「あ、えっと、初対面だから失礼のないように敬語がいいかなと思って」

「ふーん」緋奈は手に持っていた日程表を丁寧に折りたたみ、机の上に置くと「律儀なんだね」と続けて、希春に優しい微笑みを向ける。

 カシャリ。また彼女の表情は、その色を変える。

 希春は俄然(がぜん)、今朝のことが気になってきた。出会ったばかりだけど、緋奈が自分の感情に素直な子だというのが、ひしひしと伝わってくる。一歩、勇気をもって踏み出す。

「あの、鏑木さん。一つ訊いてもいいかな?」

「ん? いいよ。何でも聞いて」

「今朝、正門に立ってたけど、どうしてあんなに――。その――」

「落ち込んでいたのか?」

「う、うん」

 緋奈が唇をキュッと一文字に結ぶ。

「あたし、織坂さんに見られてたんだ……」

「ごめんなさい。気になっちゃって」

「ううん、いいよ。全然」

 緋奈は少し俯くと、そのまま静かに話しはじめる。

「あたしね、ほんとは市街地の方にある進学校に行くつもりで受験勉強してたの。でも、その進学校の受験に落ちちゃって今ここにいるんだ」

「それじゃあこの高校は――」

「うん。本命じゃない。――でもね、それはもういいの。受験に落ちちゃったのは私の努力が足りなかっただけだし、出た高校で人生決まるわけじゃないし」

「じゃあ、どうして」

「――家族」

「えっ?」

「うちのお父さんとお母さん、今離婚調停中なの。二人とも顔を合わせたくないからって理由で、あたしの入学式に来てくれなかった」

「――そんな」

「ひどい親だよね。――だからあたし、たくさん勉強してお父さんかお母さん、片方だけにでも『頑張ったね』って言ってもらいたくて、進学校行こうとしてたんだ」

 緋奈が顔を上げ、れた瞳が真っすぐに希春の姿を捉える。悲哀を湛えた黒真珠が、光を反射する。

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