正史編④ 学園のいじめ
――これは、本来の歴史の物語。
◇
クラス選別試験の結果、アリアはSクラスに決まった。筆記試験は散々な結果だったが、実技試験では抜群の成績だった。試験用のゴーレムを、学園史上初めて破壊したのだ。
その結果が気に入らないのか、なぜか喧嘩を売ってきた男子生徒がいた。同じくSクラスに入ったというのに、なにが不満なのだろう。
模擬戦をしたいというので相手をしてやった。もちろんアリアが負けるわけがない。だが、これまで会ってきた人間の誰より強かった。
「すごいね。すごく強い」
「こ、の……ここまでボコっておいて言うことがそれかよ……! 侮辱しやがって!」
褒めたのに、どうして怒られたのかわからない。
「あの、アリア・アーネストさん。謝ったほうがいいですよ。この子、ラングラン家のご子息です。あとでなにをされるか、わかりません」
試験官もやっていたメガネの女教師が不安げに教えてくれるが、アリアは首をかしげる。
「戦って欲しいっていうから、戦っただけなのに?」
この一件で、アリアは過剰に目立ってしまった。
アリアの素性を知らない生徒たちは、その無口で無愛想な様を、クールビューティだと好意的に受け取った。
その後、入学式を終えると、たくさんの生徒が、お近づきになろうと声をかけてくる。
しかし村を追放されてからずっと酷い目にあってきたアリアには、その親しみの声が別の意味に聞こえた。
優しい声をかけてくる者は、自分を騙そうとする者だ。
「わたしに、そんなこと言っても無駄だよ」
知ろうとする者は、弱点を探ろうとしている者だ。
「わたしのことなんて、あなたには関係ない」
触れようとする者は、なにかを盗もうとする者だ。
「……触らないで」
アリアの警戒心と猜疑心は、早々に周囲の者を遠ざけた。
そして実技で素晴らしい成績を納める反面、座学ではまったくついていけない。
それでいて無教養。新寮生歓迎会や学園行事でパーティが開かれても、作法も知らず、ダンスも知らず、ただ無愛想に、無遠慮に、食事を口にするだけ。
そんなアリアの様子を快く思う者はいなかった。
「まあ……卑しい。随分とお育ちが悪いのね」
「あの子、お勉強もまったくできないそうよ」
「では戦技だけでSクラスに? それではまるで獣だわ」
きっかけは、ちょっとした悪戯心だったかもしれない。
ある日、食堂で。トレイに乗せた昼食を運ぶアリアに、ある女子生徒がわざとぶつかってきて、食事を台無しにされてしまったのだ。
女子生徒からすれば制服を少し汚してやる程度のつもりだった。だが、飢えた経験から食べ物に執着するアリアに対しては逆鱗に触れるに等しい行為だった。
その女子生徒の胸ぐらを掴み、「元に戻して」と迫った。女子生徒からすれば、想像を絶する恐怖だったのだろう。泣き出してしまった。
複数の生徒が集まり、教師までが駆けつけた。そしてアリアが悪いことになった。なにもしていないのに、アリアが急に因縁をつけてきた、と。
真実は違うのに、全員が鵜呑みにした。アリアは猛獣の類であるとの認識が広まった。
「獣には獣らしく躾けが必要ですわ」
誰がそう言い出したのかはわからない。
生徒たちはアリアを無視するのは当然として、本人にバレないよう嫌がらせも始めた。
寮や食堂で出される食事に、虫や汚物を混ぜたり。洗濯して干していた制服が切り刻まれていたり。教室ではアリアの机も椅子も撤去された。
放浪生活では命の危険もあったが、こんな風に毎日嫌がらせはされない。みんな生きるのに必死で、そんなに暇ではない。必要がなければ他者を害することはない。
日々は苦しかったが、安らぎがなかったわけではない。
あのメガネの女教師だ。名をエミリーという。
「先生、魔族のこともっと教えて」
魔族についての講義のあと、アリアは初めて質問に行った。それがきっかけだった。
入学当初はアリアの授業態度に腹を立てていたようだが、それが教育を十分に受けていないがためのものだと知ると、親身になってくれたのだ。
「そうだったのですね、誰からもなにも教わっていなかったなんて……本来、そういうのは後ろ盾になった貴族がやるべきなのですが……わかりました! では私がなんでも教えてあげましょう!」
エミリーは本当に、勉学に行儀作法にダンス、魔法までなんでも教えてくれた。その中でアリアが最も関心があったのは、やはり魔族だ。
魔族について学ぶたびに、自分の家族を奪った魔族への怒りを募らせた。そしてやつらを殺すために、より強くならなければと願うようになっていく。
けれどエミリーと過ごす穏やかな時間には、ずっと忘れていた平和な空気もあった。家族と暮らしていたときのような、優しい雰囲気。
アリアは失くしていた明るさを、取り戻しかけていたかもしれない。
けれどそれも長く続かない。
「ごめんなさい……もう、放課後にアリアさんに付き合えなくなってしまいました」
「なんで」
「私、貧しい家の生まれなんです。貴族が後ろ盾になってくれたから、学園で学んで教師にもなれたんです。でも、だからこそ……長い物には巻かれないと生きていけません……」
きっと、アリアを孤立させようとする誰かが手を回したのだ。アリアはそれをなんとなく察した。
「わかった。今まで、ありがとうございます」
「ごめんなさい……」
こうして、アリアはまた独り。
生徒から嫌がらせを受けても、教師から必要以上に詰められても、エミリーはもう声をかけてくれない。目も合わせてくれない。
彼女の事情もわかっていたが、アリアにはそれが一番つらかった。
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