第47話 女帝(後編)

「まず、一つお伺いしたいことがあるのですが、ドブネズミとは一体どう言う意味ですか?」


「貴族社会はドブ川だからです。欲にまみれ異臭を放っているものばかり。その中でのし上がろうというあなたは、ドブ川を好んで生きるドブネズミって言うことね」


「では、貴族社会に君臨しているあなたは、ドブネズミの女王ということになりますね」


 アン王女は表情を引きつらせた。


「それに、初めに言っておきますが、僕は自分の出世のために貴族社会に入り込もうとした訳ではありません」


「どうかしら、魔の山では大変なご活躍だったようだし、王妃ディアナさえもうまく丸め込んだようですね。アーサーとの関係も良好、姉が将来の王妃、そんなあなたが駆けあがろうと思った矢先、姉の婚約が取り消されそうになった」


 そして、彼女は敵意をむき出しにした。


「白状しなさいウィリアム・ブラッドフォード。あなたの出世に邪魔な私の寝首をかくために、ここへやってきたということを」


「確かに僕は姉の処分については疑問に思っていますが、ここに来たのはあなたと話し合うことが目的でした」


 そして、一呼吸してからこう言った。


「それは、これ以上あなたが過ちを繰り返さないためにです」


「これ以上…… どういう意味ですか?」


 彼女は僕をにらみつけている。


「そのままの意味ですよ王女。あなたは過去に過ちを犯し、そして、今、再び過ちを繰り返そうとしているからです」


「私のどこが間違っていたというのか!」


 激しい口調で彼女は吠えた。やはり、過去に彼女のトラウマがあるというのは間違いないようだ。


「姉は終戦記念日のスープについては知らなかった。いや、ブラッドフォード家では出されていなかったので、知りようがなかったと言えます。ましてや彼女は戦後の生まれです。戦争当時の話を知らなくてもおかしくはない。そのことについて問題視するのは実にフェアではないですね」


「それは単に貴族としての務めを果たしていない、ブラッドフォード家の問題ではないですか」


「では、その習慣を伝えている貴族の家が、今どのくらいあるのでしょうか? 僕が調べた限りでは、ほとんどありませんでしたね」


「だからこそ、その習慣を大切にしないといけないと言っているのです。過去の過ちを繰り返すべきではありません」


「大半の貴族の家庭がその習慣がないのなら、姉を貴族社会から追放する理由にはなりません。追放処分は不当であり、あなたの命令は明らかに間違っています」


「しかし、彼女は魔法を使えないことを黙って婚約を進めようとした。これは貴族社会にとって由々しき問題です。さて、言い逃れができますか」


 アン王女は挑戦的な視線を僕に浴びせてきた。


 彼女の質問自体は想定内だった。これから彼女の深い部分に切り込んでいくことになる。対応を一つでも誤れば、彼女は簡単に僕を始末するだろう。


 しかし、ここで引くわけにはいかない。覚悟して僕は話を切り出した。


「ではなぜ、あなたは姉が魔法を使えないということをあらかじめ知っていながら、わざわざ試練を与えたのですか。知った時点で婚約話を中止にすればよかったじゃないですか」


「だから、どうだと言うのです」


「つまり、あなたは最初から姉をはめるつもりで試練を与え、あの場に引きずり出した。違いますか?」


 彼女はニヤリと笑ってこう言った。


「それはどうかしらね。どっちにしろ、あの人はもう終わりです」


 さあ、ここからだ。


「僕は知っていますよ。あなたが姉をはめた理由を」


「ふっ、あなたに何が分かると言うのですか」


「カーディフ領です」


 その瞬間、アン王女の顔色が変わった。やはり核心の部分に間違いない。カーディフ領は大戦中に最も多くの餓死者を出したところ。そして、ディアナ王妃の実家の所領だった。


「終戦後の凱旋のためにあなたはカーディフ領に寄りましたね。そこで何をみたのですか?」


「黙れ!」


 怒りの表情と共に、膨大な魔力が彼女の周囲から湧き上がり、無数の風刃が飛んでくる。とっさに防御魔法を使用して、なんとか致命傷は受けずに済んだ。


「黙りませんね。僕は知っています。そこにいたのはたくさんの餓死者だった。そして、あなたはどれだけの人間が犠牲になったのか知ったのでしょう。魔王を倒し英雄気取りで凱旋したあなたの目にその光景はどううつりましたか?」


 彼女からの返事はなかった。


「ショックを受けたあなたは、対戦中にも関わらず貴族たちが自分達の生活を維持するためにどれだけ農民から搾取していたことを知った。怒ったあなたはカーディフ公爵を降格。さらに、貴族たちに対しての権利を制限する法律を作った後、早々に退位。その後は身分を隠して慈善活動に従事した。全て、あなた自身の罪滅ぼしのためにね」


 彼女は身じろぎもせずに聞いている。


「魔王の呪いで両足が動かなくなり、慈善活動ができなくなったあなたはこの館に籠るようになった。そして、あなたの耳にブラッドフォード家の娘が王太子と婚約したと話が入った。金持ちで苦労知らず、そして、ろくに魔力も使えない。そう聞いたあなたは、おそらく実家のコネと賄賂で婚約したに違いないと勝手に決めつけた」


 僕は最後の言葉を突きつけた。


「姉を金持ち貴族の典型みたいな代表みたいに思い込み、姉を断罪することで自分の罪から逃れたいと無意識に思っていたのではないですか? 本当の姉の姿をろくに知りもせずに。それが過ちでなくてなんだというのですか」


 アン王女はショックを受けたような表情をした。


「私は…… 自分の罪を他人に着せようとしていたなんて…… 自分が助かりたいあまりに…… そんな、まさか……」


 アン王女はしばらく目を瞑って考えていた。そして、彼女が目を開けた時、険しい表情は消え去っていた。


「あの日の晩、私は戦勝記念の凱旋で、カーディフ家で大変な歓待を受けていました。私の力がついに認められたとうかれていました。女だからと言われ長年苦渋をなめていたけれど、ついに歴代の王たちができなかったことをやり遂げた。そう思っていたのです」


 彼女の顔は淡々と語っていく。


「そして、パーティが終わったあと、お忍びで抜け出し街の様子を見にいきました。戦争が終わって皆がどれだけ喜んでいるのだろうと思って。しかし、そこで見たものは地獄でした。餓死者があまりにも多くて埋葬しきれない状態でした」


 彼女の声はかすかに震えていた。


「親を亡くした子供、そして、子供を無くした親たち。私は彼らになんと声をかければよかったのでしょう。そう、私を讃えていた聴衆の陰で、たくさんの苦しんでいた人々がいたのです。私は激怒し、カーディフ公爵を叱責しました」


 きつい表情になったが、またすぐに穏やかな表情に戻った。


「しかし、彼は『これが戦争の現実なんだ』と言って苦笑いしたのです。『あなたが魔王を完全に倒そうとしたから、余計時間がかかってこんなことになったんでしょう』と。おそらく私の無知を嘲笑ってのことでしょう。当然私は彼を処分しました。ですが、誰よりも裁かれるべきなのは自分だったのです」


 彼女はため息をつくと、僕の方を見てこう言った。


「マリアさんには悪いことをしました。処分は撤回します」


 最後に、彼女は寂しげな笑いを顔に浮かべてこう言った。


「この屋敷は私が自分のために用意した牢屋です。私は朽ち果てるまでここにいることにしましょう」


 ◇


 彼女は完全に自分の非を認め、姉は助かった。だけどそれだけが僕の目的ではなかった。


 僕はゆっくりと彼女の方に近づくとこう語りかけた。


「あなたには何も見えていないのですね」


「何がです」


「庶民にとってあなたがどのような存在なのかを」


 彼女は不思議そうにこちらを見ていた。


「僕は知っています。戦後、立ち直った王国は豊かに繁栄しました。長年、侵略を繰り返してきた魔族たちから襲われる心配は無くなりました。そして、搾取をしたり、横暴を働く貴族たちを厳しく処分してもらったので、豊かな生活ができるようになりました。子供たちは今でも絵本の中で、英雄であるあなたの活躍に胸を躍らせています。あなたは知っていましたか?」


 僕は彼女に穏やかな口調で話を続けた。


「それは全てあなたが行ったことです。あなたは確かに正しいことだけをしてきた訳じゃない。それでも庶民たちはみな、あなたに大変感謝して生活しているのですよ」


 そして、僕は感謝を込めてこう言った。


「数年前、僕はあなたに世界を教えてもらいました。だから言いたいのです。あなたはもっと報われるべき人だと」


 その瞬間、彼女は大きく目をみはり、絞り出すような声を上げた。


「ウィル、ウィルなの。あなたは……」


 彼女は無理に車椅子から立ち上がろうとして、前のめりに倒れそうになった。僕はすぐに近づいて彼女を抱き止めた。


「お久しぶりです。アンナおばさん」


「ああ、どうしてここに、アルレッド、アルレッドは」


「母はもう亡くなりました。僕は今、ブラッドフォード家にお世話になっています」


「おお、なんてことなの。それなのに私はお前に…… 許しておくれ、許して……」


 彼女の温かい涙が肩越しに伝わってくる。彼女はもうアン王女ではなくアンナおばさんになっていた。あの頃のやさしくて慈愛に満ちたアンナおばさんに。


「外はもう寒うございます。部屋にお入りなさいませ。紅茶も用意しております。積もる話もございましょう」


 気づくと執事のセバスチャンがそばで立っていた。僕らは彼に誘われ温かく光に満ちた部屋へ入っていった。


 ◇


「大丈夫なんでしょうね。ウィリアム」


 姉はまだ心配そうにしている。ここは謁見の間の控え室。これから、再び、アン王女に会うことになっていた。


 アーサーも心配そうにしているが、僕が静かにうなずくと何も言わずに黙っていた。


「いいわ、私も覚悟を決めた」


 そう姉はいうと、謁見の間に入っていった。そこにはアン王女が以前のように玉座に座っている。姉は王女の前に迷いなく進み出た。


「この度は大変申し訳ありませんでした」


 姉はそういうとアン王女の前で頭を下げた。


「もういいのです。頭を上げてください」


 姉が顔を上げると、アン王女の顔は穏やかで優しい目をしていた。


「処分は撤回します。ですが……」


「えっ、なんでしょう」


「私のところに、毎週通ってきなさい。私があなたに魔力の使い方を教えてあげましょう。王立学校に上がる前にもっとマシな人間にならなければいけません。それに、あなたと言う人間をもっと知りたいから」


「ええっ」


「アーサー、あなたもです。二人ともまだまだ半人前です。王族として恥ずかしくないように私が鍛え直してあげましょう」


 姉とアーサーが一緒になってうなだれている。アン王女は愉快そうに笑い、僕の方を見るとウィンクをしてみせた。


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