2:日陰者

 アルトバと呼ばれていた街を出たユウは、数日間ずっと北へと向かって歩き続けていた。

 別に何か理由があったわけではなく、たまたま道なりに進んだらその方向だったというだけだ。


 街を出た時から続いている曇り空の下を、人通りのない踏み慣らされた道に沿って歩き続ける。

 そして十字路に差し掛かった時、右側からちょうど一人の男が歩いてきた。


(白い……。)


 ユウが横目で見たその男は、全身の色素が完全に抜け落ちていた。

 彼が白死病の末期患者であることは一目瞭然だ。

 

 ――白死病。


 それはこの世界の人々の死因となる可能性が最も高い病である。

 発症すると体中の色素が徐々に抜けていき、最後は死に至る。


 治療法は一切確立されておらず、発症原因も不明。

 一説にはゴーストロッドというアーティファクトによるものだとされている。


 ユウと白死病の男。


 同様に死んで腐ったような瞳。


 二つの視線は一瞬交差しただけで終わり、彼らは振り向くこともせずにそれぞれの方向へと歩いていった。


 更に何日か歩いたあと、ユウはシグニカという街に辿り着いた。


「三、四……、五万ちょっとか。」


 財布の中身はかなり心許ない。

 食料は保存食があるのでまだ少しは大丈夫だが、現金は普通に宿を取れば一週間と持たない金額だ。


「これはもう……、あそこしかないな」


 というわけで、ユウは収入を得るために冒険者ギルドに行くことにした。

 道行く人に聞いた場所に行くと、この世界の文字でデカデカと冒険者ギルドを書いてある建物があったので、ユウは迷わずそこに入った。


「すいません、新規で冒険者の登録をしたいんですが」


 ユウはカウンターにいたお姉さんにそう告げた。

 だが、実を言うと登録は以前にもやったことがある。


 死ぬと過去に戻ってしまう現象によって、残念ながらその事実は”無くなってしまった”が。 


「新規登録ですね。それでは契約書を読んだ上でこちらの用紙にご記入ください。字の読み書きは大丈夫ですか? 代読と代筆はセットで二百ジンです」


 ユウは異世界勇者である遠武優本体の能力をそのまま受け継いでいる。

 しかし勇者の加護のように本体の外側から付加された要素まではコピーされておらず、それらの恩恵は基本的に受けていない。


 語学力が十分な水準で備わっていたのだけが救いだ。


(前に見たときと同じ……。特に問題は無さそうだな。)


 以前登録したのは別の街だったが、契約書の内容は同じもののようだ。

 特に普通にしていれば抵触することは無さそうである。


 ちょうどユウが契約書を読み終えて申請書を書こうとペンを手にした時、ギルドに場違いに楽しそうな集団が入ってきた。


「お、あったあった」


 人数は全部で四人。 


 年齢はユウより少し上から少し下ぐらいまでで、性別の割合はちょうど男女が二人ずつだ。

 そして全員が美男美女だった。


 彼らは依頼の紙が張ってある掲示板を見つけると、真っ直ぐそこに向かっていった。


 ギルドの中にいた全員が彼らの方を見ている。

 もちろんユウもだ。


 騒がしいというのはもちろんだが、他のグループは多くても三人ぐらいで大半が一人か二人なので、四人となるとちょっとした人数で目立つ。

 それに加えて、彼らの装備は普通の冒険者達よりも明らかに上等だった。 


「うーん、まだ依頼は出てないみたいですね」


「こっちの方は情報が伝わるのが遅いみたいだな」


 期待したような依頼が無かったのか、四人は今度はカウンターにやってきた。

 ユウの隣が空いているのを見つけてそこに入ってきた。


「すみません、ちょっとお聞きしたいのですが……」


 リーダー格らしきピンク髪の少女がギルドカードを差し出した。

 腰には杖を差し、活発そうな外見をしている。


「なんでしょうか? えーと、サキ=アイカワ様。あ、失礼しました、勇者様でしたか」


 カードを受け取った受付の女性が慌てて姿勢を正した。


「おい、聞いたか? 勇者だってよ」


「まじかよ……」


 様子を伺っていた周囲が小声でざわつき始めた。

 

(勇者……。)


 ユウも申請書を記入する体勢のまま、手を止めて横目で隣の集団を見た。


 この世界において勇者とその一族の地位は非常に高く、高位の貴族の代名詞となっている。


 勇者の加護によって得られる高い身体能力と事務能力。

 そして勇者だけが使用できる高性能な魔法。


 それらが名実共に彼らをこの世界の主役の座へと押し上げていた。

 彼女もまたその一人ということだ。


「どのようなご用件でしょうか? あいにくと勇者様の目に敵うようなレベルの依頼はこの街には殆どございませんが……」


 受付の若いお姉さんには荷が重いと判断したのか、奥にいた年配の女性が出てきた。

 ちなみに彼女はここのギルド長である。


「えーっと……、先日クラーニの街を壊滅させた犯人がこちらの方向に来たと聞いたのですが、何か知りませんか?」


「クラーニが……、壊滅?」


 受付の二人を始め、その話を聞いていたユウ以外の全員が目を丸くした。

 どうやら初耳だったらしい。


 ちなみにユウはクラーニという街の名前そのものが初耳だ。


「ちょっと待ってください! クラーニが壊滅ってどういうことなんです?」


 横にいた男が慌てて話に加わった。


 クラーニはここから東に行ったところにある街だ。

 大規模とは行かないが人口はそれなりに多く、それが壊滅したとなれば大事である。


 ……ということらしい。


「やはり知らなかったのですね」


 口を開いたのはサキと一緒にいたメガネを掛けた優等生タイプの少女だった。

 暗めの綺麗な緑色の髪が知的に揺れている。

 

「数日前、クラーニの街が襲われ、住人はほぼ全員が殺害されました。辛うじて難を逃れた者達は口を揃えて『犯人は白死病末期の男一人だった』と言っています」


(白死病……。)


 横で聞いていたユウの脳裏に、この街に来る途中で見た男の姿が浮かんだ。

 あの男も白死病の末期、それに歩いて来た方向も条件に合致する。

   

「事態を重く見た王国は勇者に対して即時に討伐命令を発令し、この地域には我々が派遣されたというわけです」 


「この地域、ということは他にも?」


「各地域の主だった勇者に対しては全員に命令が下ったと聞いています」


 思った以上に大事になっていることを理解したギルド長は額に汗を浮かべた。

 周囲で耳を澄ませていた人々もいよいよ本格的に騒ぎ始めた。


 スキンヘッドの男が飛び込むように入ってきたのは、ちょうどそんな時だった。


「大変だ!」


 中に入るなり大声で叫んだ男に周囲の視線が集まる。


「トムス。どうしたの、そんなに慌てて?」


 息を切らした男を見たギルド長は最悪の事態を予感した。

 サキ達から話を聞いたばかりのクラーニを壊滅させたと言う男、それがここに来たのではないかと思ったのだ。


 しかしその予想は直後の言葉で裏切られた。


「大変なんだ! 西の森からドラゴンが出てきて街に向かって来てる!」


「なんだって?! ワイバーンじゃなくてか?!」


「おいおい!」


 今度は違う意味で周囲がざわつき始めた。


「どうしましょう……。この街の戦力じゃ、警備隊と冒険者全員を集めても足りないわ……」


「ドラゴン? そんなに強いんですか?」


 どうやらサキはドラゴンの事を知らないらしい。


「それはもう。一般的なモンスターとしては最高レベルの脅威ですよ。並の冒険者で討伐しようとすれば、最低でも数百人規模の戦力が必要だと言われています。ワイバーンも強力ですが、それでも必要な戦力は十人程度ですから、ワケが違います」


 突然の危機の到来にギルドの中が静まり返った。

 しかしそんな静寂を破ったのもまたサキだった。

 

「ふむ……。どうやらこの街の人達はクラーニと違って運が良かったみたいですね」


 サキが自信満々に呟いた。


「まあ、妥当な判断だろうね。このままこの街を見捨てるわけにも行かないし、サキ様の実戦経験を積む意味でも丁度いい」


 もっともらしい理由で賛同したのは同じ勇者パーティの男だった。

 装備を見る限り、戦士で間違いないだろう。


 他の仲間達も同様に頷いている。


「じゃあ決まりですね。 それじゃあ手頃な場所まで案内を頼めますか?」


「ちょっと待ってください! まさか勇者様達だけで行くつもりですか?!」


 スキンヘッドの男に道案内を頼もうとしたサキ達をギルド長が慌てて止めた。


「問題ありません。戦闘経験に乏しいとはいえ、サキ様は仮にも異世界勇者ですから」


 イザベラに反論するサティア。

 それを聞いた周囲が再び一斉に騒ぎ出した。


「おい聞いたか? 異世界勇者だってよ」


「まじかよ、始めて見た……」


 異世界勇者というのは、異世界転移で別の世界から来た人間のことだ。

 彼らは普通の勇者よりも数段強力な勇者の加護によって、文字通り一騎当千の戦力を誇る。


 それはつまりこのサキという少女もまた、ユウのオリジナルである遠武優と同格の存在だということを意味していた。 


「僕達も全員勇者だしね」


 それまで黙っていた金髪のイケメン剣士、コバルトが補足する。

 当然その言葉も彼らに注目していた周囲の人間の耳に届いた。


「異世界勇者だけじゃなくて勇者が三人もだって?! いける! いけるぞこれは!」


 予想外に強力な戦力の登場に周囲が沸いた。

 この世界における勇者、そして何より異世界勇者という存在がどう評価されているかが、彼らの態度に端的に現れている。 


「わかったら早く行こう。……時間がないんだろう?」


「は、はい! こっちです!」


 銀髪の戦士に改めて道案内を促されたスキンヘッドの男の表情は、先程までとは打って変わって希望に満ちていた。


 彼と共に外へと走っていく勇者達。

 ギルドの中にいた冒険者達も、彼らの戦いぶりを見ようと我先に出ていった。


(異世界勇者、か。)


 その言葉に少し引っかかるものを感じつつユウは再び申請書の記入を再開した。



 ……が、今は一大事だという建前で、途中で窓口を閉じられてしまった。

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