第49話 呪いだと?【テオドール視点】

「ちょうど良かった。ララ、入って」

「失礼しま――ヒイッ⁉︎」


 扉を開けた女性、――ララ・オルティスだと思われる人物が、こちらを見るなり悲鳴をあげた。顔を見て頬を赤らめられたことはあるが、青ざめられたのは初めてだ。

 けれどもテオドールはララの失礼な態度をとがめることができなかった。自分も彼女の顔を凝視し、固まっていたからだ。


(呪いだと? 加護の間違いじゃないか)


 美醜に興味がない自分でもはっきりと分かるほど、彼女は整った顔立ちをしていた。ゴーグルで隠しているのかもしれないが、見える範囲に痣はない。

 小さな口が、助けを求めるようにぱくぱくと動く。


「お、お、おじ、叔父様……!」


(叔父様?)


 どういうことだとヘンリーに視線を向けると、彼は得意げに胸を張った。


「可愛いだろう? 私のめい

「……そういう情報は、早めに教えておいてもらえませんかね」


 先ほど自分は、ヘンリーの姪を五回も拒否したことになる。


「先に言ったら君の本心が聞けないだろう?」

「脈に異常をきたす恐れがありますので、私で遊ぶのはやめてください」


王国ミトスの頭脳』『王城の動く地雷』『変人の巣』といった、様々な呼び名のある開発局。それを束ねる局長にしては優しすぎる男だと思っていたが、どうやら勘違いだったようだ。

 

「ごめんごめん。お詫びと言ってはなんだけど、私の前ではもう少し肩の力を抜くと良い。『俺』って言っても怒らないよ」

「……今後はそのようにさせていただきます」


 普段の口調まで把握されているとは。これではどちらが捜査官か分からない。適度に力が抜けたテオドールがララに視線を戻すと、彼女はまだ顔を強張らせていた。

 ヘンリーがララに向かって手招きをする。


「ララ、こっちにおいで。彼は犯罪捜査局の局長。君の事情も知ってるし、悪い人じゃないよ」

「で、ですが、……剣が」


 ララの頼りない声を聞いて、テオドールは自分がボロボロの木剣を構えていることを思い出した。


(まさか、局長に襲いかかる不審者だと思われてるのか?)


 急いで木剣を下げ、危険人物でないことをララに告げる。


「オルティス伯爵令嬢、驚かせてしまい申し訳ございません。この剣は修理を依頼しようと思い持ってきたものです。あなた方に危害を加えるつもりはありません」

「そ、そうなのですか……」


 それだけ言って、ララはおずおずと進み始めた。しかしテオドールが握る木剣から目を逸らさなかった。ヘンリーの隣に立った彼女は、背伸びをしてそっと耳打ちをする。


「よ、よろしいですか叔父様。一振りだけです。一振り目さえ耐えれば、あの木剣は壊れます。隙を見て逃げましょう」


 この令嬢、人の話を全然信じていない。

 逃亡の相談も下手くそだし、おまけに引っかかる発言をした。

 

「待て、今なんて言った?」


 令嬢への態度としては死罪レベルだが、気にしている余裕はなかった。

 テオドールが詰め寄ると、ララは顔を隠すように俯いた。綺麗なのだから隠さなくて良いのに。


「隙を見て……逃げ、ません」

「いや、別に逃げようとしたことを怒ってるわけじゃなくて。その前だ」

「木剣は壊れます」

「それ。それだ。なぜ分かる」


 手に持った木剣を突き出して聞くと、彼女は上目遣いでこちらを見る。無自覚なのがたちが悪い。

 

「なぜと言われましても、壊れるように見えるから、としか」

「一振りで壊れるのか?」

「はい」

「彼女が言っていることは本当ですか?」


 ヘンリーに確認すると、彼は軽く首を傾げた。


「ララが言ってるんだからそうなんだろうねぇ」

「あなたに分からないことでも、彼女には分かる、と?」

「私は何でもできる局長じゃなくて、人と組織のバランスをとるのが得意な局長だから」


 ララの方が秀でている分野もある、ということなのだろう。年齢差的にもそう簡単に追いつけるものではないと思うのだが。

 腑に落ちず考え込む。その間、ララはヘンリーに「あの方、本当に不審者ではないのですか?」と質問していた。聞こえてる。聞こえてるから。

 

「俺は不審者じゃなくてテオドール・グラント。これでも捜査官だ」


 不機嫌そうなテオドールと不安そうなララを交互に見たヘンリーが「じゃあこうしよう」と木剣を指さした。

 

「グラント卿。武器用の試験室に案内するから実際にそれを振ってごらん。やってみた方が納得できるだろう?」

「まあ、そうですね」

「君はララの目を疑ってるみたいだから他の木剣でも試そう。ララ、この箱の中ですぐに壊れそうな物はあるかい?」

「えーっと……」


 ララはテオドールが捜査局から持ってきた箱を眺めると、その中から十本の木剣を抜き出した。


「――で、こちらが二十五回、こちらが三十七回振ったら壊れます」

「言い切って大丈夫なのか?」


 すらすらと答えたララにテオドールが聞くと、彼女はハッとしてこちらから距離をとった。


「間違えたら捕縛されますか?」

「しない」


 とんでもなく心が狭い男だと思われているようだ。初っ端の印象が不審者であるため、捜査官という認識になっただけマシとも言える。


「とりあえず、試してくるか」


 ララが出した答えを頭に叩き込んだテオドールは木剣を抱え、半信半疑で試験室に向かった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る