第6話 婚活パーティと、海割り

「――予想外だ。クソ……」


 まさか信号にここまで引っかかるとは……。


 ホテルに到着した時刻は20時5分。

 駐輪場を聞いて、会場に到着するまでになんと20分。

 結局、開始5分前に受付が終了するというギリギリさになってしまった。

 ここまで予定が狂った原因は、何も信号だけじゃあない……。


「客用の駐輪場がどこか分からないなんて、受付はどうなっているんだ……」


 ホテルの受付男性に駐輪場はどこかと聞いたら、駐車場のみで自転車は……などと、妙な顔をされてしまったのだ。


 なんという対応力の低いマニュアルだ。

 自転車なんて一般的な乗り物だろうが。それでも、高級ホテルなのか?


 やっとのことで会場入りを果たせたのだが……。


「いかん……。怒りの分のエネルギー消費は、計算していなかった」


 既に疲労と栄養不足は限界に近づいている。

 早く栄養摂取をして、休息を取らなければ……。


 眠気と疲労、そして飢餓感きがかんに抗い、フラフラとしながら主催者の説明を聞き流す。立ちながら眠りそうになっては身体をビクンと起こす。


 その度に、周囲に立っていた人が減っているような……。

 いや、気のせいだろう。


 眠るな、俺。

 早く余計な説明を終えろ、主催スタッフ。

 まだ元を取るだけの飲食をしていないんだ。

 それに、ここで眠って財布でも盗まれたらどうする。

 眠る訳にはいかん、絶対にだ!


「――それでは、存分にお楽しみください」


 主催者の説明と挨拶が終わったらしき言葉だ。

 見れば周りの人々も食事を皿へ取ったり、アルコールを受け取りに動き出している。


「来たか、やっとか、待っていたぞ!」


 俺はカッと目を見開き、手に取った皿へと食事を盛ってゆく。


「タンパク質、脂質、炭水化物をバランス良く……。いや、まずは素早く吸収されるゼリーや液状のものからか? よし、そうしよう。バランスと料金の元を取るのは、それから再計算だ」


 皿に盛り付けた食事をテーブルに運び、次々と口へ運ぶ。


 美味い……。

 なんという美味さだ!

 砂場に水が染み渡るように、身体に栄養素が吸収されてゆくのを感じる……。

 飢餓状態きがじょうたいにある患者が点滴栄養を輸液ゆえきされている時には、こんな心地なのだろうか?


 周囲がこちらを見ながら小声で何かを囁いているが、もはや今の俺には些事に過ぎん。

 今は兎に角、栄養吸収が最優先だ。


「よし。だいぶ回復してきたぞ。ここからは栄養バランスを考えつつ、元を取る作業だ。酒税がかかるアルコールなんか、自腹では飲む気もせんからな。この機に、たらふく頂戴するとしようか!」


 中央に置かれた長テーブルには、銀色に光り輝くトレーに色とりどりの料理が並んでいる。


 俺が目指すは――動物性タンパク質だ!

 タンパク質はやはり、重要かつ高単価になりがちだ。

 大豆製品などの植物性タンパク質に比べ、肉は兎に角、高価だ。

 日本人に足りない栄養素と言われているのに、どうにかならんものか。


 鳥肉は比較的安いが、牛肉などあり得ん価格だ。

 ビタミンB群が豊富な豚肉も捨てがたい。

 だが牛肉は自分で買おうなんて気持ちはサラサラ起きない価格。

 この機に摂取しておかねば……。


「多くのビュッフェでは、人気の食品は早々と姿を消す……。人の流れから人気を読み取りつつ、高タンパクな肉を確保するには……。やはり、これだな!」


 どこの会場でも、早々と姿を消して、二度と出て来ないことが多い人気料理――ローストビーフだ。


 俺は一皿へ丸々、ローストビーフを盛り付ける。

 ああ……。

 絶妙な熱加減で、やや赤身を残した牛肉。

 そして肉にかかるソースの煌めき。

 まるで栄養と旨味が織り成す、恵みの太陽だ。


 今の俺は、ハンターだ。

 高価な酒、コストパフォーマンスの高い料理を、狙い続ける!

 アルコールで正常な判断能力を失って行くのは恐ろしいが……それも、自分との闘いだ。


「――それでは、続いての参加者の方、自己紹介をお願いします。受付番号42番の南昭平みなみしょうへい先生。自己紹介の為に、こちらへご登壇頂けますでしょうか?」


 あ?

 今、俺の名前が呼ばれたか?……主催スタッフが何かをしているとは思っていたが、そうか。


 今回は婚活パーティーだったな。

 ああして、受付番号順に自己紹介を促しているのか。


 登壇させられて、女に自分の売り文句を言えという催しか。

 ――ハッ。

 まるで、市場のセリのようだな。

 いかに優れた商品かを語り、自分を高く買ってくれる人と色恋関係いろこいかんけいになれと?

 ……冗談じゃない。


 本当なら、パスしたい。

 だが、主催の進行を邪魔するような真似は出来ん。

 飲食時間を削れられるのは惜しいが、進行に従いつつ、誰も近寄って来なくなるようなインパクトをかましておくか。


 席を立ち、ゆっくりと歩き寄る。

 俺の姿を認めた司会進行スタッフが、笑顔で「スタンドマイクの前へどうぞ」と促してくる。

 俺は、軽く頷きながらマイクの前に立つと、軽く咳払いをして口を開く。


南昭平みなみしょうへいと申します。俺は皆さんのお邪魔をするつもりはありません。俺には、他にやるべきことがある。街コンや婚活というものに、興味はありませんから。それでは、良い夜をお続けください」


 ざわめく参加者やスタッフに軽く頭を下げ、壇上から降りる。


 まるでモーゼが海を割るかのように、俺の行く手から人が避けてゆく。

 歩きやすくて助かる。

 少し焦りながらも、気を取り直して進行を続けるスタッフの声を背に、俺は再び食事へと戻った――。



―――――――――――

ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます!


楽しかった、続きが気になる! 

という方は☆☆☆やブクマをしていただけると嬉しいです!

ランキング影響&作者のモチベーションの一つになりますのでよろしくお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る