雨上がりのサイダーはやたら溶けない

相沢 たける

プロローグ

 神塚駅のバスセンターから出たバスは、乗客を乗せてガッタンガッタンと揺れながら、学校への長い道のりを走っていた。


 なんとはなしにイヤホンを外し、辺りを見渡してみると、あらこれはハプニングとばかりに、おれの視界に盗撮しようとしている男の姿が映った。


 あれはイケない。


「……………………へへ」


 声漏れてますよおっさん。


 朝の時間帯のバスはやたら混んでいた。だからこそこのタイミングをおっさんは狙ったのだろう。


 吊革に掴まっている女子高生は気づく気配がない。それどころか隣の友達とくっちゃべっている始末だ。


 どうしたもんかね。おれは頭を掻き掻き、男の姿をもう少し観察することにした。


 彼はスマホを上向けて、女子高生のスカートの下を盗撮しようとしている。ちなみに彼が座っているのは助手席。


 なるほど。巧妙な手口じゃないか。


 いやしかし! 盗撮するのであればもっと露天風呂とかそっちにするべきじゃないのかね、おじさん。


「あの、見えてますけど。ありゃーいけませんねーおじさん、どうしてこんなところにスマートフォンを向けてるんでしょーか!」


 おれはおっさんの手を捻りあげて、スマホの盗撮画面が周りに見えないように配慮しながら、スマホを奪い取った。すぐにスリープモードに移行させることも忘れない。


「なっ、なんなんだ貴様! おれはなにもしてねーよ!」

「嘘をつかないで下さいよー。おじさん今盗撮してましたよねぇ」


 えぇ盗撮!? とあちこちで声が上がる。運転手まで冷や汗を垂らしてこっちを見る始末だ。


「しっ、してない! 断じてしてない! 誤解だ! スマホゲームをやってただけなんだ!」

「じゃあなんで僕が見たとき、スマホの角度があなたとは反対側を向いてたんでしょーか!」


「し、知らねーよんなこと! おれはやってない! 無実だ!」

「えぇ、そんなはずはないですよー」


「あ、アタシ見てました! その人がこっそりスマホを使ってなにかやろうとしてたこと!」

「なっ、なんなんだ! おれはなにもやってない!」


「嘘はよくないですよ~~~」


 バスの車内は混沌たる有様だった。なにが何やらわからないというお客様もいる。うーん、困ったな。これ以上この件を大きくしたくはない。


「お、おれは無実だ!」


 叫んだ男。しかし被害者たる女の子は、うわ最低、とばかりに男を睨みつける。しっかしこういう場面での女子の反応ってやたら露骨だとは思いませんかね?


「しねばいいのに」


 はいきたぁ――! 女子の死ねばいいのにほど心にくるモノはないだろう。


「ち、違うって言ってんだろうが!」

「はーいそうですねー。とりあえず学校に着くんで、話は職員室の方で聞きましょうかー!」


 バスが到着する。学校近くのバス停だ。おれは「ちょっと待て、やめろ!」と泣き叫ぶ男の手を掴んで校舎へと向かった。





「いやぁ、お手柄だったよ。女性教師に確認を取ってもらったところ、完全に黒だったよ! 君はたしか二年生の神崎風太郎くんだったね!」


 校長先生がわっはっは! と大笑いした。


 おれは王子様風にそっと頭を下げて、光栄です、と答えた。教員からの点数稼ぎは正直飽きているのだが、しかし褒められること自体は悪いことだとは思わんな。


「いやはや、君のことは学校中が知っているよ。それくらい優秀な子だってことも知ってる。これからも学校のために精進したまえ」


 なるほどなぁ。学校長はおれのことを学校の株を上げる道具としか思ってないらしい。まぁ教師とはえてしてそういうモノだ。


 たまにはいいことしたかなぁ、とおれは頭を掻き掻き廊下に出ると、先ほど助けた女子高生がもじもじしながら待っていた。


 友達に背中を押され、真っ赤な顔をこちらに向けて、ほんのちょっぴり涙を浮かべておれに言ってきた。


「あ、あの……………………さっきはありがとね! あ、アタシ今日から二年四組になる泉鏡花! か、神崎くん……よ、よかったらライン交換しない!?」


「おーいーともいーとも。おれは頼まれたら断れないタチなんだ。特に女の子からはね!」


「あ、ありがと……」


 おれ、神崎風太郎はぶっちゃけモテる。はいそこ自慢すんなよとか思っただろ! ケド本当に男からも女からも人気がある。


 学内カーストは最上位、ついでに成績は五本の指に入り、スポーツテストではいつも一位。


「う、うわ……! 神崎くんから連絡先もらっちゃった……へへ」


 そしてなによりイケメンである。


 そうおれはなにを隠そう陽キャ会の星。そしてリア充と呼ばれる部類の人間だった。


 おれはゆっくりと女子生徒のアゴに手を這わせ、耳元で囁いた。


「連絡先くらい大したことないさ」

「…………………………………………ぁ」


 女子生徒は骨抜きにされたように、おれの顔を見上げ、口をパクパクさせていた。


 とそこへ。一人の男子生徒がずかずかこちらにやってくるのが見えた。スポーツ刈りにした頭。身長は百七十五センチほど。見た目からバスケットボール部と推測した。


「おいおい! てめぇなにおれの女にちょっかい出してんだぁ! あぁ!? ざけんじゃねぇよ! ぶっとばすぞ!」


「はぁ、ちょっとやめてよ。神崎くんがアタシのこと助けてくれたの! あんたなにもしてないじゃん!」


「るっせぇだまれ!」


 おれは大男に向かって言ってやった。


「まったくなにをしてるんだよ彼氏くん。ダメじゃないか。ちゃんと彼女の貞操の危機は守ってやらないと」


「なっ! ざけんなボケッ! 俺はたまたまその場に居なかっただけだろうが!」


「弱い犬ほどよく吠えるモノだねぇ。しつけがなってナイヨしつけが」


「うっぜ。なんだこいつ。行くぞキョウカ。こいつのこと知らねーのかよ。女をとっかえひっかえして遊びまくってる、『日刊プレイボーイ』だぞ! こんな奴にかかわってたら、お前は遊ばれて終わるんだぞ? ちっ、死ねよプレイボーイ」


 あれ……ぇ? おれはいつからそんなあだ名をつけられてしまったんだろうか。


 おれはチラッと青筋を額に立てた。こいつ殴ってもいいですか?


 だいたいなんだよ『日刊プレイボーイ』って。ちょっとセンスあるじゃねぇか。


「おまけにそのくせして早漏なんだぜ! うわだっせ。女の子と遊びまくってるのに、一人もイカせられねぇクズが!」


 おれは再びピキッときたね。おれ今こいつにめっちゃバカにされてない?


「カス。死ね」


 おれは去り際にとんでもないセリフを吐かれてしまった。


 まったくやれやれだ。ちょっと腹が立った部分もなくはなかった……いやめちゃくちゃあったけど、とにかくこれがいつも通りの日常だ。


 そう、こうやって学園の人気者を気取っていれば、下手なやっかみの一つや二つ買う。まるで処刑台に乗せられた死刑囚のように、腐った果物や小石みたいな罵詈雑言、誹謗中傷のひとつやふたつ浴びるのだ。


 おれは肩をすくめて歩き出した。




 青春は一度きりだ。ならば後悔しないように生きるのが筋ってもんじゃないか? 


 少なくともおれはそう思う。


 地球が一周回るのに、感じることは人それぞれで、体感時間はまったく変わってくる。


 ならばおれは後悔しないように生きたい。この学校を卒業するまで、一秒たりとも足踏みしたくない。


 欲しい物は欲しいと言う。それがおれ、神崎風太郎の美学なのだ。

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