第5話 秘密を隠す最大の方法は秘密を持たないこと

 和久の自宅にて


 俺は眠れなかった。


 この間のできごと、明らかに明石に似た女性が男の血を吸っていた。


 あれは本当に他人の空似だったのだろうか、気になって眠れず睡眠不足だ。


 睡眠不足の体を無理やり起こしベッドから抜け出す。


 身支度を整えて、受験勉強のために学校へと向かう。


 この時期の休日に学校に来ている生徒は殆ど受験勉強のためだ。


 何せもうすぐ春休み。


 早い人間は高校二年生が終わるまでの間に高校三年生の授業内容を終わらせて、せっせと勉強をしている。


 市営の図書館で勉強する者もいれば、学校の教室で勉強する生徒もいる。


 さらに言うと受験勉強を終わらせている人間はとっくに高校二年生までに受験範囲の勉強を終わらせている。


 まあ、そういう人間は一部だが。


 俺の通う学校は別に進学校というわけではない、自由なのだ、それでいて進学校の生徒並みに偏差値が高い生徒がいたりする。


 さらに言うと今日は休日、他の生徒も学校へは来ていない。


 俺は目標にしている大学の合格水準に到達していない、とはいってもまたまだ時間はある。


 今日は明石と一緒に勉強する。


 明石はあれで物知りで成績もいい、俺の受験勉強にも付き合ってくれる。わからないことは教えてくれる。


 この間のこともあったので、どう顔を合わせたらいいのかわからないが、それでも約束している以上は会わなきゃいけない。


 学校に入り、教室へ入室すると、そこにはすでに明石がいた。明石はすでに問題集を解き進めている。開け放たれた教室の窓のすぐ傍ら、窓際の席に座って問題集を見ている。


 どう声をかけよう。まずは挨拶からでいいか。


「おはよう明石、早いね」


「和久くんおはよう、今日は体調いいから早く来ちゃった」


「早速、勉強を始めようか、って言っても、明石はもう始めてるか」


「そうね、和久も早く座って勉強を始めたら?」


 明石に促され、明石の正面に机を移動させ、俺は問題集を広げる。二人して机に向かい、問題を解き始める。わからないことがあったらお互いに聞き、解答を見せ合う。


 昨日のことさえなければ、そんなあり触れた受験前の恋人と来年受験する俺の勉強会


だ。


「和久は勉強の調子どうなの? 問題集進んでるの?」


「進んではいるけれど、油断はできないってところかな、でも俺にはあと二年あるわけだし、そういう明石はどうなんだよ?」


「あら、私は高2の時点で模擬試験でA判定よ、和久とは頭の出来が違うの」


「それはうらやましい」


「恋人が優秀でよかったわね。私の頭蓋骨の内側には、あなたの脳より遥かに質のいい脳がつまっているわ」


「自画自賛にもほどがあるだろ」


「あら、私としたことが間違えたわ、和久の頭蓋骨には凝り固まった硬くて小さな何かが詰まっているわ」


「硬くて小さな何かなんて表現じゃなく、ちゃんと脳と言ってくれ!」


「じゃあ言い直すことにするわ。落花生みたいな小さな脳が所広しと、頭蓋骨の中で暴れまわって、まるで神社の鈴のように、カランコロンと音をたてているわ」


「俺にお賽銭を投げて、体を揺すると願い事がかないそうな言い方はやめてくれ」


「ちょうどお財布の中に五円玉があるの、ほらあげるから頭を揺さぶりなさい」


「俺の頭部には御利益なんてものはないぞ」


「ああ、やっぱり止めておくわ、災いが起こりそうだから」


「人を疫病神みたいに言うな! 逆に思いっきり頭を振ってやる」


 そんな他愛もない無駄話を時々挟みながらの勉強会が開かれてしばらくたったころ頃、校内放送が流れる。


「校内に不審者が出没しました。見かけたら逃げてください」


 そう放送された。繰り返される放送。


「不審者って、明石教室の鍵閉めて誰も入ってこれないようにしよう」


「そうね、和久が頭を振ったから、災いでも降りかかってきたんでしょう」


 そう言った矢先、スマホからアラートが鳴った。


「えっ何?!」


「jアラートか何かかな?」


 内容を確認する。


 そこには驚きの情報が流れていた。


『明石葵さんすぐに学校を出て外の車に来てください』と文が書かれていた。


 俺は驚いて明石を見る。


「明石、これおかしくない? なんで明石の名前がJアラートで出てるんだ? 変じゃないか?」


 俺が聞いているにもかかわらず、明石は窓から外を見ていた。俺も明石と同じように窓から外を見る。そこにはパトカーが停まっていた。


「本当に疫病神にでも祟られたのかしら。これはまずいね、スマホは電源切って、逃げるから着いてきて」


 何を言っているのか全く訳が分からない。だけれど落ち着いた声で言っている。


「早く荷物まとめて、顔も隠して!」


 明石の口調が強くなり、俺は言われるがままに荷物をまとめ、顔を隠せる手頃な布やマスクを探す。


「これ使って」と明石が布を渡してきた。


「スマホはその中に入れて! 早く!」


「なんなんだよ一体何が起こって!」


「静かにして、必ず私が守るから、荷物まとめて顔を隠したら、私につかまって!」


 腕を掴まれなされるがままに、明石に抱き寄せられる。


「それと、和久ごめん、少し血を吸わせて!」


 えっ! と声を出す前にいきなり腕に噛みつかれた。腕から血が溢れ出す。


「痛いっ!」


 俺の血を飲んだ明石の目は裏路地で見た少女の様に赤く染まっていた。


「逃げるよ和久! それと、説明は後にするね!」


 明石はそう言って、俺を抱き抱え、さらに荷物まで抱えた明石は猛スピードで教室を飛び出す。


 女の子とは思えない速さで廊下を走り抜けていく。明石は校舎裏に面する窓を開けて、窓枠に足をかける。


「ちょっと明石、何やって!」


 そう言おうとしたのも束の間、明石は三階の窓から飛び降りた。死ぬ! そう思ったのもほんの少しの間だけだった。


 明石はものすごい音を立てて着地し、そのまま校舎裏から道路へと走り去る。


 そのまま入り組んだ道や住宅街、ビルとビルの隙間や人混みの中に紛れ込み、最終的には表通りから裏道に駆け抜け、飲食店に入って行った。それも勝手口から。


 俺は明石にされるがままにここに連れてこられた。一体何が起こっているのかさえわからない俺をよそ目に明石は店長らしき人物に言った。


「お願い匿って緊急事態なの!」


「追っては撒いてきたんだろうな?」


「もちろん!」


「スマートフォンは?」


「この中に」


 明石そう言い部屋の中の電子レンジに俺と明石のスマホの入った袋を投げ込んだ。


ここに到着するよりも前に、校舎から飛び出たすぐ後に、俺のスマホは明石に回収され電源も切られ、謎のグレーの袋に入れられていた。


 電源も切ってるし、電波の遮蔽もしてる。明石はと言いたいのか。


「それで、そっちの男性は誰なんだ」


 男はそう聞いてきた。初めて見る男だ。かなり体格のいい男性だ。


「私の恋人です」


「巻き込んでしまったと?」


「そう言うことです・・・」


 少し沈黙が流れる。


「まあいいしばらくここにいるんだ。こっちに」


 そう言われ、部屋の奥に中に通される。店の奥に入ると地下室への入り口のようなものが見えてきた。


「ここは一体、それに何が起こって!?」


 店長は答えた。


「明石、もしかして彼氏さんには何も言ってないんじゃ?」


「・・・そうなんです、言えるわけもないので」


「そうか、じゃあ今からでもちゃんと説明しとけよ」


 店長は言い、明石は静かに頷いた。


「二人とも地下室へ」


 店長と呼ばれた男に促され、地下室に入っていく。


 真っ暗な地下室の電気をつけようとする明石の目は紅く輝いていた。


 地下室に入り、俺たちは荷物を下ろした。


 明かりをつけた後の明石の目は段々と紅い瞳からもとの黒い瞳に戻っていた。


「えっと、驚かせちゃったかな?」


 明石は少し言いづらそうな顔をして話しかけてきた。


 俺と明石の間に少しの沈黙が流れる。


 俺は何を答えたらいいのかわからない。でも返答はしなければならない。


「あぁ、驚いたよ。一体何が起こってるんだ説明してくれ」


「説明したいのだけれど、正直に言って、どこから説明したらいいか、それに説明したら私のこと嫌いになったり、怖かったりするかも知れないけど、それでも聞く?」


「説明をしないで済むような状況だと思ってるのか?! 校舎から飛び降りて、それも三階だぞっ!」


 思わず感情的に問い詰める。


「そうよね、説明しなきゃいけないわね」


 そう言い明石は俺の瞳を見つめる。


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