名物ガイド、あるかいぶつとのそうぐう


     (1)


 ファリロ・テッピは竜殻生まれ竜殻育ちの羽衣人である。

 外では『奇跡の地』や『新たな世界が創られる場所』など物々しく表現される竜殻神秘の大都市も、彼女にとってごく普通の地元に過ぎない。物心ついたころから背中の枝を伸び伸び広げ帯はためかせ、竜の逆側からやってきた人とも挨拶を交わしつつそこら中を駆け回っていた彼女にとって、その思いはごくあたりまえの帰結であった。

 

 ——大きくなったら、私の大好きな街……ホロハニエを盛り上げる仕事がしたい!


 認識は行動へ、行動は実現へ。

 成長した彼女が就職先にホロハニエ観光協会を選んだ際、人となりを知る関係各位は「やっぱりな」「予想はついてた」「違ったらどうしようかと」と頷いた。

 学生時代より既に本職も唸る資料や論文を作成していた地元大好きガールの知識は、こうして竜殻に広がる不思議の空の下、観光ガイドのトークで披露されることとなったのだ。

 

 ——そりゃあ、雑誌への寄稿だったり番組への出演なんかのほうが、実際に目にしてくれる人は大勢ですけど。やっぱり、目の前で生の反応見るのがいいのです!


 夢抱いて十余年。

 ここにいるのは、見目麗しき翠色の長髪に鮮やかな橙の羽衣を棚引かせる、物腰やわらかな態度と豊かな知性を兼ね備えた憧れのお姉さん……でありつつも、根っこのところは【自分が好きなものを紹介したい子供】から変わらない。


 ——今住んでいる地元……竜殻という場所そのものが、銀帯戦争と呼ばれる、沢山の犠牲者が出た長く痛ましい歴史の舞台であったことは知っている。

 されど、人は未来へ進み、時間は過去に戻らぬもの。忌まわしい記録に囚われるばかりでは、悲しみを喜びで塗り直そうと生涯を賭した、ファリロのもっとも尊敬する偉人——創立の母の思いまで汚すことになる。


 だから、全力で今を謳歌し、この街を盛り上げる。

 融和都市の観光ガイドとしての己を誇りに思い、彼女は今日も今日とて、連なる歴史を語るのであった。


「さて。皆様はここホロハニエについて、どれほど知っていますでしょうか?」


 そんなふうに尋ねられたのは、朝のガイドツアーに参加した三十名の観光客たちだ。その背に帯を羽織るもの、羽織らぬもの、若者老人、大人に子供……様々な人間が同じ面持ちで、解説に耳を傾けていた。


「ホロハニエは今より百年前、長き戦乱の果てに和平を結んだ精錬人と羽衣人が、互いに歩み寄る場所、共に過ごせる新たな故郷を創ろうと目指したのがその始まりであり——」


 あちらをご覧ください、とファリロの示した先には、古めかしい建物がある。

 周囲に立ち並ぶビル群と比較すると、明らかに時代を感じるレトロさだ。ただ、扱いには丁寧な管理、すなわち敬意が行き届いている。

 庭園の花は美しく咲き、屋敷へと続く道の左右を、精錬と羽衣、それぞれの土地にあった色彩が飾っていた。


「あの建物で、まさに戦争終結と和平講和の歴史的調印が行われました。ホロハニエで最初に作られた建築物として長らく庁舎に使われておりましたが、都市規模の拡大と発展に伴い行政機能を新庁舎に移転。現在はザンドラシヤ記念館と名を改め、ホロハニエの歴史に纏わる様々な品々を収集・展示する博物館になっております」


 目の前に歴史がある、という感嘆、過去と現在の交わる地に立つ実感が、今この場の意味を変え、観光客たちの口から吐息となって漏れる。

 何を隠そう、ファリロはこの瞬間に出くわすために、観光ガイドをやっている。


「では皆様、これより中へと入りまして、竜の殻に座す土地が辿ってきた試行錯誤と、遠き過去の息遣いをより身近に感じましょう。その感動はきっと、現在のホロハニエをより楽しむ手助けとなりますよ」


 自らの帯を旗にし振り振り、観光客を先導していく。受付で団体予約来訪の旨を告げ、何度味わってもやめられない楽しい仕事を今日もこなす。

 そのはずだったのだ。


「へぇー。一体、どんなのがあるのかなー」


 客の中に、顔もないのにわくわくが丸わかりな、円柱頭がいなければ。


          ■■■

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