第124話 終わらせてあげる
124
視線の先には、ただひと柱。
この場で唯一、私と同じ次元で交われる女神。
その彼女に、これで最後の遊びだと、そう告げて、新しい力を振るう。
四方八方に、秩序なく引っ張られていたこの空間の魂力が、同じ方向を向いた。
そのまま一気に支配権を奪い取り、私のものとする。
私のものになっていないのは、今なお神を産み落とし続ける母の周囲ばかり。
範囲にして、半径百メートルほどのドーム状。
空間中の割合で言えば、一割ほどだ。
「完全に形勢逆転かな」
この呟きの意味が分かるのは、ほんの一部だけだろうけども。
その意味を分かりやすくしてあげよう。
邪魔者達を排除するついでに。
その為に選ぶ魔法は、あれが良い。
「有象無象の神々は、海の藻屑に」
思い描くのは、二つの事象。
一つは、遙かな昔、私がまだ
そしてもう一つは、百年ほど前の記憶。
「貴女たちの技は、思いは、貴女たちの力と一緒に、私が受け継ぐよ」
きっと、あの
だから、ついさっき飲み込んだ彼女たちの神器が導くままに、魔法を発動する。
途端に生み出されたのは、この空間全てを飲み込むような、巨大な水流。
半径一キロを超える渦潮が、
『これ、めちゃくちゃ見覚え有るな?』
『すげえええええ』
『あれじゃん、厳島神社んとこの迷宮でハロさんが受けたやつ』
『何それくわしく』
『詳しくは、百年くらい前のアーカイブを見るんだ!』
『ほい。っ【八雲ハロ・激戦まとめ】』
『ぐう有能。ここの厳島迷宮編のラストだ』
ふふ、懐かしい。
あの時も死ぬかと思った。
込められてる力は、あの時よりも数段大きいけど。
それにさ、有象無象が耐えられる訳が無い。
感じる気配は瞬く間に減っていって、残すは一つ。
子らと同じく大渦の内に捕らわれながら、五体を満足に保つ
ダメージはしっかり受けているようだけど、まだまだ倒しきれない。
それでこそだ。
大渦が収まる。
やはり伊邪那美は無事。
どころか、再度神々の軍勢を生み出そうとしている。
まさに無尽蔵の力だ。
さすがの私も、今の大渦でそれなりに消耗したっていうのに。
「もう少し楽しんでも良いんだけど、いい加減、終わらせるね」
リスナー達に告げながらとるのは、投擲の体勢。
序盤の攻防で簡単に防がれたあれとは違う、本気の投擲。
私の愛槍が一条の閃光となって、伊邪那美へ向かう。
のみならず、この手を離れると同時に龍器共通の特性を発揮して、巨大化した。
夜墨の巨体すら穿つ一撃だ。
いかに伊邪那美といえど、これを無視できない。
伊邪那美は権能の発動を止め、防御態勢をとった。
彼女の張った幾重もの障壁は刃の鋭さと質量の暴力に耐えられず、障子紙のごとく貫かれる。
大渦のある間に時間をかけて準備したんだ。
これくらいの威力は発揮してもらわないと困る。
その思いに答えるように、愛槍は白刃取りで止めようとした伊邪那美を地面に押しつぶした。
ダメージは、大渦のものに比べれば軽微。
だけど動きは完全に止めた。
「本命だ、伊邪那美さん。しっかり受け止めて、そして、安心して逝け」
聞こえたかは分からない。
けど、もう
大渦の効果中に、一分強。
伊邪那美が権能を発動しようとしてから、今までで十秒弱。
かつて無いほどに長い、溜めの時間。
そうして口内に溜めた力を、魔力を、解き放つ。
瞬間、世界が白に染まった。
限界まで収束させてなお、配信画面を埋め尽くすほどの力の奔流が、伊邪那美を飲み込まんとする。
全身全霊で防御に徹しているようだけど、無駄だ。
込めた情報は、神殺し。
先の魔法では、曖昧すぎて密度を高めるのに相応の工夫が必要だった概念情報。
だけど、もう工夫は必要ない。
これだけ大勢の前で、あれだけの神々を殺したのだ。
私そのものが、神殺しを象徴する情報源になっている。
そう、私は現世の存在だから。
今を生きる存在だから。
遙か古のころに死して、時を止めた貴女とは違うんだ。
成長するんだ。
だから、安心して逝け。
思いが通じたのかは分からない。
ただ、不意に抵抗が収まった。
光が伊邪那美を飲み込む。
そのまま迷宮の地面を穿ち、徐々に細くなって、消える。
残ったのは、巨大なクレーター。
そしてその中央の人影。
「驚いた。あれで原型を留めてるなんて」
『やばすぎん?』
『第二?第三?らうんど?』
『まじか』
『え、生きてるの?』
『化け物過ぎでしょ』
いや、あれは、原型を留めているだけだ。
先程まであった悍ましいほどの気配を、一ミリたりとも感じない。
地面におり、ゆっくり歩いて近づく。
コメント欄が心配や不安の声で埋まるけど、気にしない。
「やあ、楽しかったよ、伊邪那美さん」
槍は既に消していて、伊邪那美さんの姿がよく見える。
目は相変わらず
だけど、血にどす黒く汚れた着物はボロボロで、
それなのに、どうしてだろうか。
初めより余程、美しく見えるのは。
その彼女の顔が、私の方を向いた。
「ここからは、私が、私たちが引き継ぐからさ、ゆっくり休みなよ」
仮にも、多くの神々を産み、国を生んだ大神に対して、不遜すぎる物言いかもしれない。
けれど彼女は、そんな私に対して、静かに目を細め、口角を上げる。
安心したのか、何なのか、静かに見守る私の視線の先で、彼女は身体を端から塵に変えていき、やがて、その身の全てを土に返した。
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