14話 合同訓練

「あの、けいちゃん」


沙知は、隣を歩いている繋に話しかける。


班に分かれての授業2日目。

情報班とサポート班は言伝ことつぐに引き連れられて人気が少ない小道を只管歩いていた。


サポート班担当の高鷲たかすは作戦行動に緊急招集されたので、急遽合同訓練になったと言伝が説明した。ただ何処に行くかもこれから何をするかは聞いていない。


「何?」


けいは沙知と目を合わせる。


「コードネームと決め台詞、考えましたか?」

「うん。まだ決まってないの?」


繋は頷く。どうやら昨日夜遅くまで悩んでいた沙知とは違ってすぐに決まったような口ぶりだ。


「はい……。エジャスターになった後もその名前で活動するって考えると中々決まらなくて。ヒーローって大体登場する時に名乗りを上げますよね。その時にああ、もっとかっこいい名前と台詞にすればよかったーって後悔したくないなあと思ったらこれだってものが思いつかなかったんです」

「名乗る……。昨日見た作戦の記録でも皆名乗ってたけど、あれって必要なわけ?コードーネームを言うだけならまだしも、その後に決め台詞まで言わなきゃいけないなんて。正直、恥ずかしいんだけど」


昨日、沙知と繋はたまたま食堂で居合わせたので一緒に食事をとったのだが、その時に情報班とサポート班は殆ど同じ授業を行っていたことが分かった。サポート班の昨日の授業は過去の作戦行動を記録したビデオを見て討論するというシンプルではあるが難しいもので、情報班の授業は同じビデオを見て出来る限り分かる情報を書き出すというこちらも難しいものだった。


実際に体を動かしてはいないものの様々な能力を持ったエジャスター、沙知達にとってはいわば先輩にあたる人達が臨機応変に能力を使いながら敵を圧倒する様子はとても参考になったと沙知は考えていた。困難な状況に陥った時、取れる選択肢は多い方がいい。そしてその選択肢はたいていの場合は先輩から盗み取るのが一番手っ取り早い。


「自分を鼓舞するとか相手に自分の存在を認識させるという意味では必要あるんじゃないですか?えっと、昔の日本だって、戦いの前に武士は必ず名乗りを上げてたって言うし伝統なのかもしれません。どっちにしてもなんかヒーローって感じでかっこいいですよね!」

「いや、あれって自分に酔ってるだけなんじゃ……」


うっとりした顔の沙知とは対照的に繋は苦笑いを浮かべた。


名乗りもエジャスター、ヒーローにとっては重要な要素であるというのもまた昨日記録で沙知が学んだことだ。どのエジャスターも必ずと言っていいほど名乗りを上げる。繋が言ったように自分に酔っている人も少なからずいるだろうが、大抵の場合は自分は一般人を守るヒーローになるという暗示を自分にかけているのだ。沙知達はまだその認識はないが、ヒーローというものは一般人にしてみれば見世物であり、この危険な世界で唯一の心の拠り所である。エジャスター達にはそれが分かっているので、名乗りには『ヒーローが来たからもう大丈夫だ』ということを伝える意味も含まれているようだ。


「それで、けいちゃんはどんなのにしたんですか?もし良かったら決め方とか参考にさせてくれないですか……?」

「コードネームだけなら」

「はい!」

「『クレイス』だよ。ギリシア語で鍵って意味なんだ。私の能力が『扉』だからそれと掛けて鍵にしたの」

「へー!凄くかっこいいですっ。能力に関係するワードをギリシア語で、ですか……。私も調べてみます」


沙知は腕時計の画面をタップして、ディスプレイを出現させた。思いつく能力に関係するキーワードを片っ端からギリシア語で翻訳していく。


「あ、これいいかもしれないです」


繋がディスプレイを覗き込んだ。


「へえ、『エピステ』ね。ギリシア語で知識……いいんじゃない?」

「けいちゃんのお陰です!ありがとうございます」

「別に私は自分のを教えただけだから」


繋はふいっとそっぽを向いた。沙知はそんな繋の耳がほんのりと赤くなっていることに気が付いて、笑みを溢した。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・


沙知達はかれこれ一時間ほど歩いていた。そろそろ授業内容について追及しようと沙知が口を開く掛けた時、今まで信号以外で立ち止まることがなかった言伝が急に歩みをやめた。


「さてさて、お前ら!ついたぞ」

「ここって……森の入り口、ですよね?」


言伝は『この先、関係者以外立ち入り禁止』と書かれた看板の前で仁王立ちする。その後ろには木々が多い茂った目視では確認できないが、結構大きい森がそびえたっている。

まだ何も授業について告げられていないので、沙知達は困惑した表情を浮かべていた。


「ああ、そうだ!今からお前たちにはこの森を抜けてもらう」

「抜ける、とはつまり反対側に行けということですか?」


亮輔が首をかしげる。


「ああ。正確に反対側には行けないと思うから、とりあえず前に前に進んでくれ。森から出て、学校に返ってこれたら今日の授業は終わりだ」

「えっと、いまいち意図が理解できないんだけど?」


きいが口をはさむ。


「ここは、野蛮で凶暴な動物が多く生息していることで有名な森なんだ。一般人は立ち入り禁止で普段は能力によって動物達が外に出ないように、そして人が中に入らないように結界を張っているんだが私達エジャスターの育成訓練にとっては好都合な場所でな。授業に特別に使わせてもらっているんだ。どの道駆除しなければならない動物ばかりだから管理人も快く受け入れてくれるんだ」

「つまり、この森の中で自分達だけの力で生き延びろ……と」


亮輔の言葉に、言伝は頷く。


「ああ、そういうことだ。仲間の能力をしっかり把握して、自分の能力を利用して最大限まで仲間の力を引き出す……それがサポート班の仕事だ。対して情報班はサポート班が仲間の特徴、周囲の状況を把握できるように隅から隅まで情報を集めて、伝える……これが仕事だ。何か不測の事態があれば、すぐにあたしに知らせろ」


そう言いながら言伝は全員を見回した。そして、続ける。


「よし。キーワードは、協力する仲間をしっかり見ることだ。制限時間は、学校の門限の時間まで。あたしは学校の門のところで待ってるからな!じゃあ、行ってこい!」


そう威勢のいい声をあげると、言伝はサポート班、情報班のメンバー、沙知、繋、亮輔、きい、活水かつみ、あかり、綾人の計7人の背中を勢いよく押して森の中にぶち込んだ。


◇◇◇


「えーっと、まずは……何をしようか?」


あかりが苦笑いを浮かべる。


「まずは、情報収集ですね。闇雲に動いても危険です。藤江君、お願いできますか」

「適当にそこら辺にいる動物を使役して、安全なルートを探してくればいいんだよね?」

「はい」

「了解」

「あ、万が一の時の為に俺が付いていくよ。皆も、絶対に一人で行動しないように」


亮輔は仲間にそう告げると、小走りで森の奥に消えていったきいの後を追いかけた。


「魅輪が言ったように、一人で行動するのはまずいかもね。動物に襲われたときにばらばらにならないように絶対に二人以上で行動することを頭に入れておいたほうがいいんじゃない?」


繋の提案に沙知とあかりは頷く。


「そうですね」

「おっけー!でもさ、正直ここってそんなに危険なのかな?動物の気配とか一切感じないし、何なら鳴き声とかもしなくないっ?」


あかりの言葉に、その場にいる全員が黙り込んだ。みんな同じことを思っていたようだ。


「確かに、そうだけど……結界を張るまで対策を取ってるんでしょ?静かすぎて逆に怖いっていうか……」


繋の意見に賛成して、綾人は小さく頷いた。


「……油断は、禁物……」

「どっちにしろ二人が戻ってくるまで下手に動くのはやめておいた方がいいだろうね」


活水は前髪を掻き上げながら、沙知に近づきその前で跪き、右手を伸ばす。


「ところで調さん、僕と付き合わないかい?」

「……え?」


突然の告白に沙知は固まる。徐々に耳から顔が真っ赤に染まっていくのが分かる。


「ちょっと!あんたねえ、昨日私とあかりに同じこと言ってたでしょ!?沙知、騙されないで。こいつ、女子全員にナンパして回ってる女たらしみたいだから」


繋は沙知を庇うような位置に立って、その手を払いのけた。


「え、えっとっ……」


いまだ状況が理解できていない様子の沙知は真っ赤な顔でうろたえている。

活水は表情を変えずに、立ち上がって今度は繋に手を伸ばす。


「じゃあ、扉森さんー」

「お断りって昨日も言ったでしょ!?」


繋はその手を再びはたいた。


「それじゃあ、知多さん……」

「あははっ!活水くんってマジで面白いね!」


あかりは差し出された手にハイタッチをして、笑う。


「……」


その様子を綾人はじっと見つめていた。


綾人は昨日も、同じ光景を目の当たりにしていた。もっと言えば、活水が女子とすれ違う度にナンパしているのを何度も目撃している。勿論、全員に断られていたし中には気色の悪いものを見るかのような目で彼を見つめるものもいたのを綾人は思い出す。


「みんな、お待たせ……ってどういう状況?」


情報収集を終えたらしい亮輔ときいが戻ってきた。亮輔が繋の目の前で跪いている活水と真っ赤になっている沙知を見て怪訝な表情を浮かべる。


「あー大体察しはつくけど……今は、呑気にしてる暇はなさそうだよ」


きいの言葉に、二人が戻ってきたことに気が付いた沙知達が一瞬にして顔色を変える。


「どういうこと?」

「集められた情報を教えてくれますか?」


きいは繋と沙知に頷きかけて話し始めた。


「この子を使役して空から森の様子を見てみたんだ」


きいは肩に乗っている鷹を見せる。


「この森、異様に静かだよね。猛獣が潜んでて、立ち入り禁止になっているって割には静かすぎる」

「それ、あたし達も話してた!本当は猛獣なんていないんじゃないかって思ったんだよねっ」


きいは、首を振った。


「いるよ。いたんだ。ボクらの周りにも、いる。それも数えきれないほどの猛獣が」


きいは低い声で静かに告げた。それが冗談を言っていないことを物語る。


「今すぐにでも歩き出した方がいい。……いや、走った方がいいかもね。奴らはどうやら賢いみたいだ。ボクらが侵入してきたことに気が付いて、ゆっくりと音を立てないように物陰に隠れながらボクらの周りを囲い始めている。一度に全部の相手をするなんて不可能だ。ボクらができることはただ一つ。完全に囲まれる前に、走り出すことだ」


綾人達は自分達が予想していたよりも事態が深刻になっていたことに気づいて体を震わせる。


「走ったら、バレるんじゃないの?ゆっくり移動した方が良くない?」


繋は声のトーンを下げて問いかける。


「いや、走っても歩いてもボクらの居場所はすぐにばれるよ。動物って凄く嗅覚と聴覚がいいからね。ルートはこの子が教えてくれる。今すぐにでもこの子の後を追って走るべきだ」

「……作戦を立てる余裕もなさそうですね。ひとまず、走りましょう」

「何か面白くなってきたかもっ」

「遊びじゃないんだからね。ほら、行くよ」


綾人達は一斉に走り出した。

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