しい身体をどう手に入れるかだけど、それは協力者のところで話しましょう」
それだけ話して明石と男は店を出て行った。
もう夕方、帰宅ラッシュが始まりかけていた。 男と別れた後、私は人混みの中へと移動する。人混みに紛れて目立たないように移動するためだ。カフェで話していた女性の尾行も私について来ているかもしれない。
私はそれとなく後ろを確認しつつ移動する。
あれ? 女性が一人で尾行って言ってたけど、もしかしてあの人のことだよね。私はわざと足を止めて後ろを振り返る。
間違いない白瀬だ。なんでこんなところにいるんだろう。ショップの紙袋を持った白瀬がそこにいた。白瀬と目が合う。白瀬が駆け寄ってくる。
「明石ー! やっぱり明石だったんだ! 後ろ姿が明石っぽいなぁと思ってたんだよ」
「もしかしてそれで尾行してたの?」
「だって! 話しかけて違う人だったら恥ずかしいじゃない。ほらこういうのなんていうんだっけ? 最近、SFものの小説か何かで読んだ、シュレディンガーの猫?」
シュレディンガーの猫は随分違う考え方の気がするけど、まあいっか。
「シュレなんとかは知らないけど、話しかけるのに勇気が必要だったってことは理解した」
そう言いつつ私は周りを見渡す。
「もしかして、和久さんとデートだったかな?」
「違う、今日は一人この後用があってそれで移動してたの」
白瀬はジーッと私を見つめてくる。
「用ってもしかして、男漁り?」
「そんなところかな」
「ねぇ、こんなところで話す話じゃないし、余計なお節介かもしれないんだけど、もうそろそろ男漁り控えたらどう?」
「いきなり何言い出すのよ?」
「ほら、明石って和久さんのこと本気で好きなわけだし、和久さん悩んでたし」
「それは確かにそうだけど余計なお世話」
少し間が空いて、白瀬は言う。
「ねえ、少し紅茶でも飲んで行かない?」
迷う、尾行がいないことは確認済みだけれど。
白瀬と会話している間に白瀬の後ろ側にいる人間達、白瀬に話しかけられる前に自分の前方に居た人間達は確認済みだ。尾行はいない。この時代の人気のある場所で魔女狩りで流血沙汰なんてやったら、それこそ私を襲った人間は刑務所行きだ。それに、白瀬と会うのは、これが人生で最後になるかもしれない。
「あんまり時間ないから十五分だけね」
「やったー」
喜ぶ白瀬を見て複雑な気持ちになる。私たちは近くにあるカフェに入った。
「それで、さっきの話の続きなんだけど」
白瀬は話し始めた。
「私は明石が何考えてるのかよくわからないし、なんで男漁りにこだわるのかよくわからないようなわかるような気がしてるんだよね」
「いきなり何よ、わかるのかわからないのかはっきりしないわね」
少し苛立ってしまった。
「んー、なんで言うか、私ね結婚願望強いと思うんだよね」
いきなり何を言い始めるかと思ったら結婚の話か。
「私達まだ、結婚考えるような歳じゃないでしょ」
「それはまあそうなんだけど、なんで言うのかな、心理学系の本読んだんだよね。それでさ書かれてあって、女性は自分の経験をもとに判断するって、だから私も男漁りじゃないけど、自分に合う結婚生活を送れるような男性ってどんな人なんだろうって思ってるわけで、でも男性経験はないわけでさ、その点明石は男を知ってるわけで、でも和久さんっていう本命中の本命がいるわけでさ、側から見てて複雑な心境なんだよ」
白瀬はそんなことを思っていたのか、実際は血を吸っているだけなのだけなのだが。白瀬にはそんなことを知る由もない。
「だからさ私も男漁りやった方がいいのかなとか思ったことあるんだよね」
「あなたそんなこと思っていたの? やめときなさい」
「それはなんで?」
「ロクな男がいなさすぎて男に幻滅するからよ」
「なんか説得力ある」
私の言葉に貫禄があったのか、白瀬はもうバカなことを考えなさそうだ。
「それとね私、和久くんとは別れたの」
「えっ! そうなんだ、あんなに好きそうだったのに」
「まぁすれ違いってやつかな」
「そうなんだ、なんか大人な回答」
白瀬はそんなことを言いながら時間を確認する。
「そろそろ時間だね、十五分くらいって言ってたでしょ?」
「そうね、そろそろ出ましょう」
そう言い、二人でカフェを出る。
「またねー」
白瀬は手を振って立ち去ってゆく姿を見送って私は目的地に向かう。もう会えないかも知れない友人の姿を見送るのは心に来る。
人気のない開けた道を通り、あたりを確認し、また人通りの多い道を歩いて尾行の有無を確認する。
もちろんスマホは持っていない。この時代はGPSがある。便利なものだけれど私たちから見れば恐ろしくもある。魔女狩りが横行していた時代にこんなものがなくてよかったと心から思う。
そうこうしているうちに目的地に到着した。入り口に男の持ち物が置いてある。男はもう来ているようだ。
中へと入り協力者と事前に打合せで教えてもらっていた地下室の入り口へと向かう。
地下室の扉はカモフラージュされている。そこを開けると地下室に入れる。
これから先どうしよう、今使っているこの身体ももう使えない。かなり気に入っていたのだけれど、新しい体に変えるしかない。もし新しい体に乗り換えても和久は私だと気づいてくれるだろうか?
気づくわけないか、全くの別人になるのだから。
もしもほんの僅かな希望だけど、もう一度、和久に会ってもう一度、彼と恋人になりたい。 そんなことを思いながら地下室へ向かう。
地下室の扉を開け中に入るとそこには嗅ぎ慣れたとても良い香りがした。いつもこの香りに心を癒されている。
命の源の香り。
それが地下室から溢れ出ていると言う恐怖感に私は襲われる。これ以上ないほどに充満する濃い血の香りだ。
地下室にはカフェで別れ、ここで合流することになっていた男、狼男の血を引く男、店長の池内陽が倒れていた。
その隣には服に血のついた。いや、血を流した和久が蹲っている。
「またあったね明石ちゃん」
その傍らで笑顔の白瀬は両手についた血を拭っていた。
「明石ちゃんの尾行をやってたら和久さんがカフェで眠らさせれてたから連れて来たんだよ。感動の再会だね!」
白瀬が笑みを浮かべてそう言う彼女を見て頭に血が上った。白瀬がやったのだ。友人のフリをして私を監視していたのだとここにきて気づかされた。頭に血が上り、怒りを抑えきれなくなる。
「白瀬っっ!」
おそらく私の目はもう既に見たこともないほどに紅く染まっているだろう。でもまさか、私が身近にいる人間が魔女狩りだと気づかないなんて!
自分の失態を嘆いている余裕はない、ここで白瀬をどうにかしないと私達には生き残る手段がない。
白瀬に向かって思いっきり回し蹴りを叩き込むその脚は空振りに終わった。空振りに終わった足が近くの机に当たり粉砕させた。
「今のは危なかった」
そう呟く白瀬の姿が霞んで見える。段々と足元がおぼつかなくなり、意識が遠のいていく。
何かがおかしい。そう感じながらも私は拳を白瀬の体に叩きつける。
バキッと何かが壊れる音がする。でも骨じゃない服の中に何か防具を仕込んでる。そこまでわかったところで私は意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます