ヘルモードの異世界をもう一度

チャラン

第1章 異世界タナストラスでの歩み始め

第1話 部活帰りの大事件

 威勢の良い気合声がそこかしこに聞こえる剣道場……。


 その中で体格は大きくないながら素晴らしいスピードで動き、互角稽古で3年生の主将と渡り合う青少年がいる。彼、矢崎俊也は、この強豪樫木坂高校剣道部のホープで十年に一人の逸材と言われ、部員から一目置かれていた。


「よし! 今日はここまで!」


 彼の打ち込みを何とかかわしていた主将が大声で稽古の終了を告げる。互角稽古を終えた後、切り返しの打ち込みを行い、今日の部活は終わった。時刻はまだ夜7時にもなっていない。強豪剣道部を有するながら樫木坂高校は文武両道で、部活動時間は短く濃密に取っていて、学生が帰宅後勉強をする時間も充分に考えている。


 俊也は面を取り剣道具を片付け、部活動の先輩や同級生の仲間達と挨拶をした後、剣道場から家路についた。面を取ると優しい輝きを持つ目をした、まだ少し可愛らしい幼さが残る顔が見える。


 彼の家路は、途中で中規模の教会の前を通ることになる。その敷地はなかなか広く、地区では有名でもある。いつも通り竹刀袋を担ぎ、俊也は家路を歩いて帰っていたが、彼は生まれて始めてみる奇怪な光景を目の当たりにすることになる。


「グルルルル!!」


 狂犬と思われる大犬が教会の前で、修道服を着た少女へ今にも飛び掛からんとしている。少女の髪はやや珍しいことに赤いことが、満月の明りから見て取れた。少女は大犬の狂眼に睨まれ、全く身動きができず固まってしまっている。


「これは! 何とか助けないと!」


 俊也は竹刀袋からするりと木刀を出し、狂犬に向けて正眼に構えた。今日は型の稽古があったので、竹刀の他に威力が高い木刀を持っていた。相手は狂犬でこちらは背後を取っている。俊也は一気に間合いを詰めると、彼の容貌からは想像できない高速の振りで、狂犬の脳天をかち割った。


「えっ! この犬は何なんだ!? 目が三つあるぞ!?」


 まさしく異形である狂犬……いや妖犬のおぞましい死骸を見て勇気が高い彼も驚き、軽い身震いを覚えた。そこまでを見ていた赤髪の少女が俊也に、


「助けて頂きありがとうございました。その妖犬は私がやって来た世界、タナストラスのモンスターでラダと言います。でも一撃で仕留めるなんて……すごい……」


 と、全く見えない話をしている。ぱっちりとした目で小顔のチャーミングな美少女である。その容貌から言っているのもあって、話をますますミステリアスにしている。


「??? 何言ってるのかよく分からないが……こんな状況だと君一人じゃ危ないから、君の家まで俺が送っていくよ」


 俊也は行きがかり上、彼女の面倒を見るつもりでいる。それを聞いた彼女はちょっと嬉しそうで、


「ありがとうございます! でも……私の家にはすぐには帰れないんです。あなたのお家に連れて行ってくれませんか? 会ったばかりですがお願いします!」


 と、俊也の手を握り強く頼んだ。彼はかなり真面目で夜遅くに女の子を自宅に上げることに、正直困惑したが、彼女の手を振りほどいてそのまま帰るわけにもいかず、家まで連れて帰ることにした。


「名前を訊いてなかったね? 俺は矢崎俊也。君は?」

「私は加羅藤からとサキです!」


 謎だらけの少女は、俊也がそれとなく手を外そうとするのにも構わず手をつなぎ、満月が照らす夜空の下、一緒に俊也の家まで歩いて行った。

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