第25話「ほわっとえばー」


 図書館から場所を移し、帷神社。

 アタシたち四人は居間で爺さんに一連の話をした。爺さんはずっと静かに話を遮ることなく最後まで聞いてくれた。テーブルの上に置かれた四人分の湯呑みから立ち上る湯気は消え去っている。

 

 「全て真実だよ。それがヤトノ祭りの始まりで帷神社が管理者となった経緯。この神社の宝物殿にも記録が残っている。恵理子様にも聞かされた」

 「恵理子様にも聞かされた? それってアタシらのご先祖様だろ?」


 それこそ何百年も前の。この言い方だと書物じゃなく、本当に教えられたように聞こえる。

 だけど爺さんは澄ました表情で頷いた。嘘じゃないらしい。

 

 「恵理子様も夜刀神様の一部のようなものだからのう。夢枕で会った時は驚いたよ。友達のように気さくに話しかけてくるものだから……」

 「あの本に書かれてた印象通りの人だなご先祖様」

 

 アタシは隣に座る月乃を見やる。コミュ力はきっと月乃みたいな感じだったのだろう。神様を魅了してる辺りそれより上のレベルかもしれない。

 そんな月乃はずーっとムッとしていた口を開く。


 「あの……夜刀神様は守り神なんですよね? なら白い蛇の妖怪が人を襲ってる理由って何なんですか?」

 

 その言葉で爺さんの表情が初めて変わった。眉を八の字にしてアタシを見る。

 そして、大きく頭を下げた。


 「心優も月乃君たちも……本当に、本当に、すまない」

 「爺さん?」

 

 アタシと同様に月乃たちも驚いてるのが空気で分かる。

 

 「全部儂の責任なんじゃ……夜刀神様の眷属が暴れるのも心優の特異体質も」


 爺さんは今にも自分自身を殺してしまいそうな悲哀の感情で一杯だ。

 爺さん、違う。月乃たちが聞きたいのはそんな謝罪なんかじゃない。それにアタシの予想が当たっているなら。


 「違う。爺さんの所為じゃない。もしもアタシの想像通りなら責任があるのは月乃たちも含めた島民全員だ」

 「心優……まさか全て知っていたのか?」

 

 震える肩が止まり、爺さんが顔を上げた。


 「知ってたって言うか、本の記述で少なくとも状況は分かったとは思う。ただ、アタシの特異体質については分からねぇから教えてくれ。月乃たちもそれを望んでる」

 「教えて下さい」

 「わたしも知りたいです」

 「僕も……責任があるのなら知っておきたいです」

 「君たちは……あぁ、本当に。今、お茶を淹れ直そう」


 冷めてしまった四人分のお茶を新しく淹れる爺さん。悲しさと嬉しさが混濁した様子で淹れ直さなかった自分のお茶を含み、これまでの話を紡いでいく。

 まずは夢枕に現れたご先祖様の話だった。

 ご先祖様は夜刀神の伝説に懐疑的だった当時の爺さんを説得する為にヤトノ祭りの前夜に姿を見せたのだと言う。

 そこまでされたら信じるしかないよな。


 「そして恵理子様は言った。どうか夜刀神の存在を風化させないで、と。しかしもう遅かった。既に伝説を知っている島民は儂らの世代くらいで若い世代は信じるどころか認識すらしていなかった」

 「「「……」」」

 「君たちを責めている訳じゃない。これは帷神社の管理人である梵家の怠慢だからの」

 

 思わず黙りこくる三人に爺さんが優しく笑みを浮かべ、話を続ける。

 

 「どれだけ伝説を広めようとしても若い世代は電子機器に夢中で歯牙にも掛けない。歴史も知れば娯楽のようなものなのじゃが……神話なんて特にのう」

 「皆んなに夜刀神様を知って貰うことが妖怪騒ぎをなんとかする手立てだった?」

 「「えっ?」」


 會澤の発言に月乃と綾人はきっと思っただろう「そんなことで?」と。

 やっぱり會澤が一番最初に気付いた。流石はド級のオタク。


 「七海君、鋭いね。前に心優には言ったことがあるが、神様や妖怪と呼ばれる存在は認識が重要なんだ」


 神や妖怪は人々からの期待や恐怖で存在を強固にしたり、在り方が変わったりするとアタシは爺さんから聞かされている。

 その解説を聞き、綾人はなんとなくは理解したようだ。

 月乃はお茶を飲んで誤魔化してるけど。


 「元々人間を忌み嫌っていた夜刀神様は恵理子様と共に人間たちと触れ合い、人間を好きなるのと同時に人間たちも外からの異形を薙ぎ払う夜刀神様を好きになった。その愛で夜刀神様の悪神としての側面は隠れ、守護神と変わったのだよ」

 「だけど、その愛は事実が伝説になり、風化していくことで失われていった」

 「受け継ぐと言うのは難儀なもので、科学の発展で妖たちの存在は薄れてしまった。異世界の扉や魔法が現れ始めた最近になってやっと戻り始めた。しかし、夜刀神様の在り方は悪神へと変わってしまったのだ」

 

 人々を愛し、人々から愛された夜刀神は変わらず島を守り続けてきたのだろう。

 けれど、どれだけ頑張っても頑張っても人々からの信仰は薄れ、遂にはヤトノ祭りの意味も分からない人間ばかりでただ騒ぐだけになってしまっている。

 ……怒られても仕方ないとしか言えねぇ。

 愛されないまま時間が経過すると拗れやすくなるのは神様も人間も同じらしい。

 

 「儂は喧伝を諦め、戦う為の修行をし、大渕山に向かった。しかし、夜刀神様には歯が立たなかったのう。最近は更に手が付けられない。眷属を倒すので精一杯じゃ」

 

 皺くちゃでボロボロの両手を悲しそうに見つめる爺さん。

 最近、疲れている様子だったのはそれが原因だったのか。無茶しやがって。


 「恐らく夜刀神様が直接出向かないのは恵理子様と守護神としての夜刀神様の細やかな抵抗があるのだと思う。ヤトノ祭りの効果もあるやもしれんのう」

 「一応、祭り自体は続いてるからか」

 「じゃあソヨの特異体質は?」 

 「それも抵抗の一種なんじゃないかと思っている。強大な神の力を分け与え、自身の力を少しでも弱めようとしてるのか……恵理子様とも話せていないから詳しいことは……心優には本当に迷惑を掛けてしまった」

 「いや、謝らないでくれよ。爺さん」


 アタシはこの特異体質の所為で両親に捨てられ、本土の友達にも見放された。

 確かにあの時は死にたくなったし、こんな力なんか! と何度思ったか分からない。もう覚えてすらいない。

 でも、最近ちょっとだけ特異体質を前向きに捉えられるようになった。

 特異体質があったからkoMpasに出会えた。ロックに出会えた。夢中になれるものに出会えた。

 そして特異体質だったからこそ特別を愛する月乃に会えた。

 こんなにずっと考えっぱなしになる友達は初めてで、これが果たして何を示す感情なのか分からないけど、そう思える人が居ることが幸せで。

 都合の良い考え方だと言われるだろう。

 だが、それで何が悪い! アタシの持ってるものをどう認識しようがアタシの勝手だ。そんなことを言う奴には中指立ててやる。

 

 「アタシ、特異体質で良かったって思いたいんだ。まだ完全じゃないけど月乃たちのおかげでちょっとだけそう思える。だから謝らないで」


 こうなったのは必然で、意味があると思えば楽になる。

 爺さんは戸惑うように見開いていた目を細め、泣きそうになりながら朗らかに笑った。

 それにホッとする。爺さんの悲しい顔は見たくない。


 「そうか……そうか。そう言ってくれると救われるのう」

 「私に出来ることありませんか! 夜刀神様とソヨのご先祖様に感謝がしたいです! 出来るなら暴走を止めたいです!」

 「それはそう。ずっと守ってきて貰ったんだもんね」

 「僕らでまずは学校から広めてみたり?」


 月乃がまず勢いのまま立ち上がり、會澤と綾人が連なる。

 この三人組の行動力は凄いとつくづく思わされる。自分たちの責任がなくはないと言っても今だって襲ってくるかも知れない夜刀神に感謝をしたい。暴走を止めたい。

 あの話を聞いて直ぐそんな気分になれるなんて。

 一瞬、爺さんは面食らったけど直ぐに首を横に振る。


 「いいや、君たちが知ってくれたことが何よりだよ。夜刀神様のことは一先ず大人の儂に任せて欲しい」

 「でも……」


 捨てられた子犬のような目で爺さんを見つめる月乃。


 「だからヤトノ祭りを全力で楽しんでくれんか。夜刀神様も喜んでくれるはずだ」


 アタシたちに出来る精一杯を爺さんは教えてくれる。夜刀神を祀る神社の宮司が言うのなら間違いない。

 四人で顔を見合わせ、代表として月乃が声を高々と張り上げる。


 「はい! じゃあ全力で楽しみます!」

 「心優も、もう平気そうか?」

 「月乃に誘われたから今年は行こうと思ってた。心配なんか要らねぇさ」

 

 最近やっと過去のことがどうでも良いくらい楽しくなってきたところだ。

 ただ月乃がバイクの教習所に通ってるから祭りの日まではそんな頻繁に会えない。

 さて、どうやって祭りの日まで時間を潰そうか。

 なるべく楽しく潰すとしよう。

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