第42話 エロ触手 VS 普通の触手(2)
船長室から飛び出したボクの目の前には、船縁に絡み付いた巨大触手がウネウネしていた。
海の魔物であるクラーケン。
船乗りではないボクでも知っているぐらいにはポピュラーな魔物である。海の危険生物と云えばサメを思い浮かべる人が大半だろう。それでは、海の最強最悪な魔物と問われたならば、みんなクラーケンと口を揃えるに違いない。
魔法を使うわけでも無ければ、知能が高いわけでも無い。
ただ、とにかくデカい。
まったくの余談であるけれど、ボクはチビである。
スタイルの良い女勇者や女モンクと並べば、大人と子供とは云わないけれど、そこそこの悲しみを背負う。14歳ぐらいの少女の見た目である女アーチャーにも、ボクの背丈は一歩及ばない。さすがに10歳の女賢者には勝っているが、これは自慢できる事では無いだろう。数年後には抜かされている予感がぷんぷんするしね。
幼少時から小柄な方だったため、世界をどん底から見上げるしかない運命は受け入れている。
ただまあ、デカいヤツって、それだけでイラっとするよね?
クラーケン。
海という人類種にはそれだけで不利なフィールドで、ガレオン船すら単独で沈めて来る魔物はやっぱり恐るべきものだ。陸上で戦う巨人やゴーレムだって図体のデカさならば匹敵するかも知れないけれど、さすがに大地を丸ごと砕くなんて無茶はやって来ない。
洋上での戦闘は、すなわち船を守り抜くための戦いだろう。
デカさだけを武器に襲い掛かってくる魔物。
うん。
オーケー。
こいつは嫌い。
こいつは敵だ。
ゆえに、手加減なし。
ボクの心には一片の迷いもなし。
「ポチ」
気合を込めて、熱っぽい吐息と共に。
自らの意思で戦いに踏み出すことに、背筋には冷やりとしたものを感じつつ。
虚空の穴から飛び出したエロ触手は、10本。
ウネウネと蠢くクラーケンの触手に向かい合い、エロ触手も普段以上にウネウネしている。ポチの鼓動が伝わって来る。なんだか異様にテンション高めで、「デカいだけの能無しには負けませんよ。触手たるもの、一番大切にすべきはテクニックですからね。デカいだけで自信満々になっているバカヤロウは嫌われます。むしろ、思いやりを大切にして、相手の気持ちに寄り添うプレイを……」などと、なんだか熱弁をふるっているような印象である。
うーん、対抗意識がすごい。
もしかして、触手同士だから?
まあ、落ち着け。
よく考えろ。
敵は、ただの触手。
こちらは、エロ触手。
似て非なるもの。
こけしと、震えるこけしぐらい違う。
「力任せにぶつかるよりも……」
デカさを暴力的に押し付けて来る相手に対し、わざわざその土俵で戦ってやる必要もないだろう。普通の触手に対し、こちらはエロ触手としての戦い方を見せてやる。それはすなわち、いつも通りの冴えないやり方というわけだ。
「ポチ。クラーケンの触手に、エロいこと!」
船縁を引き千切る勢いの巨大触手に向けて、10本のエロ触手が絡みついて行く。
エロ触手のプレイ内容は、普段通りである。
相手が誰であれ、何であれ、関係ない。どれだけの大きさでも、絡み付いて動きを封じていく。海洋生物らしいヌルッとした触手を、それ以上にヌルヌルした淫靡な粘液で覆い尽くしながら、10本の鎌首が敏感なポイントを探っていく。ここか? ここの吸盤か? ここの吸盤が良いんか? サーチが完了すれば、攻め立てるのみ。高速の乱れ突き。攻めて、攻めて、攻めて……果たして、効果はすぐにあらわれた。クラーケンの巨大触手はビクビクと震え始めたかと思えば、ほんのり赤く染まっていく。
やがて、これは堪らないとばかり、ゆっくりと海中に引っ込んで行った。
逃げ出したクラーケンの触手を、あえて深追いはしない。
船体から引き剥がすことができれば、ひとまず十分である。
巨大触手の一本だけを攻め立てても、人間に例えるならば、指先だけに愛撫しているようなもの。さすがのエロ触手でも、それだけで堕とせるとは思えない。現状は、奴隷船のあちこちにクラーケンの触手が絡み付いているわけで、沈没させられるかという瀬戸際なのだ。もしも海のド真ん中に放り出されてしまった場合は、エロ触手でどうにかできる状況ではなくなってしまう。
とにかく船を守るのが最優先である。
そして、船を守るとは何を意味するかと云えば――。
「さあ、女船長はどこだ? とにかく、あの人を守らないと……!」
船縁に沿って走り出せば、すぐにまた別のクラーケンの巨大触手が目に入って来る。
女船長を探すことを一番に考えながらも、目の前の脅威も無視できない。
阿鼻叫喚の地獄絵図のように抵抗している船員たちを押しのけ、ボクはエロ触手に『エロいこと』の命令を下していく。二本目、三本目……一本ずつでも、船体から巨大触手を引き剝がしていくのは間違いではないだろう。
「お、お前……俺たちを助けてくれるのか?」
巨大触手に叩き付けられたのか、ボロボロになっている船員から声をかけられる。
チラッと振り返って見れば、この船上生活でも一、二を争うぐらいインパクトのあった「お、俺たちの船長を返せええぇぇーっ!」と叫びながらの襲撃事件、その時の犯人たちだった。
「クラーケンは、ボクがやります!」
話し込んでいる余裕も無いので、ボクは手身近に叫んだ。
「怪我をしているならば、船倉に引っ込んでください。戦うよりも、船の修理なんかを優先してもらった方が助かります」
「わ、わかった……。でも、クラーケンに単独で挑むなんて、いくらなんでも……」
「船長は?」
「え……?」
「ボクが、あなた達の船長を守ります。船長はどこに?」
船員たちは一瞬、ポカンと呆けた表情になったものの、すぐに船首の方を指さした。すぐさま走り出そうとしたボクに対して、彼らは床板に頭を打ち付けるぐらいに平身低頭して叫んだ。
「すまない! どうか、船長を助けてくれ」
「うん。任せて」
そして船首に行き着いたボクが見たものは、クラーケンの本体と一騎打ちする女船長の姿だった。
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