第32話 パーティしちゃおっか!

「まったく。こんなことをやらされる羽目になるとはな……」


 俺たちは学園敷地内の図書館で、清掃活動に勤しんでいた。


「まあまあ。これはこれで、わたしは結構楽しいよ~」


 そんな俺たちにレナは苦笑を向ける。


「ふたりとも自由なのはいいけど、暴れすぎなんだと思う」


「しかしルールは守ってたんだぞ。壊すなと言われた物は壊してない」


「いやもう、その愚痴何回目だよ。常識的に考えろって。ダンジョンぶっ壊すのはルール以前の話なんだよ……」


 グレンも呆れ顔を浮かべている。


 俺とアリアはエミリー教師に命じられて、長期休暇に入った学園のあちこちを清掃して回っているのである。活動は午前中だけなのが唯一の救いだ。


 多くの生徒は実家に帰省したり、バカンスに出かけたりしている。


「でも、レナちゃん。手伝ってくれるのは嬉しいけど、帰らなくてもいいの? 領主様、久しぶりに顔見たいんじゃないかなぁ」


「いいんですよ。私ひとりで帰っても、ふたりがいないと寂しいですから。お義父とうさまにも手紙で伝えてあるし」


「……レナはともかく、グレンはなんでいるんだ? 迎えも来てただろう?」


「あんな家にいるより、お前らとつるんでるほうが面白いんだよ」


「物好きなやつめ。って、おい。上から埃を落とすなっ、下の本をまだ片付けてない!」


 そんな感じで、俺たちは清掃を続ける。


 が、大量の本があれば興味を惹かれてしまうのは当然だ。


 俺たちはいつしか清掃をそっちのけに、気になる本を読みふけってしまうのである。


 いや、仕方ないだろう。過去に存在した勇者たちの覚醒能力の記録なんて、読んでみたいじゃないか。


 しかし、ほどほどにしないと今日のノルマが終わらん。


 それにエミリー教師は帰郷せず俺たちを監督する気合の入れようだ。サボっているところを見られたら、またなにを言われるかわかったものじゃない。


「おい、アリア。読んでる場合じゃないぞ」


「あっ、そうだった!」


 アリアは名残惜しそうに本を閉じる。その際、タイトルが目に入る。


「ん? 古代イジプタ王朝の系譜と物語か。歴史に興味を持っていたのは意外だな」


「う、うん。ちょっと最近気になってて……」


 そこにグレンも加わる。


「古代イジプタって言えば、ネフェル王とメナト王妃の話が有名だよな。困難や反対を押しのけて姉弟きょうだいで結婚したってやつ。うちのメイドたちにも結構人気で――」


「わぁあ、グレンくん! それはいいからいいから!」


 なぜか慌てたアリアは、ばんばんっ、と分厚い本でグレンを殴打する。グレンは床に沈んだ。


 一方、レナは新聞を読んでいた。


「なにか面白い記事があったか?」


「うぅん、ちょっと気になっただけ」


 何気なく覗くと、ドミナ系魔族の記事があった。


 北の不毛の地で開拓を続けている平和的な魔族の一団のことだ。


 それとはべつに、王都の第6騎士団の話題もあった。数週間前に、魔王ゼートリック4世傘下の魔将を討伐に出た。しかし、その後消息を絶ったという。


 北へ向かっていたというのが、最後の目撃情報だそうだ。


 ……どういうことだ?


 やつらは王の勅命で、開拓中のドミナ系魔族を襲ったはずだ。


 それが消息不明? 他に任務がありながら?


 北に向かっているのは間違いなさそうだが、俺の記憶と食い違いがある。歴史が変わってしまったのか、それとも……?


「カインくん、どうしたの?」


 レナが心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。


「……なんでもない。それより、さっさと掃除を済ませるぞ。午後には用事があるんだ」



   ◇



「わぁあ! ありがとう、カイン!」


 午後には学園近くの街へ出て、買い物をしていた。


「ふん、結果を出した者には当然の権利だ」


 少し遅くなったが、試験が上手くいった褒美だ。望む物を買ってやった。


 さっそくアリアは俺が贈ったペンダントをつけてみせる。


「えへへっ、似合う?」


「……ああ、まあな」


 安物でもこんなに喜んでくれる。それによく似合っていて可愛い。


 これなら、もう少し高い物を選んでやっても良かったかもしれないな。


「じゃ、次のお店行こっか?」


「おい、まだ欲しいのか。ダメだぞ、褒美はひとつだけだ」


「違うよー。カインもいい成績だったんだから、カインにもご褒美。なにがいいかな? リクエストある?」


 考えるまでもない。子供の財力で買える程度の物に興味などない。


「なら……久しぶりに、なにか菓子を作ってくれ」


 なぜだか少し照れてしまう。


 アリアはにんまりと笑顔になって、抱きついてきた。


「いいねー! 腕によりをかけちゃうよー!」


「お姉さん、それなら私もお手伝いしていいですか? お菓子作り、覚えたいんです」


 一緒に来ていたレナの申し出に、アリアは大きく頷く。


「もちろん! あっ、それならカインの誕生日も近いし、パーティしちゃおっか!」


「ならオレも一枚噛ませてもらうぜ。肉料理なら得意だ」


 グレンも同調する。


 俺の意見も聞かずに盛り上がっていくが、悪い気はしない。


 この陽だまりのように温かな空気は、むしろ、懐かしくて好ましい。


 でも、だからこそ、それらを失った日の痛みが胸に走る。


「カイン、いいよね? ご褒美は、盛大な誕生日パーティで!」


「……ああ、いいよ」


 アリアの問いに、俺は感情を取り繕って答えるのだった。




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