第29話 子猫のポピー
姉に連れていかれたのは、猫の親子のいた池だった。嫌な予感がした。
そこには、アーサー王太子が呆然と立ち尽くしていた。周囲にはたくさんの羽や血が飛び散っていた。
「どうしたんですか?」
僕はアーサー王太子に話しかけたが、彼は聞こえていないのか、姉さんの方を向いてこう言った。
「宮廷治療師はどうした?」
「猫なんて、診れるわけないだろうって……」
「くそ、あいつら…… 俺が呼んでくる」
そう言ってアーサー王太子は出て行こうとしたが、僕が呼び止めた。
「もしかしたら、あの猫たちですか」
「ああ、やられた」
彼が振り向いた先には白い子猫が横たわっていた。毛並みは乱れていて血まみれだった。
「母猫と他の子猫の姿はなかった。この子だけ逃げ遅れてしまったようだ」
王太子は震えながらうつむいた。
「もっと早くくれば良かった……」
「このままじゃ死んじゃうよ」
姉がそう言って子猫を両手で大事そうに抱えた。血だらけの子猫は目をつぶっている。覗き込むと微かに息をしていた。
「ちょっと渡してもらえますか?」
僕が両手を伸ばすと、姉は無言で子猫を渡した。子猫はとても軽くはかなげだった。まだ暖かいがもう息をする力も弱々しくなってしまっている。
どんな魔法を使っても死んでしまったものは生き返ることがない。これから、パーティ会場に戻って魔法を使える人を探すのは時間がかかるので手遅れになりそうだった。子猫はいつ死んでもおかしくない、であれば、僕がやるしかなかった。もちろん、猫に魔法を使ったことはなっかったけれど。
僕は両手に魔力を集中すると呪文を唱えた。
「
大気中から光の粒が集まってきた。子猫の体は光に包まれ、みるみるうちに傷だらけの毛並みが元に戻っていく。
驚いた顔をして覗き込む王太子と姉。やがて光は消え去って、手元には綺麗な真っ白い子猫が現れた。
「大丈夫なのか?」
「おそらく大丈夫だと思います。もう少し様子を見る必要はありますが」
「どうして、お前が…… 聖職者の家系でもない限り光魔法は使えないはずだが」
「魔法はどの系統でも一通りは使えます。中級くらいまでですが」
「そんなことって……」
驚いている彼に、僕はスヤスヤと眠る子猫をそっと渡した。
「ありがとう、ありがとう」
子猫を受け取ったアーサー王太子は感謝していた。
「でも、これからどうするつもりですか? 王宮では猫を飼えなかったんですよね」
「それは…」
口ごもる王太子に横から姉が答えた。
「それだったら問題ないわよ」
「どうして?」
「私が飼うからよ。もちろん、これから父に掛け合って許可をもらうけど」
僕と王太子は思わず顔を見合わせる。姉はいつものように得意げな顔をしていた。
◇
あれから数日たった。
性別はメス猫だった。名前を決めるのに一悶着あったが、結局、猫たちがいた所に咲いていた花にちなんで、ポピーと決まった。
彼女はたちまち公爵邸内でアイドルの地位を確保してしまった。姉の猫となるはずだったが、餌をもらうとき以外は姉の方には近づきもせず、もっぱら、僕の膝の上が定位置になってしまっている。
しょっちゅう読書の邪魔をしてくるので困りものだったけれど、愛らしい姿に癒されるたびに、この仔はもはやなくてはならない家族の一員であることを感じていた。
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