第22話 王宮への訪問


「いよう、よくきたな」


 僕と姉が王太子の部屋に入ると、王太子はソファーに寝そべって歓迎してくれた。


「今日はお招きありがとうございました」


「やってることは、私の部屋にいる時と変わらないわけね」


 姉は少し嫌味っぽく言ったが、王太子は全く気にしていない様子だった。


「その辺に座ってくつろいでくれ」


 今日は王宮の東に位置している王太子の宮殿に来ている。調度品はやや古めかしい感じがしたが、華美ではない品のいいもので占められていた。


 姉はムッツリとした表情をしたまま、テーブルを挟んで王太子の対面の椅子に座った。僕も姉の隣の椅子に腰掛ける。


 すぐに、メイドが音も立てずに現れた。彼女は洗練された所作で僕らの前にカップを置き、鮮やかな色をした紅茶を注ぐと、かすかな香水の香だけを残してこの部屋から去って行った。


「ところで進捗状況はどうなっているのよ」


 姉がきつい調子で王太子に言葉を投げかける。王太子は慌ててソファーに座り直して、それからこう答えた。


「ああ、まあまあかな」


「まあまあって、どういうことよ」


「母さんにはまだ切り出してないけど、俺なりには頑張り始めているんだ。ジョージ・レスターって知ってるかい?」


 ジョージ・レスター


 4年後に王立学校で出会う予定のこの人物は、攻略対象になっていた。


 姉の一つ上の人物で、剣聖レスター伯爵の子息であり、すでに天才の呼び名も高い人物だ。今はもちろんまだ剣聖にはなっていない。


、知ってるわよ」


「そうか、そいつと知り合って、今、剣の稽古をつけてもらっているんだ。年が近いし話も合うし、結構いいやつなんだ。今度紹介するよ」


 絶好の機会とも言えた。人となりは直接会ってみないと分からないが、王太子とのつながりがしっかり生きてきている。彼からの紹介であれば、非常に友好的に話が進められるだろう。


「よろしくお願いします」


「お、お前も剣術やるか?」


「今は魔術の方を勉強しているのですが、その人には一度会ってみたいですね」


「いつまで続けられるのかしら」

 姉の皮肉っぽい視線が王太子に浴びせられた。


「ああ、今度こそ俺は頑張るんだ。生まれ変わったところを見てもらって、母さんに認めてもらう。そうしたら、俺の意見も聞いてもらえると思うんだ」


「回り道かもしれませんが、それが一番だと思います」


「そんなんで間に合うのかしら。婚約話はきっと裏で進んでいるわよ。もし、婚約阻止に失敗しても、約束は守ってもらうからね」


 王太子は姉につっかかれても動じずにニヤリと笑って見せた。


「それについてはいい案があるんだ。魔の山っていう試練を知っているかい?」


 魔の山?初めて聞く話だった。姉もわからない様子をしていた。


「だいぶ前に廃れた制度みたいなんだけど、次期王候補が複数いる場合、その候補同士で最も相応しい人間を選ぶための試練があるんだ」


「それは初耳ね」


「まあ、この何十年もの間、開催されていなかったみたいだからな。魔王が長年占拠していたから」


 王太子は一息入れると紅茶を口にした。


「そこで、その試練を受けてみようと思うんだ。試練を経たものは王として相応しい人間としてお墨付きを得ることができる。一人前と認められさえすれば、自分の結婚相手を選ぶなんてことは当然できるはずさ」


「そんなに簡単にことが運ぶわけないじゃない。古臭い制度を引っ張り出したって、それを認めるかどうかは王妃様の考え一つにかかっているのでしょ」


「それが、うまくいくんだな」

 勿体ぶった調子で王太子は答えた。


「最近俺が修行に打ち込むところを見て、母さん結構機嫌がいいんだよ。それに、俺が試練をぜひ受けたいと言ったら、試練を突破したらなんでもいうこと聞いてくれるって言ってくれたんだ」


「へー、意外な反応ね」


「きっと、王太子が成長していることが嬉しいのでしょう」


「基準が低いから、随分成長したように見えているんじゃないの」


「うぐっ、と、ところでこの間約束したものを見せてやろうと思うのだが」


「何もったいつけているのよ。早く見せなさい」


「いや、ここにはいないんだ。ちょっと外に出ないとな」


 そういうと王太子は立ち上がって歩き出した。僕と姉も一緒に後ろについていく。扉を開けるとそこに僕らが部屋に入ってきた時と寸分変わらぬ姿で、王太子の従者が立っていた。


「ハイマン。ちょっと外に出る。すぐ近くだから護衛はいらない。そのまま、控えていろ」


「わかりました」


 返事をする時以外、ハイマンは全く表情を崩すことなく立っていた。



 広大な庭を外へ外へと向かっていってたどり着いたのは、小さな池、周囲にさまざまな種類の灌木が生えているところだった。手入れはここでも行き届いているけれど、あまり人影がないところでもあった。


「なんだか静かなところね。こんなところに連れてきてどういうつもり」


「しっ、静かにして」

 王太子は僕たちに行った後、聞き耳を立てていた。


「あっ」

 かすかに猫の鳴き声がする。食堂に寄って来て、キッチンメイドから肉とお皿を持ってきたのはこれが理由だったのか。


 王太子は僕らにそこににいるように言ってから、お皿の上に肉を置き、ハサミで細かく刻んでいた。


「ずいぶん、まめな性格ね」


「いいから黙っていろ」


 そうして、灌木の一つの前にお皿を置くとまたこちらに戻ってきて、少し離れて近くの木に隠れた。

 すると、1匹の猫が現れた。真っ白な毛並みの猫で、綺麗な青い目をしていた。

 周囲の状況を見回している、かなり警戒しているようだ。


「子猫だ」


 肉の匂い嗅ぎつけて、待ちきれないかのように、次々と子猫たちが現れた。子猫たちは4匹いて、茶色1匹、茶白1匹、灰色に黒の縞模様がある猫が2匹。少し、もたもたしている様子がとても可愛らしかった。おぼつかない様子でお皿の方へ押し合いへし合いしながら肉を食べ始めた。母猫も警戒を怠らない様子だったが、合間を見ては肉を食べていた。


「なるほど、これを見せたかったのね」


「ふふん、どうだい。かわいいだろう」


「別にあんたが飼ってる猫じゃないんでしょ」


「まあ、そうだけど」


「屋外には外敵が結構いるので、子連れの猫は大変かもしれませんよ。もし、大切に思っているのなら、飼ってあげた方が良いと思います。野良猫は手懐けるのが大変かもしれませんが」

 僕は王太子に忠告した。庶民だった頃、野良猫たちが悲惨な目に遭う場面を見かけたことが一度あったからだ。


「うーん」

 王太子は困った顔をしていた。


「母さんにそれとなく言ったんだけどだめだったんだ。動物を飼うんだったら、由緒正しいところから買わないとだめだって。野良猫なんてもってのほかで、もし庭にいるんなら追い出してやるとか言っていたんだ。それで、本当のことは言えなかった」


「ふーん、大変ね」


「そうなんだよ。知っているのはキッチンメイドの一人だけで、こっそり食事を分けてもらってるんだ」


「ウィリアム。しょうがないじゃない。まあ、そのうち大きくなるわよ」


 子猫たちは食事が終わり、皿に残ったものは母猫が丁寧に舐めるように食べ、そして、彼らは姿を消した。


 それを見届けると、僕らはお皿を回収し、王太子の部屋に戻ることにした。夕刻の時期が迫っている。空にはカラスたちが互いに鳴き声をあげて森に戻っていく姿があった。


「そうだ。そういえば大変なことを言い忘れていた」アーサー王太子が声を上げた。


「何よ」


「今度、王宮でパーティが行われるんだ。もちろん来てくれるよな」


 うなずく僕らに対して、王太子は満面の笑顔を見せた。


 ————————————

 ◇次回より銀髪の貴公子ジュリアン・ヨーク編になります◇


 現在、カクヨムコン9に参加中です。

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